鶴丸国永が顕現した時


驚いた。
顕現されたことで手に入れたこの両目が、驚くと見開かれるということをすぐに実感することができたのは、俺にとっては吉兆か。
とにかく、この本丸に来てからというもの俺の退屈はどこかに引きこもってしまったようだった。
ん?俺がそこまで言うなんて、って顔だな。まあ聞いてくれ。そっちの俺も、絶対に笑うはずだから。
一つ目の驚きは、顕現した瞬間。


「よっ・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・なーに?」


名乗りを上げるつもりだった口は、初めの一言を言ったっきり固まって。
原因の、主らしき幼女はこちらを指差して隣の男を見上げ。
見上げられた褐色肌の男は、ぶっきらぼうに「・・・名乗ったらどうだ」と言いながらひらりと桜を舞わせた。
主が幼女だなんて、聞いたこともない。
だがその驚きはこの本丸の面々にとっては通過儀礼だったようで、わかりやすく淡々とした説明にその事実はストンと飲み込むことができた。
まぁその時はまだ、多少のしこりを感じてはいたんだがな。

二つ目の驚きは、そこから分かれて本丸内を案内されていたとき。


「こえ、なーに?」

「これはねぇ、」

「ダメです!青江さんは黙っててください!」

「青江の旦那の説明は、べににはちと早すぎるからな」

「これは、鳥さんですよ、べにさま」

「とい、しゃー?」

「はい!鳥さん、です!」


通りかかった部屋の中から聞こえる賑やかな様子に、惹かれるようにひょいと覗けば案の定。
小さい体躯が揃って額を突き合わせ、どうやら書物の絵を見ているようだ。
幼女が指さすところには、デフォルメされた小鳥のイラスト。


「こりゃすごい。あの子は勉強熱心なことだな」

「最近は特にね。何何攻撃がすごくて、こちらも勉強になるよ」


案内役の歌仙が幸せそうに微笑みながらそれらを見つめ、ひとしきり眺めると再び歩を進めながら口を開く。


「鳥なんてものは可愛いものでね、この間は何もないところに向かって指差して「なーに?」と聞かれたから、どうしたものかと思ったよ。こちらがわからないと察すると、何度も同じところに一生懸命指さすから、無下にするわけにもいかなくてね」

「何もないところに?そりゃ、あの子には何か見えていたんじゃないか?」


付喪神に見えないものが、人の子に見えるはずもない。
そんな思いで冗談を飛ばしたら、想定外にも神妙に頷かれて思わず目を剥いた。


「え・・・つまり・・・?」

「彼女と同じ目線まで頭を下げてみたらね。壁の金具に太陽の光が反射していたのが、キラキラと光って見えたんだ。その光を指していたから、僕には何かわからなかったんだね」

「あ、あぁ・・・そういうことか」


目線は大切だよ、と教訓のように言い含める歌仙だが、こういった心臓に悪い驚きはよくないことだと学ばせてもらったよ。
・・・・・・いや、だがこの安堵感は悪くはないかも・・・?

・・・おっと、そして最後、三つめだ。


「・・・?何の音だ?」


案内の最後に、と本丸の決まり事等を確認していると、規則的に鳴るキュッキュッという甲高い音が耳についた。
だが、同じように聞こえたらしい大和守が書類から顔を上げることなくくすっと笑みをこぼしたのを見て、あぁ、あの子がらみかと早くも順応してアタリをつけた。


「よく外に行きたがるようになったからね。新しい靴を買ったんだ。音の鳴るやつ」

「へぇ。そりゃあいい。どこにいてもすぐわかるな」

「まぁね。買ったその日は庭を走り回って手に負えなくて。日が暮れて中に入ったら、糸が切れたみたいに寝るから皆で少し慌てたよ」

「電池切れってわけか!あれだけちょこまか動かれると、本当におもちゃみたいなもんだな」

「わかる」


笑う大和守に古株でもそう思うか、とつられて笑う。
遠くから響く足音を耳に入れつつ書類に集中していれば、いつの間にか足音は徐々に近くなっているようだった。
おや、と思って顔を上げれば、大和守も不思議そうに障子の向こうに目をやっている。


「・・・珍しいのか?」

「うん。・・・こっちは特にべにの好きなものはないから、滅多に来ないんだけど・・・」


どうしたんだろう、と言っているうちに、甲高い足音は部屋の前までたどり着いて止まった。
少し動いては止まり。また動いては止まり。
近くにもう一人いる気配はあるから、迷子になったのではなどと心配することもないようだが。
大和守と目を見合わせて、このままでは集中できる気がしないなと互いに察し。
のそりと立ち上がり、すぐそこに気配の控える障子をスラリと開けて顔を出した。


「・・・どうした?ちっちゃな主」

「・・・!」


予想通りの位置にある、小さな主の大きな瞳がこれでもかと言わんばかりに見開かれる。
驚いた主は、一緒にいた倶利坊の足にひしっとしがみついて半分ほどその身体を隠した。
だがすぐにこちらの様子を伺うようにちらりと顔を出すと、そのまま倶利坊に相談するように視線を送り、倶利坊もそれに無言の視線で返し。


「なんだなんだ、秘密の相談か?」


全身を縁側に出して視線を合わせるようにしゃがみ込めば、それでも随分低い位置にある主の視線が、恐る恐るこちらに向いた。
そしておずおずと倶利坊の足の影から身を出して、ぷきゅ、ぷきゅ、とゆっくり近付いてきて。
そして、目の前まで歩み寄り。


「ちょゅ・・・ちゅる、まゆ、どーぞ?」


後ろ手に隠していた、一輪の花を差し出した。
それは、ずっと握りしめていたせいか、少し萎れていて。
どこにでも咲くような、名もない雑草で。


「・・・これを、俺にか?」

「・・・?・・・どーぞ?」


少し不安そうに差し出された小さな手から、そっとその花を抜き取る。
その瞬間ぱっと目の前から倶利坊の足までぷきゅぷきゅと走り去ってしまった主に一抹の寂しさは感じるものの、手の中に残った花は本物。
すぐにその場から離れず、こちらの様子を伺うように再び倶利坊の足の後ろからチラリと顔を出す主に、鼻の奥がツンと熱くなるのを感じながら笑みを浮かべた。


「―――ありがとう、べに。最高の贈り物だ!」

「・・・!」


ぷきゅっぷきゅっぷきゅっと両足揃えて飛び跳ねているべにの動きは、喜びと捉えていいのだろうか。
―――あぁ、視界を埋める桜色が俺だけのものではないようだから、きっとそれでいいんだろう。


「―――驚いた。何だあの子、可愛すぎだろ!?」

「・・・どう?うちの主、最高でしょ」

「文句のつけようもないな!」


頑張って俺の名前の練習もしたんだろう。本当に、勤勉なことだ。
にやにやしっぱなしで、どうにも続きが頭に入ってこない俺の様子に、見かねた大和守が休憩を入れてくれた。
ありがたくいただいて、足を向けるのは当然主の元。
さて、この至高の驚きに見合うものを返してやらないとな!


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