君の目指す世界


意識が戻る。
本体を握る形に強張った手を意識して開きながら、思い出すように大きく息を吸う。
最後に見た光景は―――点のようにしか見えない、槍の、穂先。


「―――だーっくっそぉ!何で勝てないんだよもぉお!!」

「がっはっは!強いなぁ、奴らは!」


案内の音声を聞くことなく意識を取り戻すのは、完膚なきまでに叩きのめされた証拠。
小珠にだって今回は勝てたっていうのに・・・、何であいつにだけはここまで勝てないんだ!


「まさかここまで実力に差があるとはのぅ・・・いや、あやつの言う通り、一番の問題は機動力か?」

「そうだねぇ。僕なんて、何もさせてもらえなかったから。・・・それがイイって子もいるかもしれないけっ!」

「今日の僕はいつもより容赦できないよ、青江?」

「いつもは容赦しておったのか・・・」


演練場に入る前はピリピリしていた面々も、あまりの実力差に毒気を抜かれてしまったようだった。
それほどに、呆れるほどあっさりと勝負は決した。

演練が始まると同時、どこからともなく飛んできた鉄砲の玉に刀装の半数がそぎ落とされ。
慌ててそちらを見れば、あっという間に接近してきた金髪が残像のように青江の腹に潜り込んで、一閃。
最も立ち直りの早かった今剣が応戦に向かっても、刀装に固められた本体に刃が届くことはなく。
援護しようと向かった頃には、相手側の他のメンバーがすでに距離を詰めてきていた。
前回のように、背後を狙われたわけじゃない。
むしろ、馬鹿みたいに真正面から突っ込んできた藤四郎だろう一振りは、思わず刀を向けるのを躊躇するぐらい、まっすぐで。


「・・・強くなったと思ったのに・・・、まだ勝てないのかぁ・・・」

「強かばってん、速さが足りんとね」


聞き覚えのない声が返事をしてきて、不思議に思いながらそちらを振り返る。
ほんの数歩先、今まさに考えていた件の短刀が、小さい身体に大きな自信を背負って立っていた。
先の戦いっぷりのこともあり、まさかの相手にポカンとあほ面をさらしていると、短刀は勝手にうんうんと頷きながら話を続ける。


「今は極短刀の時代たい。いくら練度が高うても、極の刃先は速うとよ?」

「博多!」


短刀の―――博多と呼ばれて振り返った少年の言葉に思考を巡らせる暇もなく、今度は覚えのある声に少し剣のある目つきになったことを自覚しながらそちらに目をやる。
人波をすり抜けながら走り寄ってくるへし切長谷部の表情は、珍しく少し焦っているように見えた。


「お前は、あれほど勝手に動き回るなと・・・!」

「えー何で長谷部怒っとるん!?」

「・・・演練中にあれだけしゃべってて、まだ何かあるの?」


目の前で不意に始まった説教を尻目に、そのさらに奥、特に急ぐでもなくこちらに向かってくる修一に言葉を投げる。
ぷきゅぷきゅと、また別の方からは聞きなれた愛しい音。
自然とべにを連れた薬研が近くまで来ているのがわかったけど、そちらを振り返ることなく修一を睨み付けた。
先に目を逸らすのは負け・・・そんな気がした。


「・・・・・・」


だけどそれはこちらだけだったようで、修一はチラと別の・・・薬研とべにの方に目を向けると、ふっと目を閉じて。


「別にー。もう話すこともないかな」


そのまま加州のすぐ隣を、無造作に通り過ぎていった。
修一に続く刀剣たちの列に、へし切長谷部に促された博多が参加していく。
その中で、へし切長谷部だけが。最後にチラ、とこちらに―――べにに、視線を落としていった。


「何・・・?」

「きぃみちゅー!たいたい、なーい?」


ぷきゅぷきゅぷきゅっ!と、さっきまでより勢いよく鳴る―――走り寄ってくるその音に、わけもなく浮かんでくる笑みで頬を緩める。
あっという間にピリピリとした空気が霧散したのを感じながら、我ながら蕩けた笑顔で振り返った。


「ないよーべに」


“たいたいなーい?”は最近、どうやら“かまって!”みたいな意味に替わってきている。
痛いところがあれば構ってもらえるし、なければ遊んでもらえる、という図式なのだろう。
怪我がないことを伝えながら手を広げれば、べにはぱぁっと顔を輝かせて腕の中に飛び込んできた。
べにへの愛しさをこの上なく感じる瞬間であり―――嫌なことを、あっという間に消し去れる瞬間だ。
普段だったらすぐに抱き上げるのを、そのままぎゅっと抱きしめる。
ちっちゃい主。でも、随分大きくなった。
自分で歩けるようになったし、しゃべれるようにも。


「きぃみちゅ?」


きゅう、と服を握りしめていた手が、ぺちぺち、と加州の身体を軽く叩く。
こうして相手の機微を感じ取って、気遣う心根まで―――


「あっべにちゃん!」

「あーっ♪」

「はぅっ!かわいすぎやでぇ・・・!!」


さっきとは趣の180度違う乱入者に、苦笑しながらべにを解放する。
とたんにぱっと離れて小珠の元へ走っていく様子に、結構懐いたなぁ、としみじみ感じた。
べにの笑顔にやられたのか、小珠は崩れ落ちるように膝をついてべにを受け入れてくれる。
そのまま幸せそうにべにに話しかけながら頭を撫でる様子に、まぁ、そりゃ懐くよね、と肩の力が抜けるのを感じた。


「・・・今日は勝ってやったよ」

「あっはい!負けました!」

「すがすがしいねぇ」

「えへへ・・・言い訳をさせてもらえるなら、今日は二軍だったので」


小珠の言葉に、二軍、と口の中で呟く。
こっちは割と新しい面子も入れたとはいえ、練度は十分に育ってきている面々だ。
それでもギリギリの戦いで、何とか勝てたものの、・・・それが、二軍。
やっぱりまだ、何かが足りない。
ふと、さっきの博多藤四郎の言葉が脳裏をよぎった。


「・・・小珠は、短刀を修行に行かせた?」

「え?あ、はい。練度は上がりにくくなりますけど、まだ上限が見えないくらいには成長していきますよ」


うちも今日はごこちゃんを、と後ろを振り返る先には、突然話を振られた五虎退が少し緊張した様子で「ど、どうも・・・」と会釈をしてくれる。
その姿はうちの五虎退とほとんど変わらなかったけど、そのさらに後ろに控える虎の大きさが、その五虎退が修行を終えたのだと教えてくれた。
・・・あんなふうになるんだ・・・


「べにちゃんのとこも今剣君は行ったんですね。いやー、この前半端ない練度の極短刀部隊と演練したことがあったんですけど、ホントもう完敗ですよあれは。あそこまでなるのは遠い道のりでしょうけど、うちも頑張らないとなーって思いますね」

「・・・小珠が言うと、すんなり受け入れられるんだけどなぁ・・・」

「え?」

「ううん、こっちの話」


人徳って大事だなぁと、津々と感じるわけだ。
べにに着物の袖を遊ばれて、小珠がそちらに目をやったのをきっかけに、こちらも後ろを振り返る。
目当ての相手は、思ったよりも遠くにいた。


「・・・薬研、修行、行ってみる?」

「・・・そうだな。強く、ならねぇとな」


何かを考え込むように、じっとうつむく薬研。
そう声をかければ、一つ息を吸い込んで、ゆっくりと頷いた。










そこから本丸では、短刀たちが順番に本丸から修行へと出かけて行った。
そのための道具を手に入れるために、紺野がどれだけ暗躍したか。
それは誰も、知ることはない。


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