君に学んでほしい世界


「全体的に遅いんだよ。何、前時代的なトレーニング機器でもつけてるわけ?」


「っはー。見てらんないね。何、その衣装はお飾りなの?何かを極めたから“極”って呼ばれてるんじゃないの??」


「無駄な大振りキタコレーwwせめて刀装剥ぐくらいの働きしないと、何のためにそんな長いモン振ってんのかもわかんないよねぇ?」


戦場を見下ろす修一の言葉は止まらない。
他の面々だったらきっと、べにの耳をふさぐか、この部屋から離れるくらいのことはしているだろう。その程度には、耳に毒な言葉の数々。
薬研がそれに耐え、べにと共に部屋で戦いの様子を見ていたのには、いくつか理由があった。

まず一つ、綺麗なものだけでは、世間を渡っていけないことを知っているから。
世間は往々にして、悪がはびこる。
それは世間が悪を許しているからではなく、悪が世間を渡る術に長けているからだ。
べにには少し早すぎる気はしないでもないが、本丸の中に居てはこういうものに触れる機会もそうそうない。
精々“先生”になってもらおうじゃないか、と薬研は修一の言葉を静かに聞いていた。

そして二つ目、小珠が申し訳なさそうな、困ったような顔をしていたのに、修一をとがめることをしなかったから。
以前の演練で、自分たちを叱り飛ばした性格の審神者だ。何の意味もなく、修一の暴言を見逃すはずがない。
何か理由があるはずだ、と・・・三つ目、この男のことを見極めるためにも、薬研にはこの場を離れるつもりがなかった。

耳に飛び込む言葉を、ただの罵詈雑言、と言ってしまえばそれまでだ。
「とろい」「役立たず」「使えない」「弱い」「話にならない」「辞めろ」「笑い種だ」「よく死んでないな」など、など。数え上げれば切りがないし、よくもまぁそんなに語彙があるものだと感心する。
けれど、その裏の意味をくみ取ろうと努力してみれば。


「・・・機動を上げろ、練度を上げろ、刀装を狙え・・・と、聞こえなくもねぇな?」

「なーに?」

「ほらべに、あいつらが見えるかー?がんばれー、だ」

「あー!きぃみちゅ!がんばえー!!」


話しかけられて、手遊びから薬研に目を上げたべにが首を傾げる。
最近、わからない言葉を聞くとこうして問いかけることが増えてきた。
普段だったら丁寧に答えるそれに応えずに下を見るように促せば、彼らの姿に気付いたべには疑問をもったことも忘れて嬉しそうな声を上げる。
普通なら泣き出してもおかしくない光景だが、手合わせを見慣れているべにの胆は随分と座っていたし、遠く、ガラスを隔てていてはその気迫までは伝わらないようだった。
ベタベタとガラスを涎まみれの手でたたきながら、ガラスに頭をぶつけて覗き込む。


「―――!」

「っ―――!!」


苦しい顔で剣を退ける加州達。
音は伝わらないが、切迫した表情と、見下ろすことで全貌の知れる陣形からわかる。
以前より善戦しているのは確かだが、圧されているのは逃れようもない事実だ。


「・・・まだまだ修行が足りねえか」

「たいなーいない?」

「あぁ。足りない、な」


ガラスをベチベチ叩き始めたべにの手を軽く諫めて、じっと仲間の戦いを見ながら物思いに耽る。

“極”。

ある事件をきっかけに、今剣が一皮むけた結果、紺野からそう言われるようになった。
当初こそ折れてしまうのではないかと思うほどの危うさだったが、何かに吹っ切れ、四日間の修行から帰ってきた彼は見違えるほどに強くなっていった。
それは精神面だけではなく、機動、打撃、諸々含めて全ての練度が上がったと言っていい。
その成長は魅力的なものだったし、自分も、と憧れた。
ただ一つ。それでも他の短刀たちが二の足を踏んでいる理由は、たった一つ。


「・・・お前さんと四日も離れたら、浦島太郎になっちまう」

「なーに?」

「べにとずっと一緒に居たいってことだよ」

「・・・うきゃーっ!」


べににわかるように言いかえれば、ジワリと笑みを浮かべ、嬉しそうにバタバタと足を振る。
嬉しさを抑えきれない、といった様子はこちらまで胸が張り裂けそうなくらい嬉しくなるし、そういうときは、べにを思い切り抱きしめることが一番なんだが。


「・・・ちょっと、迷惑ってモン考えれないの?」


まぁ、これだけ騒いでいればそう来てもおかしくはないだろう。
こちらを気にするそぶりもなく戦いの様子を見下ろしていた修一が、今度はこちらに矛先を向けた。
―――まぁ、いい加減仲間に対する悪態を聞くのに堪えかねたってのも大きいが。


「あぁ、悪い」

「こっちはわざわざ時間裂いて指導してやってんのにさー。ホント常識ないよねー」

「その通りだな。すまん」

「え、キモ。なんなん。俺悪者なわけ?被害者妄想楽しい??」

「いや?指導してもらって助かっている」

「うぇえ・・・何の心もこもらない言葉とか・・・よく吐けるねぇ」

「そうか?あんたほどじゃないさ」


修一の片眉が跳ね上がる。
舌を持つようになってからはまだ日は浅いが、弁を立てる方法ぐらいは分かっているさ。
悪いが、年の功なら数倍上だ。


「ナニソレ?俺は常に自分の心に素直なんだけど」

「そうだなぁ。それでべにを否定したりあいつらを指導したり俺っちを煽ったり、忙しい限りだ」

「は??バカにしてんの??」

「まさか」


苦笑して―――スッと、修一の目を正面から見据えた。
修一の眉がピクリと動く。ほんのわずかに唇が引き結ばれる。こちらに合わせるように、身体を少しだけ起こす。
それら一つ一つを視界の中に収めて、薬研は少し、表情を緩めて見せた。

―――一つの機微も、見落とすものか。

獣のような鋭い眼差しを、柔和に作った笑みの下に隠す。
人は嘘をつく時・・・やましいことがあるとき、必ずそれが表に出る。
たとえそれがどんな大嘘つきでも、どんなに嘘に慣れていても。
構えていない瞬間の問いには、必ず、身体が、顔が、答えを言う。
再び何かを言いかけた修一の口から、音が出る前に。薬研は獲物に向かって、飛びかかった。


「べにの味方なのか、敵なのか。はっきりしろって言ってんのさ」


薬研が求めたのは、ただ一つの答え。


**********
back/back/next