田中先輩は怖いけどいい人


―――私立、青葉城西高校。
北川第一の選手の大部分が進学する、県下4強のチーム。
その、強豪校との練習試合が―――

ピーッ!


「烏野高校対青葉城西高校練習試合、始めます!!」

「「「「お願いしあーす!!!」」」」


―――始まった!!










バスの中で盛大に俺の股間にゲロ吐いてくれた日向は、学校についてからも何度もトイレに駆け込んでいる。
来るときのバスで酔っちまったみたいだけど、本人大丈夫だって言ってんだからまぁ大丈夫だろ!
戻ってきた日向の背中を叩きながら「カバーは任せろ!」と言い、ちらりと視界の端に映った大野の姿に言葉を続けた。


「それに今回はサーブに大野もいるからな!不安があれば大地さんの采配でピンチサーバーが入ってくれる!」


うんうん、と頷いて練習中の大野のサーブを思い出す。
アレはいい武器になるからな!青城にどこまで通じるか楽しみだぜ!


「だ、大丈夫・・・?日向、君・・・」

「あ・・・うん・・・っお、おれ!頑張るから!さっ最後までコートに残れるように!!」

「えっ・・・!?あ、あの・・・!」

「ほっときなよ大野。どうせなに言っても耳に入ってないだろうし」

「え・・・あ、う・・・」

「うぅ・・・ちょ、ちょっとトイレに・・・」

「ぼ、僕もついていく、よ・・・」



それに、やっぱりなんといっても一年生コンビの変人速攻だ!
日向の囮も期待できるし、よォ〜し気合入ってきたァ!!


「お前は何も心配しないでガンガン・・・!?日向どこいった!?」

「大野とトイレ行きましたよ」

「またかよ!?」


いつの間にか姿を消している一年生二人に、「しゃーねぇなぁ」と様子を見に行くためにトイレに向かう。
もしかしたらまだ日向も酔いが収まりきってねぇのかもしれねーしな!










ちょっと迷ってトイレにたどり着けば、なにやら青城の一年に絡まれている二人。
どうやら調子も戻ってきたらしい日向が普通に話しているのを見て、一先ず安心した。
影山についてあまりよくないことを吹き込まれているようだったから、かっこよくニヒルに仲裁してやる。
決まった・・・!と思っていたのに、「あっ・・・ちょっ・・・お腹イタイッ!」とまたトイレに駆け込んでしまった日向に、わけがわからず首をかしげた。
何だ!?ゲロ吐きそうでトイレいってたんじゃなかったのか!?
さっさと体育館に戻っていった青城の一年はいいとして、その場に残った大野も俯いたままで動く様子がない。
まさか大野も調子が悪いのか・・・!?と慌てて顔を覗き込めば、


「うォッ!?」

「ひっ、あ、す、すみません・・・!」

「いや、お前は平気か?」

「あ、はい・・・僕は、いいんですけど・・・・・・日向君、だいぶ、緊張、してるみたい、で・・・」

「俺からすればお前も相当だけどな!」

「!す、すみません・・・」


まぁこいつの場合、試合にっていうより、人と話すことになんだろうけど。
・・・そういえば、コイツはあんまり試合に対して緊張してないのか?


「なぁ、お前は緊張とかしないのか?」

「えっ、あっ、きん、緊張!?」

「ブハッ!どもりすぎだっつーの!!」


笑って背中をバシバシと叩けば、「ずっ、す、すみませ・・・」とまた謝る。
もはや口癖だな!


「ぼ、僕は、そう、ですね・・・多少、慣れてる、かも・・・」

「へー!慣れるほど試合経験あんのか!?」


でも確かに、ピンチサーバーで試合に出るときの緊張感は、スタメンで入るそれとはまるでレベルが違うかもしれない。
生憎サーブがそこまで強烈なモンでもない俺はピンチサーバーで入ったことがなくて、想像するしかできないが多分半端なもんじゃない。
それを何度も繰り返してきた大野は、性格に似合わずプレッシャーに強いのかもしれないが・・・


「じゃあちょっくら日向に緊張しないコツとか教えてやれよ!」

「え・・・っえぇ・・・っ!?」

「あ、ほら。丁度戻ってきたぜ?」


トイレのドアがキィ・・・と開き、ワタワタと焦る大野に向けて「うぅ・・・」とまだ腹を押さえながら唸ってる日向を指差す。


「あ、ひ、日向君・・・」

「・・・あ、大野・・・ごめん、つき合わせて・・・」

「う、ううん・・・」

「なんだよ、日向が弱気とか普段と逆じゃねぇか!!」

「「うぅ・・・」」


ひとしきり笑ってから「ほら」と大野の背中を叩いて、日向のほうへ促してやる。
不安気に振り返って見上げてくる視線には、笑って背中を押してやった。


「あ、の・・・」

「・・・?あっ!お、おれ!サーブも頑張る!から!!」


だから、と目を回す日向の口を一度押さえて、「どうどう」と一回落ち着かせてやる。
そうでもしねぇと大野が人の話を遮って話すなんて、できるわけねぇからな。
「ほら、いいぞ」と大野をもう一度促してやれば、うろうろと視線を彷徨わせた後ぎゅっと目を瞑って話し出した。


「・・・ぼ、僕は、レシーブ下手だし、ジャンプ力も・・・日向君ほどじゃないし、サーブしか、とりえがない、から・・・スタメンに入れる、日向君が、羨ましい」


ピタ、ともぞもぞしていた日向が止まる。
お、いい感じか?


「こ、こんなこと思って、ほんと、ごめん・・・でも、・・・日向君が不調なら、ぼ、ぼく・・・僕が入れる、チャンスだって、ちょっと、思、うん・・・だ」

「!?お、オイオイ・・・」

「でもね、」


思わぬことを言い出した大野に焦って間に入ろうとするが、続く様子に一歩留まる。
ここで遮ったら、多分駄目だ。
じっと待つと、大野は一度俺を伺ったが、何も言わない様子を見るとまた息を吸い込んだ。


「・・・ピンチサーバーは、1セット、三回までしかコートに入れないんだよ」

「・・・え」

「どんなに上手くなっても、僕、一人じゃ・・・皆の背中を押すぐらいのことしか、でき、ないんだ・・・」


・・・確かに、1セット内で選手交代は6回だけ。
それも、入って一回、出て一回だ。
サーブだけのために入れられる大野は、サーブが切れればお役御免とばかりにコートの外に出されちまう。
選手の故障とか何かで変えることも考えれば、そうぽんぽんと使えるものでもない。
だから、ピンチサーバーが入るのは、たいていセットの後半、たった一度きりのことが多いんだ。


「・・・僕は、打ったら、皆に頼りっぱなしだから・・・だけど・・・っ!日向君は、打った後も、皆と一緒に戦える・・・!」


「だから、」と言葉を続けようとする大野だが、肝心なところで言葉がでなくなっちまったらしい。
なんだなんだ?ここは単純に「頑張って!」とか「期待してるよ!」とかでいいじゃねぇか!
「あ、」とか「う・・・」とか口をパクパクさせていたかと思うと、さっきよりもずっと身体を震わせて俯いた。


「た、たまには、その、サーブくらいは、僕にも、打たせて・・・くれ、ても・・・う、嬉しい、かも、なんて・・・」

「ブハッ!おま、どんだけ自信ねぇんだよ!!」


予想よりもずっと弱気で残念な激励に、思わず横で噴出す。
びくっと震えた肩にがっしりと腕を組ませて、「ひぃ!?」と悲鳴を上げる大野とキョトンとした顔の日向に向けて言ってやった。


「こう言えばいいじゃねぇか!“後ろには俺が控えてんだから、お前はお前のできることをしろ!”ってよ!」

「そ、そんな、そこまでは・・・」


慌てて両手を横に振る大野は否定するが、言いたいことはつまりそういうことだろ?
日向の表情もさっきよりはよくなったし、よくやったじゃねぇか大野!
だからな?「僕が役に立つかもわからないし」とかうじうじうじうじ言ってねぇで!


「男ならはっきりしろ!」

「はっはぃぃ・・・!!」


なんで涙目になるんだよ!


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