岩融が笑う時


「おぉ、小さすぎて気づかなんだわ・・・本っ当に小さいなぁ」

「・・・・・・」


今剣に紹介されて、ようやくしっかりと顔を合わせた今生の主。
想像以上に小さい主の姿に、思わずしみじみと呟いてしまった。
主も主で、俺ほどでかい者は見たことがなかったのか、首が折れるのではないかというほど真上に見上げて口をぽかんと開けている。
これは互いに慣れるまで時間がかかりそうだな、というのが、第一印象というやつだった。










まずは身体に慣れる必要があるらしい。
腕を上げるとか、歩くとか。そういうことは問題なく行えるが、どうにも細かい作業が上手くいかぬ。
歌仙に手習いを受け、ようやくまともに筆が持てるようになってきたところで休憩を言い渡されたときは、思わずほっと息をついてしまった。
そんな様子を見て少し笑った歌仙が庭の散歩を提案してくれ、有難く暇を頂戴する。
どうにも、屋根の下というものは性に合わん。身体を縮こまらせて机での作業など、拷問に等しいようなものだ。
だがまぁ、その拷問を一部の者だけが引き受けているというのも、放ってはおけんしなぁ。


「わー岩融っ!足元足元!!!」

「ん・・・?おぉ!?」


そんな、考え事をしながらも、普通に前を見て歩いていた。
短刀たち程度の大きさであれば、視界に入っていた。
しかし、主の・・・べにの大きさとなると・・・そういうわけにもいかんかったようだ。
いつの間にそこにいたのか、足元から見上げてくるべにの小さな姿に目を見開く。
体はすでに前に進もうとしていて、止まるために足を踏み出せば間違いなく蹴飛ばす。いや、踏み潰す。
しかしこのまま倒れ込めば、それもまたべにを潰してしまう!


「くっ!」


どうにかして体勢を留めているうちに避けてくれ、と願っても、状況がわかっていないのかべにはただこちらを見上げるばかりで。
南無三!と限界のきた足に最後の足掻きと腕をバタつかせ、バン!と地面に手をついた。


「・・・ん?」


足に、衝撃がない。
それどころか、体のどこかにあの小さな体躯がぶつかった感覚がない。
お?と恐る恐る目を開ければ、こちらを“見下ろす”べにのまん丸な目と視線がかちあった。


「・・・きゃー!」

「おう?」


今頃悲鳴か?
それにしては、声に危機感がないというか、むしろ楽しそうというか・・・


「あ、主よ?何をしておるのだ」

「ぐー!ぐー!」

「・・・己は玩具か」


成程、と身体の回りをぐるぐると回って遊び始めたべにに乾いた笑いが漏れる。
どうやら俺の身体はべににとってトンネルのようなものになったようだ。


「ちょっと、大丈夫?」


縁側から加州が駆け寄ってきて、逆さまの加州が心配そうにしゃがみ込む。


「それが主に向けられた言葉なら、怪我はないようだが」

「うん、ならよかった。それで、岩融は?」

「見てわからんか。助けてくれ」

「まぁ、もう少し付き合ってあげてよ」


きゃあきゃあと楽しげな声を出しつつ、俺の身体を8の字に走り回るべに。
それを愛しそうに見つめる加州の顔を見ていたが、慣れない体勢にふぅ、と息をついて視線を自分の足に向けた。
・・・頭に血が上るというのは、中々に苦しい感覚なのだな。










「ぼくはすこしおとなになってかえってきましたよ」


そう言って今剣が姿をみせたのは、それから4日目のこと。
紅を纏った今剣の姿に、その成長を、覚悟を感じて感慨深い気分になる。


「いわとおし!もどりましたよ!」

「おお戻ったか今剣よ!」


背中に抱きついてくる今剣の腕を捕まえて立ち上がり、そのままグルグルと回る。
きゃあーっと楽しげな悲鳴を上げる今剣の腕をぐいと引き上げれば、軽々と持ち上がった身体がストンと肩の上に着地する。
うむ!やはりこの位置が一番落ち着くな!


「どうだ、納得はできたか?」

「はい。ぼくはべにさまの今剣です!」


すっきりした顔に、うんうんと頷く。
自分で納得できたのであれば重畳。こやつは、疑問に思ったことは解決せんと気が済まんところがあるからなぁ。
修行先で見てきた景色や感じたことをつらつらと話す今剣の話に耳を傾けながら庭を歩いていると、縁側でひなたぼっこをしているべにと同田貫に出逢った。


「・・・!ん!ん!」

「あ?何だよべに」


こちらに気付いたとたん、べにが目を輝かせて同田貫の服を引く。
反対の手はこちらを指差しているのだから、求めていることはなんともわかりやすいものだ。


「べにも肩車がしたいのだろうな!」

「はぁ?・・・ったく、しょうがねえ、なっ」

「きゃーっ♪」


中々に重たくなってきた身体を持ち上げ、首を跨がせる同田貫。
一気に高くなった視界に驚く様子も一瞬、すぐに同田貫の髪を掴んで目を輝かせる様子は、肝が据わっているというか何と言うか。


「ふっふっふー。べにさま、ぼくたちのほうがたかいですよ!」

「たぁい?たぁかぁ、いっ!」

「おおっ、そうです、たかいです!」


べにの少しはっきりしてきた言葉に今度は今剣が目を輝かせ、今剣の嬉しそうな様子にべにが「たっかぁい!たかぁいっ!」と得意げに言葉を繰り返す。
向こうの畑では秋田と五虎退が今晩の食卓に並びそうな野菜を収穫し、さらに向こうに見える厩では加州と大和守が言い合いながら馬の世話をしている。
木々のさわめきに混じって歌仙と三日月が天気の話をしているのが聞こえてきて、遠くから響くのは鍛錬場で木刀を打ち合う音か。


「・・・いやはや、桃源郷と見まごうばかりか」


なんとも平和、眠気の駆られる穏やかな日和。
こんな本丸も悪くない、と、腹のそこから湧き上がる愉悦に大口を開けて笑った。


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