新たな敵の存在を知る


今日も今日とて、本丸は平和である。
先日手に入れたビデオカメラは、あっという間に本丸中の男士が使い方をマスターして、連日の記録に余念がない。
今のところ一番手ぶれがなく録画できるのは太郎太刀で、視点も高く全体を映すのに向いている。一方でべにのアップだったり、べにと同じ視点で写真を撮るのが上手いのは五虎退だ。
最近はこの二人がカメラ係として持ち歩いていることが多く、太郎太刀の袂にはハンディカメラが。五虎退の胸には一眼レフカメラが下げられている姿が定着してきた。
そんな、身に合わないごついカメラを胸に下げている五虎退だが、今はそこに手を伸ばす余裕もなくオロオロとしている。
戦場でも狼狽えることなく構えるようになってきた五虎退が、今でもそうなる相手は一人しかいない。


「あけて!」


とてもいい笑顔で、お菓子の箱を差し出してくるべにだ。


「えっ・・・!だ、ダメですよぉ、べに様・・・!もうすぐ夕食だって、ママさんが言ってたじゃないですか・・・!」

「えー・・・ねーがいっ!」

「ぅっ・・・!だ、ダメです!ごはんが食べられないと、べに様が上手に育たないって、歌仙さんが言ってました!」

「・・・・・・」

「そ、そんな顔したって・・・うっ、うぇえ・・・」


狼狽えつつもはっきりと断っていた五虎退だが、自分の思いが通らないとわかった途端にむすくれたべにに困り果てて半べそ状態だ。
そんな五虎退を見かねたのか、それとも兄貴分として一言言わねばと思ったのか。
五虎退とべにの周りをぐるぐると歩き回っていた五匹の小虎が、おもむろにたふ、とべにの足にその足先を当てる。
それに気付いたべには下を見て小虎の存在に気付くと、その意味を察したのかむくれたままで小虎と視線を合わせるようにしゃがみ込んだ。


「だってぇ・・・。おいし、しよ?」

「ガー・・・」

「ね?とりゃしゃん、ねーがい!」

「グゥ・・・」

「おやおや、べに殿もおねだりが上手になられましたな」

「あっ・・・いちにい・・・!」


どこで覚えたのか、べにの可愛らしく小首を傾げた“おねがい”のポーズに、小虎までもが陥落されそうになったとき。五虎退たちにとっての救世主が現れた。
一期はひょい、とべにを抱き上げると、べにの持っていたお菓子の箱をあっさり受け取る。
そしてそれをさりげなくべにの背後に回すと、べにと目を合わせてにっこりと極上の笑みを浮かべた。


「べに殿、ママのご飯は好きですか?」

「すきー!」

「おいしく食べたいですね?」

「うんっ!」

「そんなべに殿に、魔法を教えて差し上げましょう」


そんな会話をしながら、お菓子の箱を気配もなく五虎退に渡す。
「まほー?」と首を傾げながらも何かを思い出そうとしているべには、それに気付く様子はない。
五虎退が箱を受け取って隠密も各の如しと近くの部屋に隠れるのと、何かに気付いたようにべにが一期の目を見つめ返すのはほぼ同時だった。


「・・・びーで?」

「はい。ビビデ・バビデ・ブーですな」

「びーで!ばーで、ぶー!」


魔法をかけるように指先を天に向けるべにに、同じように人差し指をピンと立てる一期。
べにが一期に集中したのを見計らって、秘め事を伝えるかのように唇を薄く開いた。


「それは、今このおやつを我慢することです。・・・難しい魔法ですが、べに殿はできますか?」

「うんっ!・・・がんばる!」

「はい。頑張りましょう」


一瞬お菓子のことを思い出したかのように動きを止めたべにだったが、忘れようとするかのようにプルプルと首を振る。
そんな様子に愛おしそうに目を細めた一期は、今度こそ本当に綺麗な笑みを浮かべてべにの頭をゆっくりと撫でた。










そんな彼らを、廊下の先から眺めている大小の影が一組。
主と刀剣たちのやりとりを最初から見守っていた二振りは、ことが落ち着いたのを察するとほぉ、と安堵するとも感心するとも言えないため息をそろってついた。


「・・・一期のやつ、扱いが上手くなったなぁ・・・」

「うん・・・。それに、べにさんも語彙がすごく増えたよね」

「そうだな」

「この前、兼さんも「こらっ!」って怒られてたしね」

「おぉ・・・って見てたのかよ!?」

「何したのさ和泉守」


堀川の自然な一言に流されるように相槌を打って、できれば知られたくなかった事実がいつの間にかばれていたことに思わず叫ぶ和泉守。
そんな二振りの後ろから、呆れたため息とともに慣れた気配が声をかけた。
振り返れば、常よりも少し服にほこりっぽさのある、本丸最高練度の男。


「加州さん!おかえりなさい」

「おー、第一部隊のお帰りか」

「ん、ただいま。・・・ねぇ、今日は紺野来てる?」


きょろ、と足元に視線を泳がせる加州は、出陣帰りとはいえ、いつもより少し疲れたように見える。
そのことに首を傾げつつ、堀川は思い出すように顎に指をあてた。


「紺野さんですか?いえ、僕はこんのすけ君しか見てないですけど・・・」

「そっかー」

「何かあったのか?」


引き継ぐように和泉守が問えば、加州は「んー、ちょっとね」と言葉を濁して手櫛で髪を梳く。
しかし癖になっているその感覚が途中で唐突に消えたのを感じると、むっと眉をしかめた。
後ろに回っていて気付かなかったが、加州が日々の手入れを欠かさない髪が、途中ですっぱりと切り落とされてしまっている。
手入れをすれば何事もなかったかのように治るとはいえ・・・その事態に、静かに目を見開いた。
人一倍身だしなみに気を遣う加州が、本丸最高練度の刀が、髪を切り落とされてしまうほどの相手。
ここ最近出陣しているところは、そんな練度の敵がいる時代ではなかったはずだ。
また検非違使が顔を出すようになったのか、と思ったが、加州の様子を見る限りそういうわけでもなさそうで。
じっと待てば、加州は観念したのか重い口を開いた。


「・・・いつも通り戦ってたんだけど、なんか普通じゃないのがいてさ」

「普通じゃない?」

「そ。・・・何か、“お前の主は誰だ”とか聞かれて」

「主・・・?というか、あの人たちしゃべれたんですか?」

「うん・・・それも気になって、一応報告しとこうと思ったんだけどね」


「わざわざ緊急回線使うほどでもないかなー」と、半ば独り言のように呟きながら部屋に戻っていく加州。
場に残された二振りは、自然と顔を見合わせてどちらともなく首を傾げた。


「・・・加州がああなってんだ。強いってことは違いねえよな」

「うん・・・他の人たちは無事だったのかな。怪我、してなきゃいいけど」

「加州が慌ててないってことは、無事だろ」


和泉守の見立てに堀川も静かに頷いて、まだ見ぬ強敵の存在に意志を固める。


「・・・まぁ、目の前に立ちふさがる敵は倒すだけだ」

「そうだね」


同じ志を持つ相棒に心強さを感じつつ、自分も鍛錬しなければ、と改めて思う。
行く道を遮る者を倒す。ただ、それだけ。


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