同田貫正国が目覚めた時


ガンガンと、響くような痛み。
背中から腹にかけて突き抜けたはずのそれは、どうしてだか身体中の神経を逆撫でするかのような感覚として脳に危険を伝える。

だからどうしたってんだ。自分から突っ込んだんだぞ、文句言うんじゃねえよ。

自分の身体にそう訴えながらも、勝手に霞む視界に―――


「・・・・・・!」


はっ、と、目を見開いた。


「・・・あ?」


目に入るのは木目の天井。
あったはずの痛みはなく、天日干しをされたのだろう、暖かい香りのする布団が身体にかけてある。
そして寝たまま辺りを見渡して、同田貫はようやく自分が手入れ部屋の布団に横になっていることに気が付いた。


「・・・・・・・・・ッチ・・・」


舌打ちを一つ落として、上体を起こしながら今の光景を思い返す。
あの光景は、夢ではない。
間違いなく、同田貫が意識を失う直前まで見ていた光景だ。
五分も切こみゃ人は死ぬ・・・とは、わかってはいたが自分の身でそのギリギリを体験することになろうとは。
自分の不甲斐なさを痛感するとともに、嫌でも思い出すのは、・・・普段は美しい銀糸が、赤黒く染まった姿。


「・・・・・・」


ぐっと眉間にしわを寄せて、その光景を意識から消そうと頭を振る。
が、目の裏にこびりついたかのようなそれに、少しイラついてゴンゴンと額を拳で何度か突いた。
今剣の姿は手入れ部屋にはない。あの場で一番重傷であっただろう自分がこうして生きているのだ、あのままあいつが死ぬわけがない。
そうは思いつつも中々イメージは消えてくれず、思うようにいかない感覚にさらに頭をがしがしとかき混ぜる。
そうこうしているうちに、廊下を誰かが歩いてくる気配がして、同田貫は手を止めてそちらに目をやった。


「・・・同田貫殿!あぁ、よかった。目を覚まされたのですな」

「・・・たーん」

「・・・おう、迷惑かけたな」


そしてスラリと襖を開いて顔を出したのは、同田貫の望む姿ではなく。
若干がっかりしたものの、それを表に出さないように一先ず自分の手入れのために手間を取らせたであろうことを謝ることにした。
部屋に入ってきた一期は「無事ならばそれでいいのです、」と笑顔を見せつつ、腕に抱えたべにを降ろして同田貫の身体に怪我が残っていないかざっと視線を走らせる。
その身体をまだ離していないのは、おそらく離したら一直線に同田貫に抱き着こうとするからだろう。
まだ目につかない傷を察することのできないべにに、全力で重傷の身体に抱き着かれては正直破壊もあり得そうで怖い。


「・・・?額がまだ少し・・・おや?ここに傷なんてあったか・・・」

「いや、気にすんな」


手を伸ばそうとする一期から軽く身を引けば、一期もそれ以上追ってくることはない。
そうですか、と少し不思議そうな顔をしながらもすんなり手を戻した一期に、話題を変える意味も込めて今度はこちらから話しかけた。


「・・・一緒に行った部隊はどうしてる」

「基本的には全員大きな怪我もなく帰ってきましたよ。今は各自部屋に戻っています」

「・・・・・・そうか・・・」

「・・・はい」

「たっ、たぁー?、たぁ、たーん」


名前を連呼しながらよたよたとこちらに歩いてくるべにを抱き留めながら、一期の態度に内心で首を傾げる。
歯切れが悪い、ような気もするが・・・自分が怪我を負ってしまったから、無事と言いづらいのだろうかと納得しかけ。


「・・・・・・」


ぎゅ、と無言で強く抱き着いてくるべにに、違和感を確信に変えた。


「・・・何かあったのか」

「え、」

「誰だ?・・・今剣か」

「・・・っ」


同田貫は、今剣を追って時空を抜けた。
先で見た光景は、血だまりに座り込む今剣と、その背後で太刀を振り下ろす検非違使。
一太刀目は間に合ったはずだし、今自分が生きているということは、追撃もなかった・・・と思っていたが。
もしあの血だまりが今剣のものだとして、逃げることもできない今剣に二撃目が入ってしまっていたら。
最悪の事態を想像して、けれど目を逸らすわけにはいかないと揺れる金眼を睨み付けると、一期は惑うように視線を揺らした後、そっと目を伏せた。


「実は・・・今剣の様子が、・・・可笑しいのです」

「・・・様子が可笑しい?・・・なら、生きてんのか」

「え?あぁ、はい・・・出陣メンバーの言うには、重傷を負った貴方を抱えてきたのは今剣という話でしたよ」

「・・・・・・」

「ふふ、そう渋い顔をなさらず」


今剣が破壊されていないという事実にそっと胸をなでおろすが、同時に自分よりも数段小さい今剣に抱えられている様子を想像してなんとも言えない気分になる。
同田貫の表情にクスクスと上品な笑みを見せる一期だが、けれどそれもすぐ難しい顔に戻った。


「しかし、その時から様子は可笑しかったようです。他のものが代わると言っても、まるで聞こえていないかのように頑なだったとか・・・」

「・・・今もか」

「・・・はい。って、同田貫殿!?まだ休んでおられた方が・・・!」

「傷は治ったんだ。別に寝転がってる意味ねぇだろ」

「しかし・・・いえ、わかりました」


宜しくお願いします、と頭を下げる一期は、何かを察したのだろうか。
簡単に身支度を整えながら、服の裾を握ったままこちらを見上げるその小さな頭を軽く撫でる。
「後でな、」と柔らかな頬を軽く摘まんで一期に渡せば、口をへの字にしたべには一期の首にぎゅっと抱き着いた。
その様子に苦笑した一期が同田貫に「約束ですよ?」と言い、それに軽く笑みを返して同田貫は足早に手入れ部屋を後にした。
さっきの話、今剣は部屋に居るのだろう。普段なら広間を探しに行くところだが、ほとんど寝るためだけに使われているような私室へと歩を進める。

今剣が、何故そんなことになっているのかは知らない。

自分が行って、何ができるともわからない。

だが、自分を抱えてきたのが今剣だと言うのなら・・・あいつが、前の主の今際に立ち会ってしまったことは、自分しか知らないのだ。
ズカズカと廊下を歩けば、今剣の部屋から感じる二つの気配。
一つは、乱れてはいるが馴染みのある、部屋の持ち主のもの。そしてもう一つは。


「・・・何でお前が居るんだ」

「・・・・・・」


スラリと障子を開ければ、暗い部屋の隅で小さくなっている今剣。
そしてそこから少し離れた位置で、じっと今剣を見つめる、紺野の姿があった。


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