山姥切国広が驚く時


「・・・これが、テレビか・・・」

「初めて見たけど、本当に本物みたいだね。まるでガラスを一枚隔てた向こうに小さな世界があるみたいだ」


歌仙の雅な言い回しに山姥切が一瞬呆れた顔をするが、すぐに気を取り直して目の前の板に視線を戻す。
歌仙の言う、“小さな世界”。
しかし否定することはできないな、とこちらに向かって大きな身振りで話しかける女性を見ながらぼんやりと思った。


本丸にテレビが来た。
これはこの本丸にとって、革命にも近い出来事だ。
なにせまず、テレビの存在を知っている者がいない。
この本丸に出入りする者の中で唯一テレビの存在を知っている紺野は、業務外のことを話すタイプでもない。
それでも“テレビ”というものの存在を男士たちが知ることができたのは、やはりというかなんというか、育児書から得た知識だった。


『見てください!人がいっぱいですよ〜。この人たち全員が、例の食材を求めてやってきているんです!その噂の食材とは、・・・』

「それにしても、本当にずっと話しているね・・・これは確かに語彙が増えそうだ」


こちらが話しかけたわけでもないのにずっと話している女性に、いっそ敬意を表する。
最初は物珍しさからじっとその話に聞き入っていたが、その内容があまり自分たちと関係ないものだとわかると、波が引くように興味も薄れていった。
勿論、興味だけの問題ではないのだが。


「だが・・・目が変だ。ちかちかする・・・」


ぱしぱしと意識して瞬きをしてもなくならない不快感に、ぐっと両手で目を押さえる。
多分、じっと目を凝らし続けたせいだ。疲れて、嫌な感じになっている。
同じように目をこすっているらしい歌仙も、「ふむ・・・」と考えるように唸った。


「確かに・・・そうだね。本にも時間を決めて見るようにとしてあるし、そういった約束はしっかり作らないと」

『それにしても、こんな雨の中でもこの長蛇の列!期待が高まりますね〜』


歌仙の言葉を耳に入れつつ目を押さえていた山姥切は、ふと、女性の言葉に首を傾げた。
押さえていた手を離して外を見れば、秋晴れ。そんな言葉が似合うくらい、気持ちのいい抜けるような空だ。


「・・・・・・」


まぁ、本丸は現世とは少し違う次元にあるらしいし、土地が違えば天気も変わってくるだろう。
遠い場所の天気まで手に取るようにわかるとは、テレビの力、侮れない。


『こんにちは〜!今日は何時ごろから並ばれているんですか?』

『そうですねぇ・・・朝7時から並んでいます。もう日課みたいなものですね』

『7時・・・!もう3時間近く並んでるんですね!』

「・・・?」


今度は時計に目をやる。
まだ、朝の8時だ。


「違う番組も見てみようか」


リモコンを持った歌仙が、慣れない手つきながらもボタンを操作して番組を変えていく。


ピッ『ねえちゃん!おれ、立派なピアニストになって帰ってくるから!』『・・・がん、ばってね・・・っ』ピッ『さぁー今日も元気に行ってみよう!ニコニコ、元気体操!』ピッ『紅葉の楽しみと言えばやはり、夜のライトアップですね!』「ちょっと待ってくれ」


はー、と感心しながら番組を変えていく歌仙の手に、待ったをかける。
今、聞き捨てならない言葉が聞こえたぞ。


「ん?どうしたんだい?」

「おかしいだろう。何故今、夜の景色が流れるんだ」

「え・・・?・・・あ・・・言われてみれば、そうだね」


山姥切の言わんとすることに気付いた歌仙が、人工的な光に照らされる夜のもみじを不思議そうに見やる。
今は昼間。次元が違うとはいえ、同じ日本にいてこうも時間がずれるのもおかしい。
ましてやさっきの映像では、朝の10時と言っていたのだ。現世では同じ時間でつながっているはずなのに、どうしてそのようなことが。


「・・これは流石に、紺野君に聞いてみないと解決しそうにないね」

「・・・あいつが素直に教えてくれるかどうか・・・」

「まぁ、物は試しだよ。聞くだけ聞いてみよう。このまま不思議に思ったままというのも、雅さに欠けるからね」

「・・・・・・」


不思議に思ったままのことが、どうして雅につながるのかはよくわからなかったが、とりあえず山姥切はその場を乗り切るためにコクンと小さく頷いた。










二人が紺野を見つけたのはそれからしばらくも経たないうちで、揃って馬当番に向かおうと廊下を歩いていたところに、向こうから加州の肩に乗った紺野が姿を現した。


「あれ、お二人さん」

「あぁ紺野君」


いいところに、と言いかけた口がピタリと動きを止める。
見事に被った。そして、同時に口を閉ざしたせいで、どちらも続きを話し始めるきっかけがない。
困ったように顔を見合わせる二人に山姥切はこっそりと笑いをこらえているし、そんな三人の様子を見てため息をつくと、唯一名前を呼ばれた紺野はしぶしぶと「・・・何だ」と声を上げた。


「あ・・・あぁ。その、テレビを用意してくれただろう?その、見えるものについて、少し聞きたいことがあって」


ようやく続きを言うことができた歌仙に、加州も安心したようにほっと息をつく。
面倒な奴らだ、と内心零して歌仙の疑問に耳を傾けた紺野だったが、その疑問自体も非常に面倒なものだった。


「あの板は、現世の様子を映しているのだろう?なのに、朝だったり、夜だったりするのはどういうことだい?」

「・・・・・・・・・は?」

「時間が可笑しいんだ。一方では朝なのに、一方では夜の紅葉が見られるとは・・・」

「天気が違うのはまだわかる。日本各地とつながっているのなら、天気も違って当然だろう。だが、日本の中を映しているのに、時間が違うのはわからないぞ」

「・・・・・・・・・・・・」


ぽかん。
眉間にしわを寄せたまま口を半開きにしている紺野の表情は、狐の姿をしていなければ相当滑稽なものだったろう。
要領を得ない説明であることは自覚している。だが、それ以外どう説明していいのかもわからない。
ああだこうだと説明しても、加州まで同じように首を傾げるものだから。


「・・・もう、直接見せたほうが早いんじゃないか」

「そうだね。そうしよう」


結局加州ごと、広間まで戻ることになった。


「ほら、こっちは夜なのに・・・こっちは昼だ」

「!?おい、これなんてさっきまで昼だったのに、一瞬で夜にかわったぞ!?」


そんなことを騒ぎながら説明すればようやく合点がいったのか、紺野は少し疲れたように口を開いた。


「これは・・・テレビ番組というものは、映像として記録し、それを編集しているものだ。時間がずれて感じるのは、そのためだろう」

「映像として・・・記録?」

「・・・例えば、お前たちは本を読むだろう。あれも文字で記録したものの一種と言える」

「まぁ・・・確かにそうだろうね。先人たちの知恵を、書き留めたものもあるから」


しばし首を傾げた歌仙だったが、一先ず納得したように頷く。
それを受けて、紺野も言葉を選ぶようにしながら続けて説明した。


「それが映像・・・見たままのものが形に残ると思えばいい。勿論、あくまで“絵”としてだから、関われるわけもないが」

「へぇ・・・面白いね。いつか僕もやってみたいものだ」


楽しそうなつぶやきを聞いて、紺野が器用に眉間にしわを寄せる。
けれどそれも一瞬で、諦めたようにため息をつくといつもの事務的な口調に少し説教の色を混ぜて言い含めた。


「・・・次は録画機器か。いつも言うが、見合う成果を残してからだ」

「成果、か・・・お前はそればかりだな」

「それが仕事だ」


にべもない言い方に今度はこちらの眉間にしわがよるが、加州の「・・・ねぇ、それって・・・」という小さな呟きにあっさりと消えていった。


「・・・その、録画機器って・・・、・・・割と簡単に手に入るもの、・・・なの・・・?」


加州が、紺野に手を伸ばす。
避けきれなかった紺野がその手に捕まり、加州の目の前でぶらんと両足を垂れさせた。
目の前にいる加州の表情は、俯いていて見えない。
・・・見えないうちに逃げたほうがいいと感じているのは、きっと二人とも同じだ。


「・・・おい、圧がかかりすぎているぞ。手を緩めろ」

「答えろよ!」


ピシ、とどこからか聞こえた音に、紺野の若干焦ったような声に。
やばいな、と一歩下がりかけた足は、それ以上動かすこともできなくなった。
本丸一の子煩悩とはいえ。本丸一の愛されたがりとはいえ。
本丸一の練度を誇ることは、どうしようもなく事実なのだ。


「・・・結論から言えば、モノを選ばなければ手に入れるのは難しくない」


紺野もそれを察したのだろう。珍しく、端的に知りたい情報を伝えてくる。
きっとそれは、これ以上こんのすけの身体に被害を与えないという意味では大正解で。
加州が、大きく息を吸い込んだ。


「・・・なんっで早く言ってくれないのさあああああ!!!?」


空前絶後。
きっと加州のこれ以上でかい声は、これからも聞くことはないだろう。


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