秋田藤四郎は空を想う


「っど―――の!?そ―傷、・・・が・・・!」

「―――さ・・・!ボ・・・・・・って・・・!」

「と・・・く、手―――・・・こん・・・け、方・・・を!」


―――遠くから、怒鳴り合う声が聞こえる。

ぐらぐらと身体が揺れるのが気持ち悪くて、誰の声かもはっきり意識できない。
ドクドクと、心臓の位置が変わってしまったかのような感覚。
背中全体が、いた、くて。
いたい、かぁ、と、人の身で得る感覚にどこか感心して。
“いたい”という感覚は、刃がこぼれたときの感覚に似ていることを知った。


「ごめんねっ・・・!秋田君・・・!秋田くん・・・っ!」

「っ・・・、はっ・・・」


すぐ近くで、乱くんの声が聞こえる。
ガンガンと頭を叩くような声には正直ちょっと眉を寄せたかったけど、乱くんの声があんまり悲しそうで文句を言うこともできず、第一これ以上寄せることもできないみたいだった。
安心させるためにも返事をしたい、のに、息を吸い込むことも難しくて、思うように言葉が使えない。
せっかく、話せるようになったの、に。
これじゃあ、身体をもつ前とおんなじ。

・・・もう、無理なのかなぁ。

どんどん頭がぐらぐらしてきて、瞼を上げているのも疲れてしまう。
その感覚は、主に・・・べに様に目覚めを受けたときの感覚が、さかさまになったような感じだった。

・・・また、あそこに戻るのかな。

あの、温かさも冷たさも感じない、ただ在るだけの場所へ。
・・・それはすごく、もったいない・・・気が、する。
まだ、べに様がお立ちになられたところも見てない。
あの小さな御手が、僕の本体を握ったこともない。
まだ、僕だけに向けられた笑顔を見たことも、ない・・・!


「かっ、は・・・」

「!秋田!しっかりしろ!」

「ぁ・・・るじ、・・・」


やっぱり誰かの声が聞こえた気がしたけど、今は、そう。それどころじゃない。
ひどく重い腕を持ち上げてみても、そこになにもないことが悔しかった。
せっかく手に入れた身体だけど、今は違うものがほしい。
そう―――前にべに様のお世話をしていたときに、庭で遊んでいたあの子達みたいな―――


「しっかりして!今、加州が手入れを・・・」

「・・・羽、が・・・・・・・・・ぁっ、・・・たら・・・」


自由に、動けるかな。

鳥のように空を飛んで、主の下へ行って・・・。

そしたら、・・・そしたら―――





「っふあ゛ぁ――――――っ!!!!」





途絶えそうになった意識は、耳に飛び込んできた酷い泣き声で一瞬覚醒し。
けれど沼に引きずり込まれるようなそれに、成す術もなくまた沈んでいった。










そして、次に目を開けたとき。

秋田が起きたことに気付いた乱が大泣きで縋り付いてきたり。
それを聞きつけて飛んできた加州がほっとした顔をみせつつも怒ったり。
傍にいた薬研が包帯を片付けながら「無茶すんなよ」と戒めたり。
心配の言葉を煩いくらいに投げかけるお供の狐を押さえながら、鳴狐がおかゆをそっと置いてくれたり。
嬉しいような申し訳ないような気持ちになって、けれど温かいそれにほっと身体が緩むのを感じたり。
いろいろ、あったのだけど。


「・・・話があるんだけど、いいかな」

「っ・・・」


一番最後に、寝ているべに様を抱えて歩いてきた燭台切が冷たい顔でそう切り出してきたときは、緩んだそれが一気に引き締まったのを感じることになった。


「燭台切殿!秋田殿はまだ直ったばかりですし・・・!」

「・・・そうだね、ごめん。少し、急ぎすぎたかも・・・」

「っいえ!・・・いえ、大丈夫、です」


お供の狐に窘められて目を伏せる燭台切に、慌てて大丈夫だと言い募る。
間を空けて、うやむやになったり言葉が濁ったりしては、意味がない。
・・・言いたい事は、おおむね察しが付いているのだから
覚悟を決めて俯く秋田の傍から、薬研が薬箱を持って立ち上がる。
続いて加州が。鳴狐も、燭台切の腕からべに様を受け取って部屋を出た。
・・・残ったのは、布団の上で正座した秋田と、向かい合って座する燭台切。
それから、秋田の隣で同じように俯きながら正座する、乱。
僕だけでいいのに、と思いながらも、その背中を押して出て行くように促すことはできなかった。


「・・・乱君から大まかな話は聞いたよ。・・・戦場に、近付いたそうだね」

「っボクが!ボクが、秋田君を無理やり引っ張って・・・!」

「乱君、」

「っ・・・」


ピシリと、名前を呼ばれて、ヒュッと息を飲みこんで深く俯く乱。
髪の隙間から項が見えて、細く震えているそれに、申し訳なさが際立った。


「・・・僕が、怪我、しなければ・・・」


よかったんですけど、と、言葉は宙に消えていく。
深く眉間に刻まれた皺が、それが間違いだと伝えていた。
でも、と秋田は心の中で反論する。
遠征で得られた資材が、少なかったのは本当だ。
乱が指差した先に、たくさんの資材があったのも見えていた。
敵に見つからなければ、きっとたくさんの資材を手に、帰ってくることができただろう。
・・・こうして、手入れのために資材を使うこともなく。


「・・・ごめんなさい」


再び罪悪感が襲ってきて、乱に負けないくらい深く頭を下げる。
結局資材は持って帰れなかっただろうし、それに加えて自分のこの怪我だ。
手入れをしてもらえたということは嬉しいけれど、きっと出陣する前より資材は減った。
・・・謝ることしか、できないのが悔しい。


「・・・あのね、二人とも」


はぁ、とため息とともに吐き出された言葉に、二人そろってビクリと肩を揺らす。
それを見てさすがにバツが悪くなったのか、燭台切は「うーん・・・」と困ったように眼帯の縁を掻いて。
それから、「あのね、」と幼い子どもに諭すように話し始めた。


「僕らは刀なんだ。ついた傷は、人間のように自然には治らない。審神者に直してもらうしかないんだけど、僕らの主は・・・べにちゃんだから」


わかって、います。
何もできない主なんかより、って、乱が思っていたのだろうということも。
でも、それはきっと違う。
何かができるかできないかじゃない、強い人が主になればいいのなら、そもそも人間を主に据える必要なんてないんだ。
それこそ、一番強い者が率いればいい。
けれど、そうじゃない。
強いか、そうじゃないかじゃなくて。


「あまり、泣かせたくはないんだよね」

「・・・え?」


うまく表現できる言葉が見つからなくてもどかしい思いを抱えていると、燭台切が心なしか落ち込んだように言葉を続けた。
その内容に、乱と二人で目を丸くする。

・・・べに様を、泣かせる?

それと、主であることと、何の関係が。
あんまりキョトンとしていたからか、表情を見た燭台切は「あれ、知らなかったのかい?」と同じように目を丸くして首をかしげた。


「審神者の力は、べにちゃんを泣かせないといけないんだよ」


そして続けられた内容に、今度こそ目玉を落っことすかと思った。
それじゃあ、意識が途切れる直前に聞こえた、あの泣き声は。


「うまく食事やおしめ交換とタイミングを合わせようとしてるみたいだけど・・・どうしても泣かせてる時間は長くなるから、可愛そうなんだよね」


今回は手伝い札があったから短時間で済んだけど、と言う燭台切に、二の句が告げなくなる。
そんな、じゃあ・・・もし手伝い札がなくなったら、手入れの時間中べに様を泣かせ続けないと・・・?
気が遠くなるような状況に、ふらっと意識が遠のくのを感じる。
顔を白くさせた秋田に、燭台切は「伝えるのが遅れたね、」と申し訳なさそうに軽く頭を下げた。
後悔先立たずとは言うけれど、・・・まさか、こんなに早くその言葉を実感することになるなんて。
人って大変だ、と改めて自分で行動することの責任というものを感じた。


「まぁだからこそ、加州は審神者業務を嫌がるんだけど」

「・・・加州は、主様を大切に思っているの?」


慎重に問いかける乱の声に、呆然としていた意識をはっと戻す。
べに様と一番最初に出会った刀だからか、あやすのが一番上手い加州は鍛刀や刀装を作るときはほとんど一緒にいる。
つまりそれは、べに様が泣くとき、一番居合わせているということで。
・・・嫌、じゃ、ないんだろうか。赤ちゃんが泣くところに、何度も付き合わされて。
けれどそんな心配は、燭台切によってあっさりと杞憂に済まされた。


「もちろん。あれでも彼、べにちゃんが大好きだからね。もし主がいなかったら、僕たちがここで戦う意味もなくなるし」

「・・・そっかぁ」

「まぁ、今後は極力、怪我につながることは控えてくれると助かるよ。刀装がなくなったら、帰ってくればいい。そっちのほうは、一瞬で済むみたいだしね」


故意に泣かせなくて済むし、と苦笑に紛れて呟く言葉は、聞かせるつもりはなかったのかもしれない。
それでも耳に届いたそれは、やっぱりしおしおと秋田と乱の肩を縮ませることにはなったのだけど。


「もし主がいなかったら、僕たちがここで戦う意味もなくなるし」


さらりと告げられた、秋田たちが戦う理由。
―――最初は、それでいい。
お飾りでも、とりあえずの主でも。
仕えたい、と。思える人に、成長するまで。


「・・・ゆっくり頑張ろうね、乱くん」

「・・・うん、そうだね」


ほっと肩の力が抜けた乱に、こちらも力の抜けた笑顔を返す。
大丈夫、僕たちにはたっぷり時間があるのだから。
ゆっくりと、けれど着実に、僕たちも成長していくから。
君の成長を―――見守らせてください。


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