和泉守兼定が探索する時


堀川に「まずは本丸を覚えることが一番だよ」と言われてから数日。和泉守がふらふらと本丸の中を彷徨い歩いていると、耳慣れてきたトタトタという軽い足音が廊下の向こう側に響いているのに気が付いた。
主か、・・・いや、名前で呼ぶんだったな、と思いながらそちらへひょいと顔を覗かせれば、曲がり角の向こうに消える小さな影。
その姿をとらえきれなかったことがなんだか面白くなくて、特に目的もない散歩だったしと理由をつけながらその後を追った。


「まーまっ」


けれどその追跡劇はあっという間に終了の鐘を告げる。
べには廊下の途中にある縁側に腰かけて草履を履き、畑に向かってしゃがみ込んでいる燭台切の背中に飛びついていた。
幼児の体重で勢いよく飛び込んだところで、鍛えている大の男がふらつくわけもなく。


「おや?お嬢さん、お一人かな?今日のナイト・・・同田貫君はどうしたの?」


足音でも気付いていた燭台切がごく自然に対応し始めるのを、和泉守は何となく少し隠れて様子を伺った。
燭台切は今日の近侍である同田貫の姿が見えないことに首を捻っているが、それに対するべにの対応もあっさりしたもので。


「たーん、なーいないっ」

「・・・そうかぁ。それは後で一言言っておかないとね」

「(早く戻ってきた方がいいぞ同田貫!)」


燭台切の空っぽな笑顔に寒気を覚えた和泉守は同田貫に念を飛ばしたが、戦場で関の声を上げている彼に届くはずもなく。
「留守番組はいるとは言ってもねぇ・・・ちゃんと責任持ってもらわないと・・・」とぶつぶつ言いながら畑作業に戻る燭台切のお小言を聞きながら、和泉守は他人事ながら小さく頭を抱えた。


「(あいつもなぁ・・・戦好きなのはわかるが、誰かに頼んでいけばいいものを・・・)」


ちなみに同田貫は今剣に頼んでいたのだが、今剣も今剣で短刀たちと遊んでいるうちに夢中になって忘れていたというオチがつく。
同田貫が帰ってきたら巻き起こるであろうお小言会を知る由もないべには、作業に戻った燭台切の背中からスルスルと降りてその隣にしゃがみ込んだ。
そしてそのまま燭台切に向けて「ん!」と手を差し出したかと思うと、燭台切も燭台切で「はい、」とポケットから小さな軍手を取り出す。
慣れたようにそのもみじのような手に軍手をはめさせるあたり、もう何度も繰り返された光景なのだろうと容易に想像がついた。


「美味しく育つといいねえ」

「ねー」


ほのぼの、という言葉がこれほど似合う光景を、和泉守は歴代主の傍にいて見たことがなかった。


「(刀と主の関係って、何なんだろうな・・・)」


改めて考えさせられる光景である。
和泉守は少し遠い目をすると、その眠気を誘われそうな様子から目を逸らして再び本丸の探索に足を踏み出した。










「(・・・ん?)」


次に主の姿を見たのは、本丸内を迷いに迷って何度目かの縁側にたどり着いたときだった。
迷子なんだと思われたくない小さなプライドで、誰かとすれ違っても涼しい顔をして歩き回っていたが、今度の相手は勝手が違った。


「(・・・寝てんのか?)」


日のあたる温かい縁側で、猫のように丸まるべに。
その姿は泥にまみれていて、おそらく土いじりから休憩して、そのまま寝に入ってしまったのだろうと簡単に予想できた。
燭台切によって掛けられていたはずの上着は風か寝相か、縁側の下に落ちていて。
手のかかる主だな、と自分のことは棚に上げてそっと静かに近付いた。
どうせ大した重さでもないのだ。このまま拾い上げて、隣の部屋に入れてやるくらい造作もない。
このままここにいても後は寒くなる一方だし、それならせめて風を凌げる場所のほうが・・・
そう思って足音を忍ばせて近付き、ふとその違和感に気が付いた。


「(腹の上に・・・何か)」


その瞬間、キ、と床板がきしむ。
はっとなったのは、どうやら和泉守だけではないようだった。


「・・・よう、えーと確か、紺野だったか?」

「・・・・・・」


ぱっと体を起こしたのは、赤と青の隈取りをした狐。
確か政府の役員だ、とか言っていたか。
どこかばつが悪そうにぱたりと尻尾を振る姿は愛嬌もあるが、口を開けばそんなものも霧散する、刀剣男士よりも人らしくない男。


「腹が冷えないようにしてたのか?あぁ、お前の毛皮暖かそうだもんな」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・・・・」


だんまりかよ、と米神が引くつくも、顕現してから本丸内部を覚えるより先に知った紺野の性格からするに、「返事をする理由がない」とかそういうわけのわからない理屈をこねるのだろう。
和泉守は心を落ち着けるためにふぅ、と一息ついて、改めてべにに近付いた。


「その身体じゃあ運べねえもんな。どこに寝かせりゃいい?」


小さな身体をひょいと持ち上げ、紺野に聞く。
確かべにの部屋は広間の傍だったし、あわよくばそこまで案内してくれないかと思ったわけだが。


「・・・こちらだ」

「お・・・おう」


まさかこんなにあっさり案内してくれるとは思っていなかった。
黄色い背中に一歩遅れて歩みを進め、改めて道を頭に叩き込みながらゆっくりと歩く。


「(何だかんだ・・・こいつ、べにのことには結構よく動くよなぁ・・・)」


それは審神者だから、と言ってしまえばそれまでの感覚。
実際、これまでの刀剣男士たちは、紺野の行動についてそう受け取っていた。
だが、和泉守は、それだけとは思えない理由が一つ、あった。


「(国広も、早ぇんだよなぁ・・・普段から腰の軽い奴だが・・・こと、俺に関しちゃ特に)」


和泉守は、愛されている自覚があった。
それは相棒というよりはもはや、親愛のような感情で。
プライドが邪魔して決して認めることはないが、母と息子のような関係で。


「よう、お前ぇ、べにくらいのガキでもいんのか?」

「・・・・・・何?」


唐突な質問に、紺野が思わず足を止めて振り返る。
狐の表情は読めるわけもないが、それでも決して機嫌がいいわけではないことは明白だった。


「いや・・・それだったらもっと扱いに慣れてるはずだよな」

「・・・・・・」


半分は独り言である。
一人で首を傾げている和泉守に紺野は少しの間足を止めていたが、先ほどと同じように前を向くと、先ほどまでより少し早く足を動かして歩き始めた。
それについていきつつ、和泉守は答えの出ていない問いを繰り返す。


「おーい。どうなんだよ。いんのか?」

「私は独り身だ」

「・・・ふーん?そうかよ」


あっさりと、というよりは少し食い気味で返ってきた返事に、軽く眉を上げる。
自分の予想が間違っていたことと、紺野の態度と。少し気になることは残ったが、それこそそこまで気になっていることでもない。
丁度べにの部屋にたどり着いたのをいいことに、紺野はあっさりと姿をくらましてしまった。
結局その後、べにを部屋に置いた和泉守が広間に戻るのは、半刻後のことである。


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