加州清光が失敗した時
資材は、有限である。
これはここにきてすぐに知った、結構重大なこと。
資材に限らず、いろいろなものはあればあるだけ色々と気を遣わずに済んで、たくさんあるのはすごくいいこと。
そう、つい最近まではそう思っていた。
「えぇと、これが・・・弓兵か、ならこっちで・・・」
「加州さん、もう軽騎兵の箱がいっぱいになってしまいましたよ」
「あーなら向こうに新しい箱があるから、持ってきてくれる?」
「はい、わかりました!」
「あー・・・加州、また並が出てきた・・・」
「あー・・・んじゃこっち頂戴。早めに処理するから」
「はーい」
今朝、いつものように日々の日課をこなしに刀装を作りに行った時のことだ。
いつものように、刀装が十分充実しているのを見て最低値でノルマ分回そうとした。
ところがいつもだったらすぐさま動き出してくれるはずの式が、一個作ったところで困ったように首を横に振り、それ以降一切刀装を作ってくれなくなってしまったのだ。
べにの調子が悪いのかと一瞬焦ったが、近くで秋田と遊んでいたべにはキャッキャと楽しそうに笑っているし、その調子が悪くないことは祈祷場に充満する霊力が物語っている。
おかしいな、と思いながらふと作り置きの刀装が置いてある箱を見て・・・すべてを察した、というわけだ。
「最近刀装も減らないから、強くなったなぁって思ってたんだけど・・・まさかこんな弊害があるなんて」
「嬉しい悲鳴、というやつですな。少し勿体ない気もしますが、今後の教訓になったということで」
「うわー、さすがお兄チャン」
「泣き言を言ってばかりでは、示しがつきませんから」
山のように積まれた刀装を一つ一つ手に取って別の箱により分けるという、拷問のごとき単調作業であるにも関わらず、新たに一つ刀装を手に取る一期一振の背筋は曲がることはない。
流石だなぁと思う反面、この男は力を抜ける場所はあるのかと少し心配になるが・・・、まぁこの器用な男のことだ。上手いこと人目を盗んで休憩しているのだろうと結論付けて、加州もまた少し姿勢を意識しながら次の刀装に手を伸ばした。
部屋に加州と一期の二振りだけであれば、「よくやるよ、」と猫背のままだったかもしれないが・・・同じ部屋に、加州お手製の猫人形で一人遊びをするべにがいるのだ。下手な格好は見せられない。
見られる相手を意識してチラとそちらに目を向ければ、べには何やら独り言を言いながら人形とおもちゃを交互に動かしていた。
ごっこ遊びかな?と歌仙に聞いた発達の過程とやらを思い浮かべてアタリをつける。
順調に育ってくれているようで、本当にうれしい限りだ。
「・・・べに、ちょっとは機嫌直ったみたいね」
「そうですね。一時はどうなることかと思いましたが・・・」
手を動かしながら、一期の言葉に朝のひと悶着を思い出した。
刀装に限らず、鍛刀や内番は朝の出陣メンバーを送り出してからの仕事だ。
だから当然、刀装が作れないとわかったとき、本丸には居残り組しかいなかった。
普段であれば、手入れも兼ねて居残り組は入れ代わり立ち代わりでべにと遊んでいる時間に、突如舞い込んだ刀装整理。
その数の多さに一人に任せるわけにもいかず、仕事のある者以外全員で始めたのがいけなかった。
本丸に満ちる霊力が、悲しみに暮れ始めたのに気付いたときには時すでに遅し。
はっと気付いてべにを見やれば、ほとほとと静かに涙を流す姿にぐさりと胸が抉られるような痛みを感じた。
慌ててあやしにかかったが、完全にへそを曲げてしまったべににぷいとそっぽを向かれてしまい、手を変え品を変えようやくあのぬいぐるみで機嫌を直したのだ。
一人遊びをしている今のうちに、と見守りながら作業をしているが・・・、おままごとをするでもなく、口の中でもごもごと言いながらぬいぐるみを会話させるように動かすあれはいったい何に見立てているのだろうか。
「あのぬいぐるみ、今でも気に入っているのですな。やはり、加州が作ったからでしょうか」
「いやぁ・・・だったら嬉しいんだけどさ。あげた当初、見向きもしなかったんだよ?」
ていうか、今見ても全然可愛くできてないし。
それが今ではその遊び方は置いといて、何にせよ集中して遊んでいるのだから、子どもの興味は本当によくわからない。
この前は池の中をじっと見つめていて、何が面白いのか半刻近く動こうともしなかったし。
「まぁ、とにかくこれが終わってからかな」
「ですな。早く姫君のご機嫌を伺わなくては」
同時に刀装の山に手を伸ばして、山の上の方にある刀装を一つずつ掴む。
その時、どこかのバランスが崩れてしまったのだろうか。刀装が一つ、山からゴトンと転がり落ちて、コロコロと転がっていってしまった。
「お・・・っと」
そしてそれがたどり着いた先は、なんとも丁度良くべにの足。
ポンと軽く足に当たったそれにべにが気付いて見下ろし、見比べるようにこちらに視線を送る。
拾いに行こうと腰を浮かしかけて・・・ふと思い立って再び腰を下ろした。
「・・・ねね、べに、それ、こっちちょーだい?」
「・・・・・・」
「足のところにある、これこれ」
「・・・・・・」
「・・・べに〜」
「・・・まだ、難しいでしょうか」
見やすいように顔の横で同じ色の刀装を振って見せる加州に、一期が残念そうに苦笑する。
歌仙から教えてもらったのだ。
“ちょうだい”に応じるのも、見せられたものと同じものを選ぶのも、大事なやり取りの一つ。
『練習すればべには色々なことができるようになるはずだよ』と愛しそうにべにの頭を撫でる歌仙に、育てるとはそういうことらしいと教えてもらった。
聞いてから、機を見ては色々と挑戦してみているけれど、やってみようと思うと中々思うようにはいかないもので。
何連敗目かわからない反応に、やっぱりまだ無理かなぁ、と下ろしかけた時。
べにがぬいぐるみを置いて刀装に手を伸ばしたのを見て、一期と二人で目を見開いた。
「え・・・そ、そうそうそれそれ!べに、こっちにちょうだ〜い!」
「これは・・・」
一期の感嘆の声に合わせるように、べにがその場で立ち上がってよたよたとこちらに歩いてくる。
その両手でしっかりと支えられた、特上の刀装。
まるでべにの掲げる金メダルのようで、目頭が熱くなるのを感じて―――
目の前まで来たのに手渡されない刀装に、その熱はあっさりと遠ざかっていった。
「・・・・・・あれっ?べに、ちょーだい?」
「べに様・・・?」
「・・・やっ!」
ほんの少し、考えるように刀装と加州たちを見比べたべに。
そんな彼女が出した結論は、刀装を胸に抱きかかえるようにして、加州たちに渡さないことだった。
「・・・え・・・?べに、それ、こっちにちょうだい?」
「やっ!」
「べに殿?どうされたのですか?」
「・・・い〜やっ!」
何を聞いても「いや」としか言わないべにに、どうしたものかと一期と目を見合わせる。
これが歌仙に聞いた“第一次反抗期”というやつか。いや、さすがに早くないか。
そんな思考がぐるぐると頭を回り始めたころ、廊下からパタパタと足音がして襖から乱と大倶利伽羅がひょっこりと顔を出した。
「置いてきたよ〜・・・って、あれ?どうしたの?」
「こっちは終わったぞ。・・・何かすることはあるか」
「あぁ、いや・・・」
「うーん、じゃあ二人でべにの機嫌直してくれる?」
部屋の状況に首を傾げる乱と、何となく察した大倶利伽羅に肩をすくめて見せる。
多分てこずるだろうなぁ、昼ご飯までに機嫌直っててくれればいいんだけどなぁ。
「・・・べに、」
そんなことを思いながら、あまり期待もせずに何となく見守っていたもんだから。
その場に片膝をついて、べにに向けて両手を広げた大倶利伽羅にまず少し驚いて。
「はーいっ!」
元気よく、それはもうはっきりとそれに応えて、さらに手に持った刀装を邪魔だと思ったのか元の山に丁寧に積み戻して、大倶利伽羅の胸に勢いよくダイブするべにに。
「・・・へぇっ!?」
思わず裏返った声が出ても、無理ないと思ってもらえないだろうか。
加州達の反応を気にするでもなく、大倶利伽羅はべにを抱えるとそのまま踵を返してスタスタと部屋を出ていく。
大倶利伽羅の肩越しに見えるべにの顔は、なんとも満足そうだ。
「え・・・」
「あ、じゃあ僕たちべにと遊んでるから、お昼になったら呼びに来るね」
大倶利伽羅の後を付いていく乱を茫然と見送って、トトト・・・という音と共に訪れる穏やかな静寂。
その足音が聞こえなくなったころに、ようやくだが半ば無意識に、刀装に手を伸ばした。
一つ、また一つとより分けていくその手が、思考がクリアになっていくのと同時に徐々に、徐々にスピードを上げていく。
そしてその事実に思い至るころには、さっきまでとは比べ物にならないほどの手際で刀装の山を崩していた。
その事実。―――べには、加州達が忙しくしているのを見て、我慢をしていたのだ。
自分たちはべにの気遣いに甘えて、大人しく一人遊びをしていると勘違いしていた。
刀装を渡さなかったのは、少しでも自分を見てほしいというほんの少しの悪戯。
べには、構ってほしかったのだ。
「・・・さっさと終わらせて、べに様の信用を取り戻しますよ・・・!」
「当然・・・!目いっぱい甘やかしてあげないとね・・・!」
そこからの働きぶりは、乱が呼びに来る前に広間に来たことで驚かれたことから察してもらいたい。
よく頑張った子には、ご褒美あげないとね!
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