君に見てほしい人


毎日の家事でところどころ剥げていた、爪の紅色を塗りなおす。
美しく、主の刀として、恥ずかしくないように。
短く切りそろえられた爪をチェックして、「よし、」と小さく頷いた。


「かしゅうー?、もうみんなまってますよ!」

「うん。今行くよ」


今日は、演練。
バサリと戦装束を羽織って、気を引き締める。
実戦とは違った緊張感はいつまでたっても慣れないけど、短く息を吐き出すことで払拭した。


「いつもそうやっておるの。演練とはそんなに緊張するものなのか?」

「するもの!だってべにの評判は俺たちにかかってるようなものだよ?」

「ほぉ・・・ならば、狐ではなく猫を被らなければな」

「小狐丸は被れても虎な気がするけど」


不敵な笑みを浮かべる小狐丸に少し笑って、鏡の前で身だしなみの最終チェックをする。
べに自身が可愛い可愛い子どもなのは間違いないけど、それを“素晴らしい審神者だ”と思わせるにはやっぱり俺たちの努力が必要だ。
倶利伽羅とかは「他人の評価なんてどうでもいい」とか言うけど、やっぱりそればかりも言ってらんないしね。


「べにー?おそと行くよー!」

「はぁーい!」


迎えに来た今剣と小狐丸。そして岩融・青江・歌仙と、べにとの待機係に薬研。
今日の出陣メンバーを確認して、広間で居残り組と待っていたべにに声をかける。
いいお返事で太郎太刀の膝から飛び降りるべにに、いつものように抱きあげようと手を伸ばした。が。


「いーのっ!」

「えっ!?」


べには楽し気に広げられた腕の横を通り抜けて、そのまま廊下の先へ走って行ってしまう。
慌ててその背中に振り返れば、同じようにこちらを振り返ったべにの満面の笑顔に胸を撃ち抜かれた。


「べにちゃんね、いくよー!」


高らかに宣言していく先は、確かに玄関。
自分から靴を履きに行けるなんて、成長したなぁ・・・と思う反面、抱っこさせてもらえなかったことにかなりのショックを受ける。


「避け、られた・・・!」

「いやいや、べににだってそんな気分の時もあるさ!」

「むしろこれも成長の証じゃないかい?自立に向かっているというわけだ」

「自立・・・うぅう・・・ずっと俺を頼ってくれればいいのに・・・!」

「はっはっは。元気なことだ、よきかなよきかな」


あちこちから次々とかけられる言葉にがっくりと肩を落としつつ、「成長の証・・・成長の証・・・!」と自分に言い聞かせる。
こればっかりは、演練の緊張感以上にどうやっても慣れられそうにない。










「あっ、べにちゃん!」


ゲートを潜って数歩。
会場全体を見渡しもしないうちに、明るい声に主の名前を呼ばれた。
覚えのあるそれにぱっと振り返れば、ぶんぶんと大きく腕を振る、若い女の審神者。
笑顔を浮かべるその隣に控える歌仙兼定との組み合わせは、出会った頃と変わらない温かみを感じさせた。


「小珠!・・・さん!」

「えっ!?いやいや!呼び捨てでいいですよ!」


何で他人行儀なんです!?と慌てる小珠だが、正直、頭を下げるところから始めたいくらいだ。
あれからも数回演練の機会はあったけれど。小珠ほど丁寧にアドバイスをくれる上級審神者など一人もいなかった。
それが普通と言われてしまえばそれまでだし、修一のような奴はいなかったからそれはそれでほっとしたんだけど。


「・・・このあいだは、アドバイスありがとう。すごく、ためになったよ」

「え、あ、い、いえ!役に立てたならよかった、デス」


まっすぐに見つめてそう言えば、慣れていないのかポポポと顔を赤らめる小珠は普通に可愛い。
その様子には自然と笑みがこぼれて、やっぱりべにの目標にしてほしい審神者だなぁと内心で頷いた。


「でも、やっぱり早いですね。もうここまで練度を上げてくるなんて」

「早いの?」

「多分ですけど、結構」


私今回上級審神者じゃないんですよーとのほほんと笑う小珠に簡単な相槌を打って、さらに緩みそうになる頬を引き締める。
認めた相手に認められるのは、誇らしいと同時に、結構嬉しいものだ。


「小珠が講師じゃないなら、今日の人は相当な腕前なんだろうね」

「そうですね。いつもふたを開けてみないとわからないのってちょっとドキドキしますよねー」

「分かったら分かったで『どうしよう、あの人と対戦なんだ!?うわぁ、練度が、練度が足りない!』とか騒ぐだけ騒いで何もできないのがオチだろう」

「んなっ!?そ、そんなことないやい!」

「・・・・・・」

「・・・・・・・・・た、多分・・・」


相変わらず楽しい二人だ。
目の前で繰り広げられる熟年夫婦のようなやり取りを微笑ましく見守っていると、その視線に気づいた歌仙兼定がはっとこちらを見て頬を薄く染める。
その様子におや、と軽く目を見張れば、歌仙兼定はゴホン、となんとも白々しい咳ばらいで注意を逸らした。


「・・・ほら、君たちも早く受付を済ませて来たらどうだい?」

「・・・そーね。それじゃ、ごゆっくり?」


普段俺たちのことを若輩者扱いする歌仙兼定がこうも動揺するのが珍しくて、ちょっと意地悪に笑って背を向ける。
不思議そうに首を傾げながらも笑顔で手を振る小珠と、眉間にしわを寄せて憮然とした顔をつくる歌仙兼定との対比がまた面白くて。完全に背を向けて、二人が見えなくなった瞬間思わず小さく噴き出してしまった。


「ふふっ、まだまだ青いねえ」

「まだわかいですからね、これからですよ」

「お主が言うと説得力が違うの・・・」


楽し気な表情を浮かべる面々の中で、一振り、少しだけ趣の違う表情を浮かべるのは。


「・・・中々複雑な気分だけど、彼女を選ぶ“僕”はやはりセンスがいい」


そう呟いた歌仙は、少しだけ誇らしげに見えた。










「・・・うそ。」


だから、受付を終えて、小珠のところに戻ろうとして。
向かう先で小珠と仲睦まじい様子で言葉を交わしている修一を見つけても。

嫌悪感よりも先に、絶望が胸に押し寄せてくるのを、・・・ただ、感じているしかなかった。


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