山口君は学ぶ


試合が始まって、少し経つ。
ずっと緊張しっぱなしの日向はミスを繰り返し続けていて、正直なんで他のメンバーに交代しないんだろうって、ずっと考えていた。
だから、日向にサーブが回ったとき。

ピーッ


「大野、サーブ頼んだ!」

「は、いっ!」

「ガツンと点稼いでくれよ!!」

「はいっ・・・!」


大野がピンチサーバーとして入ったのは、多分自然な流れだったんだと思う。
ちょっと意外だったのは、大野と交代させられるってなっても、日向が「下げられる〜!!」ってパニックしてなかったこと。
落ち込んだ様子ではあったけど、「・・・い、き、切り替えて、こ?」と大野に声をかけられて、「・・・頼む」と任せている様子だった。
大野の代わりに隣に来て、やっぱりまだ顔色を悪くしている日向に「ドンマイドンマイ!」と声をかけて肩を叩く。
果たして耳に入っているかは疑問だけど、まぁ・・・空気って大事だから。
これ以上俺が掛けられる言葉もないな、と思って視線を大野に移した。


「ナイッサァー!!」

「一本決めてけー!!」


周り中から声援を投げかけられる中、ボールを受け取った大野が特に緊張した様子もなくいつも通りにクルリと少しだけボールの向きを変える。
前になんでそんなことをするのかと聞いたら、「ボールの縫い目に手を当てないと、落ち着かない」という一言を聞き出すだけですごく時間が掛かった。
他の人みたいに床に打ち付けて感触を確かめたり、クルクルとたくさんは回したりしない。
それがすごく大野らしいなと思って、一度真似したらすごく動揺して大野にしては本当に珍しいサーブミスをやらかしてたから、もうやらないけど。
主審のホイッスルが鳴って、少し間をおいてから大野がスゥ、と息を吸い込んだ。


「―――いきます」


このときだけは、嫌にはっきりと聞こえる大野の声。
こっちは理由を聞いてもまともな返答は返ってこなくて、とうとう聞けずじまいなんだけど。
ボールを大きく投げる。キュキュ、と大野がステップを踏んで、飛び上がる。
大きく腕を振って、全体重を乗せたボールは・・・ドライブサーブ!
ドゴンッ!といい音を立てて勢いよく叩きつけられたボールは、下手なアタックより強力だ。
練習で、何度か取らせてもらったからわかる。
正面に打ってもらったのに全然勢いを殺せなくて、そのまま相手コートに返ってしまったそれ。
それを今は、丁度誰の正面でもない、選手の間へと打ち込んでいたのに。


「オーライ!ッ・・・カバー!!」

「はいっ!」

「拾った・・・!?」


レシーブを崩しはしたものの、攻撃まで繋がったそれにコートの外にいるにも関わらず焦る。
ノータッチのサービスエースでも可笑しくないようなサーブだったのに・・・!
相手チームのサーブカット力に驚いていると、返ってきたボールを主将が拾ってまた攻撃へと移る。
影山のトスで田中さんがアタックを決めて「ッシャァ!!」と叫べば、ホイッスルが鳴り響いた。


「ナイス田中!大野も、ナイスサーブだ!」

「オス!」

「あっ・・・は、い・・・っ!」


あ、そこは「はい」なんだ。
拾われたんだからまた否定するかもと思ったけど、確かにいちいちそんなことしてたら試合の流れもチームの士気も悪くなってしまう。
大野って思ったよりチームに加わるのが上手いんだな、というのが率直な感想だった。
選手交代が為されたチームは、よくも悪くも空気が変わる。
大野は性格があんなだから本人にその気はなくても少なからず空気を悪くしてしまうんじゃないかとひやひやしていたけれど、その心配はいらなかったみたいだ。
ボールを受け取ってエンドラインまで小走りで向かう背中に、普段のおどおどとした様子は見られない。
そこには一本目を辛くもカットされたという緊張感もなければ、決めなければと気負いきって日向のようになっている様子もない。


「ッサーナイッサーも一本!」

「もう一本決めてけー!!」


主審のホイッスルと、間を空けての「いきます」の声。
さっきと同じように大きく上がったサーブトスを追いかけて、大野が飛び上がる。
今度こそ完璧にセッターに返ってしまうのではないかという不安は―――杞憂に終わった。


「オーラ・・・っ!?くっ!」

「カバーカバー!!」

「チャンスボールだ!つなげるぞ!!」

「オォッ!!」


今度はツッキーに上がったボールは、上手く穴を見つけたツッキーによってまた、相手コートに叩きつけられる。


「ツッキーナイスキー!!」


ホイッスルに負けないように腹から声を出して声援を送ってから、視線をずらしてもう一度。


「大野ナイッサー!!!」

「っ!?」


わかりやすく肩を揺らした大野がこちらを振り返って、目が合うとオロオロと視線を彷徨わせた挙句ペコリと頭を下げられた。
俺は先輩じゃないって!
一本目のドライブサーブに続けて、全く球種の違うフローターサーブ。
その違いに対応し切れなかった青城はまたレシーブを崩して、結果烏野の点になった。


「すごい・・・一気に流れが変わった・・・」

「大野、すごい・・・おっ、おれこのまま最後までここで見てることになるんじゃ・・・!?」

「・・・それは、流石にないと思うけど」


だって、なんだかんだ上げられてはいる。
何かの拍子に上手いこと攻撃につなげられて、それが決まれば・・・大野の舞台は、そこで終わりだ。
だからこそ、大野はサーブ練習に人一倍力を込めるんだろう。


「大野ナイッサーもう一本!!」


すごく短い間隔で鳴っているように感じるホイッスルを聞きながら、また声をだす。


「いきます」


その声も、もう三回目。
青城だって警戒して、さっきよりも体勢が低くなっている。
あと何本続くのか・・・ドキドキしながら見ていると、フワリと軽く上げられたトス。
ジャンプではない。

あれは―――・・・


「っ!!前前っ!!!」


バチッとネットに当たって、今度こそ誰にも触られることなく相手コートにボールが弾む。


「・・・ナイッサァーーーーッ!!!」

「「「オォッ!!!」」」


主将の声に続いて、コートの中で歓声が上がる。
そりゃそうだ。サービスエースは、味方がほとんど何の労力も使わずに1点をもぎ取れるたった一つの機会なのだから。
さっきまではまるで動かなかった烏野の点が、スルスルとめくられていく。
大野のサーブが、続く。


「いきます」


大きく上げられたサーブトス。
大野のサーブは大きく分けて三つで、ジャンプドライブ、ジャンプフローター、そしてネットに当ててセッター間近に落とすコントロール重視のサーブ。
その三つを使い分ければ、一人でどんなチームとだって攻めの姿勢でサーブが打てる―――!!


「ナイスブロック月島!」

「・・・ツッキーナイスッ!」

「ブロック一本!」


・・・一人で、はやっぱりちょっと、拾われる限り無理なんだろうけど。
でも、それでも仲間の後押しになっているのは間違いない。
これが、ピンチサーバーとして本領を発揮した、大野のサーブか・・・!
エンドラインに待機していた大野の元にボールが転がっていき、拾い上げたことを確認して主審がホイッスルを鳴らす。
次はどのサーブを打つのだろう。
期待と興奮を胸に、フローターを打ったから、慣れさせないためにドライブか、それともその裏をかいてまたフローターか、と想像を巡らす。


「いきます」


だから、軽く上げられたサーブトスを見て、思わず「えっ」と声を出してしまった。
だってあれは、ネットに当てて落とすサーブ。
そうとわかっていれば、相手は体重を前に乗せて、拾いにかかる。
そうなれば、攻撃につなげやすくなるのに・・・!!

焦りをよそにバシン!といい音を立てて、大野の手にボールが当たる。
予想通り、前衛は全員が前に一歩踏み出して、後衛もそれに合わせるように前へステップを踏む。
拾われる・・・!と思わず構えた手は、―――そのまま振り上げられ、ガッツポーズへと変わった。


「・・・うおおぉお!」


大野の打ったサーブは、ネットに当たることなく。


「・・・ナイッサァーーーーッ!!!」


後衛の頭上を越えそうになり、咄嗟に出された手に当たって。


「「「オォッ!!!」」」


勢いのまま場外へ弾かれたボールは壁へと当たり、再び大野のサービスエースとなった。


「すごい・・・!!ジャンプサーブを間に挟むことでジャンプしないでネットに当てるサーブを印象づけておいて、それにつられた選手をあざ笑うかのようにコースギリギリを・・・!」

「いや、大野のことだから、あざ笑ってなんかはいないと思いますけど」

「いやーしかしすばらしい策士ですね、大野君は!試合慣れしているというか・・・!」


ベンチから、監督と菅原さんが話しているのが聞こえてくる。
いつも、注文を受けて言われたとおりのコースに打っているイメージしかなかったから、そんな風に思ったことはなかったけど。
もしかして大野って、すごいやつなんじゃないかと、エンドラインからコートを振り返った姿を見つめながら思う。
サーブというたった一つの武器で、たった一人で何点も点を重ねていく大野。
普段のオドオドとした姿からは、想像もできないくらい頼もしく見える。
ボールをクルリと回して位置を確認する、たったそれだけに全てを込める、その姿が。
純粋に―――かっこいいと、思った。


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