君が生まれてからの


『座標軸安定、固体識別完了、通信子機“こんのすけ”とのシンクロ、80%、90%・・・100%。紺野管理官、通信モードに入ります』


常の言葉をもはや右から左に聞き流しながら、今朝ほどめくったカレンダーを思い出す。
それまで何の意識もしていなかったのに、その日付だけが拒否する間もなく目に飛び込んできた。
耳につく機械の駆動音が遠のけば、シンシンと静かに積もる雪景色と、遠くから聞こえる楽し気な声。
その中に混じる名前に、紺野はもう一度静かに目を閉じた。


「(・・・もうすぐ、誕生日か)」


生を受けてから、2年。


「(・・・・・・だから何だ。俺には、関係ない)」


形もなく思考を促す感覚に一度、頭を振る。
今日は先日の連隊戦で影響が出ていないかの確認と、次の演練の日程の調整。それが終われば簡単な監査をして帰ればいい。
脳内で改めて今日の予定を確認して、一つ息をつくと騒がしい方へと足を向けた。
目当ての人物は、まず間違いなくそこに居る。










「そうですべにさま。いたいのいたいの、とんでいけー!ですよ!」

「たーいたい、んっでっけー!」

「おお・・・力がみなぎる!傷も癒えていくな!」

「軽い傷で済んでよかったです。岩融殿、無茶はなりませんよ?」

「がっはっはっはっは!すまんすまん、しかし俺のような長物は室内戦には向いておらんな!」

「うーん。編隊を考えないとね。夜目にも強い、打刀・脇差・短刀で部隊を組んでみる?」

「出番ですね、僕、頑張ります!」


今剣の膝に座るべにが、差し出された岩融の腕にもみじのような手をかざす。
べにのそれと比較するとまるで大きな丸太棒のような岩融の腕は、浅いものの広範囲に傷が広がっており、それを怖がるでも嫌がるでもなく見つめるべに。
わずかな時間で柔らかな光と共に傷が治っていく様は目を見張る。
薙刀である岩融の手入れが、一瞬で終わった。手伝い札を使った様子も見られない。


「(力が上手く扱えるようになってきた証拠か・・・)」


それを喜べばいいのか、忌めばいいのか。
どんな表情をしたらいいのかわからない感覚が不快で、さらに釘を刺す一期一振、顎に手を当てる大和守安定、嬉しそうに身を乗り出す秋田藤四郎と、目的の人物がその場に居ないことが不満で。
出陣中か、それとも内番か。何にせよ、誰かに居場所を聞かなければならない。
接触はできるだけ控えよ、と言われている以上、これは出直した方が良案か。
そう考えて、刀剣たちに見つからないように踵を返す。


「こんこん!」


そして、その瞬間後ろから完全に自分に向けてかけられた声に、“こんのすけ”の小さな全身が雷に打たれたかのようにビクリと震えるのを感じた。


「あ、紺野さん。来てたんだ」

「・・・加州が居ないようなので、また出「こーんこん!」

「べにさま?いきたいんですか?」


きらきらと輝く目が紺野を射抜く。
少しでも近くに行きたいとばかりに、両腕を目いっぱい伸ばして、上体をこちらに倒して。
「出直す」、と、たった4文字口に出して、そうしたらこの場を去れるのに。


「こんこん!ぶ、ぶー。こーん、いっちょ!」


岩融の膝を手すり代わりに立ち上がり、わき目も振らずに、たどたどしくも二本の足で。

泣くしかできなかったあの子が。

寝返りすらうてなかったあの子が。


生きられるかどうかも、わからなかった、この子が。


「紺野さん、・・・泣いてるんですか・・・?」

「・・・は?何を言って・・・」


秋田藤四郎の言葉に疑問を返す、その声が震えていることに、驚愕した。
思わず下を向いて、ポタリと床に落ちた水滴に、愕然とした。
その水滴が伝っているのが“こんのすけ”の頬と気付き―――絶望した。


「!?な、何だこれは・・・故障・・・?いや、そもそも“こんのすけ”に水の出る機能など・・・」

「こんこん?」


戸惑いを隠せずにいると、いつの間にかすぐそばまで歩いてきていたべにが、目の前にしゃがみ込んで小首を傾げる。
こてん、と倒れるような傾げ方に、伸びた髪がサラリと従う。


「こんこん、たーいの?たーい」


伸ばされた腕は短くて届かず、べにはさらに一歩踏み出して、紺野の頭にポン、ポン、と弱い力で手を置いた。
・・・撫でている、とは、認められなくて。


「たいたい、んっけー!」


頭を振って、小さな手を振りほどく。
何も見てはいけない。何も、考えてはいけない。
無心で、この場からすぐにでも去らなければ。


「・・・“こんのすけ”の眼球ユニットから水滴など、聞いたことがない。とにかく、一度持ち帰って検討しよう」

「あ・・・、うん」


それじゃ、と戸惑いながら手を振る大和守安定に応えることもせず、すぐさま通信を切断する。
キュウゥ・・・という電子音と共に感覚の戻った人間の両手で、ゆっくりと両目を覆った。


「・・・・・・、」


濡れては、いない。
全身からどっと力が抜けるのを感じ、ほぅ、と大きく息を吐いて通信用の椅子に身体を預ける。


「(俺が涙を流していいはずが、ない)」


あの子に関することで、感情を動かしてはならない。
俺には、そんな資格は、ない。


『捧げ物に丁度いい』


―――人として生きる道を奪ったのは、俺なのだから。


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