君に知ってほしくない人


小珠と修一の姿を、何もできずに、ただ、見つめる。
不意に動きを止めた加州の様子に、首を傾げた面々がすることは一つ。
その視線の先に目を向けて、そのうちのほとんどはやはり原因がわからずに首を傾げた。
けれどその中で、静かに息を飲んだ者が、一振り。

最悪だ。最低だ。こんなことになるなんて。
でも考えてみれば、修一のことを愚痴ったときも、小珠は否定的なことは言わなかった。
そもそもあの二人は仲がいいのか?性格の一致しそうなところがまるでない、あの二人が?

グルグルと、答えのない思考が頭の中を回り続ける。


「―――、お・・・―――」

「―――?・・・って!」


二人の会話は、遠くて聞こえない。
けれど徐々に声が大きくなってきて、耳に届くようになった音は、小珠が少し感情を波立たせているようにも聞こえた。
遠くに見える姿は、小珠が頭を抱えて、それを支えるように小珠の方に手を回す歌仙兼定。
歌仙兼定がかすかに唇を動かしたのに、修一はただ首肯する。
その表情はあの、下卑た笑いではなく。少し困ったような、優し気なもので。
いぶかしく思う暇もあればこそ。


「・・・歌仙!?」


隣を通り抜けていく風にはっとそちらを見れば、黒い羽織がツカツカと類を見ない速足で二人へと近付いていた。
慌ててそれを追いかけたけど、黒い羽織の主―――歌仙の心情を思うと、どうにも止めることはできなくて。


「失礼するよ。」


どうする、と悩んでいる間に、歌仙はスルリと二人の間に身を挟んでしまった。
不意に立ちふさがった庇うような背中に、キョトンと目を瞬かせた小珠が視線を上げて、慌てて隣の歌仙兼定と見比べる。
見られた方も状況が飲み込めないようで、主と同じような表情を浮かべていた。
そんなことは梅雨知らず、歌仙はただ、修一を睨み付ける。

―――歌仙が背に庇う二人と同じように、目を丸くする修一を。


「彼女、困っているように見えたけどね?」


歌仙が次いで非難の言葉をつなげれば、修一は少し訝しむように眉を動かして。
ふと、歌仙の額の方に目をやった。


「・・・あぁ、何だ、辞め損ないのとこのか」


その瞬間、その表情は見下した笑みに一転する。


「歴史修正主義者と遭ったんだって?アンタらも運悪いねー。や、今更かww」


息をするかのように吐き出される嫌味に、やはり嫌悪感が込み上げた。
ギリ、と歯が鳴るのを感じる。
修一と初対面の面々も、修一のその、たった二言で空気を冷徹なものに変える。

―――こいつが、主を愚弄した、あの。

ザワリと周囲の殺気が膨れ上がるのを感じて、「抑えて、」と小さく諫める。
ここで手を出したら思う壺。こんな安い煽りに乗る方が負けを見る。
歌仙も似たような心境なんだろう、修一が話し始めてから、口を開く様子はない。
しかし、その背からぴょこんと顔を出したのは、―――今まさに歌仙が修一の存在に耐えながら守っているはずの、小珠だった。


「え?いつも戦ってるのが歴史修正主義者ですよね?」

「いやぁ?あれの元的な?」

「・・・小珠」


修一も当然のように返すからか、見かねた歌仙兼定が小珠を制す。
けれど小珠は修一の話が気になるようで、「でも、」と一言呟くと修一に視線で話の続きを促した。
・・・歌仙には悪いけど、・・・正直なところ、確かに気になる。
この間の意思を持った敵が“歴史修正主義者”だというのなら、普段戦っている相手は“誰”なのか。
「んー?」と鈍重に首を傾げた修一は、小珠の責めるような視線に薄く笑って人差し指をクルクルと回した。
そして何でもないことのように告げられた言葉は。


「政府が作った実験体なんだよ?アレ。やばくない?」


信じるには突拍子もなく。―――否定するには、材料が足りなかった。


「じ・・・実、験・・・体?え・・・えぇえ?」

「自分らの尻拭いをさー。大義名分掲げて俺らに押し付けてるわけ。都合いいよねー」


そもそも政府が実験しなけりゃよかった話なのにね?
やれやれ、とわざとらしくため息をつく修一に、小珠が言葉を失う。


「(何だよ、これ)」


目の前で繰り広げられる光景が、一つの演劇かのように感じてしまう。
そうやって、否定することは簡単だ。小珠はそもそも修一の手先で、懐柔するために近付けたのだと。


「(でも、そんなこと、・・・)」


ぐっと唇を噛んで、情に流されそうになる自分を戒める。
・・・どちらも、否定しきることは、できない。
何を信じたらいいのか。何を信じる、べきなのか。
わからないまま、二人の会話は進んでいく。


「むしろなんて聞いてんの?」

「えっ?・・・んと・・・、“どこからともなく現れた”、としか・・・」

「雑www」

「えぇーっ!?じゃっじゃあ普段戦っている相手は・・・!」

「どーやってんのか知らないけど。その時代の名もない刀から引きずり起こしてるんだって。正しく起こせてないから、大して強くもないんだとさ」


ホント、どーやってんのかねぇ。
また呆れたようにため息をつく修一の言葉に、矛盾はない。
小珠の質問に答える言葉に、淀みもない。
・・・嘘をついているとは、思えない。


「ていうか修一さん、何でそんなこと知ってるんです!?」

「えー。何で説明しなきゃなんないの?」

「えぇ・・・、ぁっ・・・・・・、・・・そーですか」

「・・・戦う相手がどうであれ、べにの未来を守る」


不意に背後から、落ち着いた声が聞こえた。
振り向けば、すぐそこに居る、薬研とべにの姿。
手を引かれる小さな姿が薬研の細い足にひっしとしがみついているのを見て、慌てて殺気を仕舞い込んだ。


「俺っちたちが目的にしてるのは、そんだけだぜ」

「未来、ねー」


嗤う修一。
真意は、―――わからない。


「“そのころ”には俺らも死んでっからなー。自分が死んだあととかどうでもいいわ」

「おや、君は随分早く死ぬと見た。これは残念だ、遠慮なく切れる相手がいなくなってしまう」

「ひゃーこわwwwえーまじ?次からボイスレコーダー常備しとくわww」

「あ、え、う・・・」


べにの姿に一度は頭を冷やした歌仙の怒気が、再び強まる。
オロオロする小珠の肩を、歌仙兼定がそっと引き留める。
ふぅ、と呆れと仕方なさをないまぜにしたため息を薬研が零して、べにがそっと顔を上げた。


「かてぇん・・・?」

「wwwwwカーwwwテンwwwww」

「・・・・・・お前と違って、相手の名前を正しく呼ぶことができているよ」


完全に馬鹿にした嗤いに、心は不思議なほど波立たない。
それは彼女が、上手に名前を呼べるようになってきたと知っているから。
それは彼女が、歌仙を気遣って声をかけたのだとわかったから。
修一への嫌悪感が、べにへの愛しさに負けた瞬間だった。


「願う形に、成長している。お前なんぞの言う通りには、ならない」

「いいや、断言するね。お前らの思うようになんか、育たない」


間髪を入れずに言い切られ、怒りを通り越して疑問がわいた。
何故修一がそう言い切るのか。根拠なく言いがかりをつけているにしては、その声はあまりに強く、はっきりと否定していた。


「だからさっさと、“人”にかえしてやれよ」


続く言葉に、嘆願の色が見えてしまったから、なおのこと。


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