新たな敵は何処から


『俺が行こう。丁度雪に紛れて驚かすのはどうかと考えていたところだ』

『ふむ。ならばお主の服を借りていけばいいのではないか?俺の方が腕も立つ』

『グサッとくることを平気で言うなあ君は・・・!俺の服が君に入るはずないだろう!』

『でも、流石に鶴丸さんと僕だけでは・・・』





『・・・白い服があればいいんだな』










凍える風が身体の隙間を通り過ぎ、奪われた熱にぶるりと身体を震わせる。
寒さで風邪を引くような身体ではないが、それでも寒いものは寒いのだ。
夏の雪のように跡も残さず消えていった歴史修正主義者。その場所に向けていた目を、一つゆっくりと瞬きをして切り替えた。


「・・・みんな、協力してくれて、本当にありがとう」

「ううん、大したことはしてないよ」

「結局ほとんど俺たちだけで済んでしまったしな」

「はっはっは。俺たちは要らなんだか?」

「ううん!みんながいてくれたから、僕も不意を付けたんだよ。それに、相手が一振りで来るとも限らなかったし」


そう首を振りながら、敵の最期の一振りを思い浮かべる。
容赦なく首を落とそうと、一直線に向かってきた白刃。
実際、普通に一対一で戦っていたら、完膚なきまでに折られていただろう。
そして、それほどの実力差があったからこそ、相手が油断していたからこそ、そこを突けた。

運が良かったと、思わざるを得ない。

そんな苦い思いなどつゆ知らず、「寒いね、さっさと帰ろっか〜」と加州が早々に帰城用の装置を起動させてゲートをつくるのに、遅れないように慌ててそちらへ駆け寄る。
遠くの剣騒に、囮用にと5振りで出陣した面々も少し気になったが、あちらにも燭台切がすでに連絡を入れているようだし、きっと大丈夫。
最後にもう一度、チラリともうどこだったかもわからない、敵の居た位置に尻目を向ける。


「・・・“僕”じゃなかったら、わからなかったかもね」


誰にも聞こえないように、口の中で。
“僕”は、べにさんが主だったから、彼女の未来に夢を見た。
けれど、今の主よりも、あの頃を・・・と思う“僕”も、少なくないだろう。
ゲートをくぐりながら、そんな、賭けに出てまで仲間を増やすような真似をした歴史修正主義者の行動に、ふとした疑問が首をもたげた。


「(・・・彼らってそもそも、どうして生まれたの・・・?)」


それは、誰に問うでもなく。
誰も居ない戦場の片隅に、そっと零れて消えていった。










「戻ったか」

「あれ、紺野じゃん。珍しい、お出迎えしてくれたのー?」


本丸の門をくぐってすぐ、足元から聞こえた落ち着いた声にそちらを見れば、べにとは違うも見慣れた小さな影。
すぐさまひょい、と抱き上げる加州は、もう慣れたものだ。
尻尾でその手を叩くあたり、紺野もそれに慣れてきたというか、なんというか。


「その装束は借り物だ。無駄に汚れるようなことはなかっただろうな」

「素直じゃないなー。ま、俺たちなら余裕でしょ?」

「たたかうあいてもいなかったわけですしね」

「ちょ、今剣!それ言わないでよ!」


かっこつかないじゃん!とぶーぶー文句を言う加州だが、結局報告をするのは彼なのだし、かっこつけるも何もないのに、と苦笑する。
頬を膨らませる様子はべにとそっくりで、どっちがどっちに似たんだろう、なんてふと真剣に考えてしまった。


「それにしても、よくこんな服準備できたよねー。完全に俺たち用でしょ?借り物って言ったけど、何のために作ったの?」

「・・・たまたま備えがあっただけだ」

「・・・ふーん?じゃあもう一つ聞くけどさ」


ピリ、と空気が冷える。
下手をすれば先の戦場よりも凍える感覚に、こればっかりは慣れないな、と静かな戦いの幕開けを感じた。


「“連隊戦”。あれって、前からできたんだよね」

「・・・・・・」

「えっ・・・?・・・ちょ、待ってください!あれが普段からできるなら、危険な進軍をせずとも済んだ場面が何度も・・・」

「あれはまだ、試験的な運用だ。実戦に使えるかどうか、まだわからない」

「え・・・、そう、なんですか・・・」


思わず口を挟んだが、有無を言わさない口調につい引き下がってしまった。そんな様子を静かに見て、ゆるく目を細める加州。
二人の戦いはいつもそうだ。加州が探りを入れて、紺野が逃げるようにはぐらかす。
内容は大抵僕らが不当な扱いを受けていることだったり、べにへの対応についてだったり。
知っておきたい内容のことばかりだから、その場から逃げることもできず、中々答えにたどり着かない吹雪の中で立ちすくむことになるのだけど。


「・・・そう。まぁでも、何とかなったからよかったよね」

「えっ・・・」


今回は加州がやけにあっさりと引き下がったことで戦いの幕はあっさりと降り、逆に戸惑ってしまった。
加州が紺野の身体をぱっと解放すれば、紺野は器用に空中で一回転してストンと床に着地する。
紺野も普段との違いに少し戸惑ったように加州を見上げていたが、それについては何を言うでもなく「・・・速やかに返却しろ」とだけ言うと通信を切ってしまった。
残されたのは、注目されていることに「何かご用はありますでしょうか?」と首を傾げるこんのすけ。
特にないよ、とそれを帰して、手櫛で髪を整えている加州に疑問の目を向けた。


「いいの?追求しなくて・・・彼、間違いなく何か隠してると思うんだけど」

「まぁ、それはわかるけどね」


クルクルと指に紙の束を巻きつけながら、眉間に薄くしわを寄せて加州が続ける。


「何か理由があるんだよ。今回はこっちが提案したわけでもないのに白い服を用意してくれた。それだけで、アイツ的には相当頑張ったんじゃない」

「きぃー!おかーり!」

「べに〜!!たっだいま〜!!」


廊下の向こうから小さな足音を響かせて登場したべにに、加州は部隊長の顔から親馬鹿へと華麗に変貌する。
デレデレとべにを掬い上げるように高い高いして抱き上げる姿は、先の紺野との関わり以上に手慣れたものだ。
高い視線に一通り喜んだべには、加州の腕の中に落ち着くとふと気づいたように首を傾げた。


「おふく?おかしーね?」

「えっおかしい!?これ、似合ってない!?」

「あぁべにさん、こういうときは、“ちがうね”って言うといいですよ」

「ちがーう!ね!」

「いいやべに、そういうときはこう言うんだ。“赤パジャマ黄パジャマ茶パジャマ”!ってな!」

「きゃーっ♪」

「もう!鶴丸さん!」


愕然とする加州に、適当なこと言って楽しむ鶴丸。
べにはそのどれもに楽しそうに声を上げて、周りもつられるようにして笑みが浮かぶ。
そんな、ありきたりな光景。
贅沢ながらも“日常”を感じてついつい頬が緩む僕は、きっと今、”幸せ”なのだろう。










「儀式用の服を?何に必要というんだ」

「刀剣男士の戦略に不可欠と判断しました。詳細はここに」


バサリ、とデスクに資料を置く。
表題は、“第二次試験体(不適応刀)出現・討伐報告”。
専務の表情が、わかりやすくゆがんだ。


「・・・向こうもまぁ節操がないもんだ。何もお前のところに出なくても」


なぁ?と同意を求める言葉自体は、何も知らない人からすれば気遣いの言葉に聞こえるだろう。
だがこの職場に、事情を知らない者など、居ない。
自分と専務とのやり取りが、耳そばを立てられていることなど、身に突き刺さるように知っている。
喉から飛び出してきそうな声を一度飲み下して、冷静に、返す言葉を探し出す。


「・・・元を正せば、と思わなくもありませんが」


自虐ともとれる。だが、互いの性格を知っていれば、その向ける先は自ずと知れる。
チッ、と珍しく分かりやすい敗北宣言をした専務は、乱暴に資料を掴むと他の書類の上へ放り投げるように重ねた。


「練度向上の訓練にも、参加希望を出したはずですが」

「勝手に歴史へ持ち出しておいてよく言えるな?」


畳みかけようと重ねた言葉に痛いところを突かれて、今度はこちらが口をつぐむ。
思うようにいかないものだ。
だがこれも、政府の尻拭いがそもそもの原因。専務はそれ以上続けることもなく、こちらもこれ以上油を注ぐ前に、とその場を離れた。



「・・・ホントお前、よくやるよ」

「・・・うるさい」


後で聞くぜ、と肩を叩く同僚にわずらわしさ半分、感謝半分で頷いて席に着く。
開かれたままのファイルから、次に片付けるべき課題へ手を伸ばす。
“演練参加許可の増加”、“適正報酬”、“練度向上訓練への参加”。
どれもあの本丸の不遇対応に対するクレームだが・・・あの者たちのために、なんて、慈善心は一切ない。


すべてはただ、自分のためなのだ。


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