獅子王が微笑む時


「ほーらべに!こっち見てこっち!」

「んーたっ、きぃー♪」

「はぁん・・・っ!もうっ、最っ高・・・!」

「ちょっと加州・・!こっちは音声も入ってるんだから、あんまり変な声出さないでくれよ・・・!」

「う・・・ごめん。でも、べにかわいすぎて・・・っ!」

「ぅまーまっ!」

「あぁっ・・・!なんだいべにちゃんっ!ほら、こっちおいでぇ!」

「どっちもどっちだよな・・・」


庭で繰り広げられる遊戯のようなやり取りを、獅子王は呆れ半分、笑い半分にのんびりと眺める。
先日手に入れた“びでおかめら”というものの説明書を奪い合うように読んであっという間に使い方をマスターした面々はここ数日、予備のバッテリーをフル活用してほぼ無休でべにの様子をつぶさに記録していた。
べにもべにでいつも以上に構ってくる男士たちに嬉しくなったのか、最初に見られたカメラに警戒するような様子もどこへやら、とニコニコと笑っている。
そうなれば当然カメラが止まるはずもなく。いや、たとえ不機嫌そうな顔をしていても彼らはカメラを向けることを止めないかもしれないが。


「あぁ本当に、もっと早くにこれの存在を知っていればね・・・。自分の文才を憎みながら歌を詠み続けることもなかったろうに」

「あ?歌仙歌詠むのすげー上手いじゃん」


ていうか今も詠んでるし、と左手に札、右手に筆の歌仙を見て獅子王は首を傾げる。
「確かに僕は歌を詠むのは得意だけれどね、」とさらさらと筆を滑らせながら、歌仙は応えた。


「それでも表現しきれぬ愛おしさというのは確実にあるのだよ」

「・・・そういうもん?」

「俺に聞くな」


少し離れたところに座っていた大倶利伽羅にそう水を向けてみるも、返ってくるのはすげない返事。
けれどそれを気にするでもなく、まぁいいか、で済ませた獅子王は、再び庭の華やぎに目を向けた。


「うんうん、いい絵が撮れてるよ・・・!あぁ、せっかくだから、今のべにちゃんができることをたくさん記録しておこうか!」

「よーし、そうと決まればまずは遊びだね!べに、いっくよ〜!」

「おー!」


拳を掲げる加州を真似るべにを、一切の隙無くカメラに収める燭台切。
そんな可愛らしくもどこか間抜けな三人組を遠目に、獅子王は誰にともなく呟いた。


「べにが今できることかぁ、ちょっと面白そうだな」


少し羨ましそうな声色に、大倶利伽羅が静かに視線を獅子王に向ける。
確か獅子王は最近、練度を上げるための出陣が続いていたはずだ。
それでしばらくべにと遊べていないんだろう、と察しをつけて少し考えたが、獅子王の隣に歌仙がいることを思い出して再び目を伏せた。
彼が隣にいる者の機微に気付かないわけがないのだ。


「なに、ついて行ってくるといい。馬当番は・・・大倶利伽羅。あと少しだ、手伝ってくれるだろう?」

「・・・ふん。好きにしろ」

「・・・ほんとか?ありがとな!んじゃ、ちょっくら行ってくるぜ!」


葛藤は少し。すぐにお言葉に甘えて縁側から飛び降りた獅子王は、意気揚々と三人の後をついていった。










「きぃ!」

「へぇ〜?これが俺?じゃあこっちは?」

「たぬ!あ・・・ん、ん、・・・じぃじ!」

「ぶっく・・・!そ、そうだよな、加州と手合わせできるのって、そのあたりだよな・・・っ」

「うっせー!おめーだって同じようなもんだろうが!」

「たぁ!たあ!」


カン!カン!と高い音を立てながら、小さな手で大人の親指ほどの積み木を打ち合わせる。
広間にはどんぐりビー玉から人形まで、様々な玩具が仕舞われているいわゆる“おもちゃ箱”があるが、今回選ばれたのは何の飾り気もない積み木だった。
べにはカラフルなおままごとセットよりもこういった素朴な風合いを好む。そして、想像力を働かせることでただの積み木に魂を宿らせるのだ。
両手にむんずと掴んだ一方は加州。そしてもう一方は、たまたまそこにいた同田貫になりかけたが・・・


「・・・次の出陣代わってくれねえか」

「俺だって同じようなもんなんだろ?負けてらんねぇからなー」


べににでさえ加州との実力差を感じられてしまっていては、武士の名折れ。
こりゃあさっさと実力つけねえとな、と改めて決心を固めるわけだ。


「たっ!たぁ・・・っ!?」

「ん?」


カン!カン!といい音を響かせていたのが不意に濁り、途切れる。
当然同時に動きの止まったべににおや?と注意を向ければ、一瞬固まっていたべにはこちらと目が合うとジワリとその顔をゆがませた。
あ、泣く。


「ふぇ・・・!」

「あー、指ぶつけちゃったかぁ。もう、しょうがないなぁべには」

「ぅあーん・・・!」


べにに向かって両手を差し出す加州に、当然のように同じく両手を差し出して抱っこの体勢を取るべに。
しょうがないなぁと言いつつも優しい笑みを浮かべる加州に、べにが全幅の信頼を置いているのが一瞬で見て取れる光景だった。
羨ましい、と思ってしまうのは、べにが主だからなのだろうか。それとも。


「ふぇー・・・!ぅあーん・・・!」

「はいはい、そうだねぇ、痛いねぇ。痛くなくなるおまじない〜、いたいのいたいのとんでけ〜!」


そう言いながら、加州が包み込むようにべにの手をさする。
すると、顔を真っ赤にさせて泣いていたはずのべにが次第にひっく、ひっくとしゃくりあげる程度になり。
時折不規則に肩を揺らしながら加州の手をじっと見ていたべにが、少しずつ落ち着きを取り戻していく。
本当に魔法みたいだな、とじっとその様子を見ていると、泣き止んだべにが少し考え、加州にずいっと自分の手を見せつけるように伸ばしてきた。


「いた、たい、ないっ!・・・つおい?」

「うん!べには強いね、素敵だよ」

「すてき!」


加州の言葉にぱぁ、と顔を輝かせるべに。
今度こそ間違いなく、羨ましいと思った。


「・・・加州、幸せそうな顔してんなぁ・・・」

「ふふ、きっと今本丸中で一番幸せなんだろうね」


ジー・・・と駆動音を響かせながらどうやら二人にズームをかけているらしい燭台切が、こちらも幸せそうに笑みをこぼす。


「お前も幸せそうだぜ?」


からかうようにそう言ってやれば、燭台切は少し驚いたようにこちらを見て、それから目元を緩めた。


「・・・それは、君も同じだね」

「・・・!」


燭台切に言われて、獅子王はそこで初めて自分が幸せそうに微笑んでいることに気が付く。
頬に手を当てて、それから、主と初期刀に再び目を向けて。


「・・・あぁ・・・、幸せだから、だろうなぁ・・・」

「ふふ。・・・うん、そうだね」


自然とその場に居る全員から桜が舞い散るような幸福感。
主が笑顔でいるからか。立場の違うはずの、刀剣男士と仲睦まじいからか。主が、―――幼子だからか。
どれもが当てはまるようで、どれもしっくりこない。
ただ、わかることは一つ。
この本丸で顕現されたのは・・・ある意味、最高に幸せなことなのかも、しれない。


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