菅原先輩は聞き上手


「調子に―――乗るな!」

「うっ!」


大野のサーブ、6本目。
向こうのセッターが崩れたレシーブを何とかカバーして、センターに上がったそれは、崩れたにも関わらず大野を確実に狙っていて。
青城の主将による強烈なアタックが、正直大野に取れるはずもなかった。
ピッ、と、主審の短いホイッスルが響き、ワンタッチのサインが出て右腕が真っ直ぐ伸ばされる。
―――青城の、得点だ。


「ぐわぁあああ!やられちゃったかー!」

「せ、先生。一先ず大野が戻ってきますから、落ち着いて・・・」


ちょっと興奮ぎみな武田先生をどうどうと宥めて、残像が見えそうな勢いで頭を下げる大野と日向の交代を見つめる。
何かをぽそぽそと呟きながら戻ってきた大野と、一度外に出たからかさっきよりは落ち着いた様子でコート内に入っていく日向が同時に見えた。


「大野、ナイッサー!」

「・・・あっ、ぁ、ありがとうございます・・・っ」


声をかけるとはっとしたように顔を上げて、それからがばっと頭を下げる。


「えっ」

「す、すみませんでした・・・!」


そういわれて、あぁ、今のレシーブか、と合点がいく。
けど、向こうの主将のアタックは結構強力で、多分日向や月島でも取れない。
まぁ誰が取れて誰が取れないとかそういうモンじゃないんだけど、とにかく大野がそこまで気負いすることでもないはずだ。
やっぱりこの弱気な性格は何とかしていかないとな〜・・・と思いながらどんな声をかけようか、と考えていると、大野が次の言葉をつむぐほうが早かったみたいだった。


「・・・10点、いかなかた・・・かった、です・・・」


そんで、その内容に今度は言葉が出なくなった。
黙ったままの俺をどうとったのか、大野は焦ったように視線を右へ左へと忙しなく動かす。


「た、確かに、強豪校です、けど・・・っ、い、言い訳、ですし・・・っ」

「ちょ、ちょい待ち!大野、その強豪校相手にサーブだけで10点とる気でいたんか!?」


思わず大野の言葉を遮ってそう問いかける。
だって、普段の大野からしたら有り得ないくらい強気な発言だ。
それに、ピンチサーバーは点を取るだけが目的じゃない。
流れを変えることが目的だったり、コート内の空気を変えることが目的だったり・・・現に、日向は少し落ち着いたように見える。
・・・様子を見る限り、まだ本調子ではなさそうだけど。
自分の足に引っかかってネットに突っ込んだ日向から、そっと目を逸らす。


「で、でも・・・“ピンチサーバーは10点はもぎ取らないと、名乗る資格ない”って・・・」

「誰だよそんなこと吹き込んだ奴!?」


頭を抱えれば、「ぼ、ぼくにバレーを教えてくれた・・・人、です、けど・・・」と尻すぼみに説明する大野。
あぁそうか・・・そういう“恩師”みたいな人を、大野が悪く言うようなことできるわけねぇべ。


「そっかぁ・・・」


でも、その考え方はどうみても偏っていて、でも、その考え方のお陰で大野はサーブに力を入れているのかもしれなくて。
安易に否定するわけにもいかねぇなぁ・・・と思わず遠い目をする。
大野の性格をどうにかしていくのは、思いのほか道のりが遠そうだ。


「あ、あ、の・・・っ」

「・・・ん?どしたべ?」


サーブで一気に点を持っていかれたことで火がついたのか、青城の攻撃が激しさを増す。
それとあわせるように日向のミスもまた目立ってきて、もう一回大野と交代することも考えんとか・・・?と考えながら声を出していたところへ、気弱な声。
貴重な大野からの投げかけに、試合から目を離してくるりと顔を向けた。
やっぱりおどおどと、ちらりと目を見てはすぐそらす、を何度か繰り返して、それでもいつもよりはずっと早く大野が口を開く。
サーブ中はあんなにかっこいいのになぁ。
なんでこう、旭以上にへなちょこなんだか。
「ぼくのサーブが、しょぼかっただけかも、なんですけど」と前置きをして、大野が相手コートに視線を移す。
影山のサーブが綺麗にセッターに返され、狙われた日向のレシーブミスで相手の点になった。


「む、向こうのチーム、強打のサーブに、慣れてます・・・多分」


それは、今まさに影山のジャンプサーブが拾われたことが証拠になる。


「・・・そうみたい、だな・・・。コーチのサーブが上手いんか?」

「・・・えっ、・・・あ、そ、そうです、ね」


そのまま黙り込んでしまった大野に、しまった、と軽く眉を寄せる。
これは何か、大野の言いたかったことを否定する感じになってしまったらしい。
こうなると、大野から言葉を引き出すのはちょっと厄介だ。


「あー・・・、ごめん、何が言いたかった?」

「え・・・っ!?あ、い、いえ・・・きっと菅原先輩のおっしゃるとおりですし・・・」

「でも大野の思ったこととは違ったんだろ?お前はどう思ったんだよ?」

「・・・ぼ、ぼくの考えなんて・・・」

「・・・大野」

「・・・・・・っ」


少し語気を強めて名前を呼べば、ビクリと震えた大野が黙る。
こういうのはあんま好きじゃないけど、こうでもしないと口を割らないだろうしなぁ。
そのままじっと待てば、主審のホイッスルがBGMに聞こえてくる。
大野は言葉を捜すように「え、と」とか「う・・・」とかもぞもぞ言ってるけど、肝心の内容に触れそうな言葉は出てこない。
これは聞き出せないか・・・?とため息をつきかけたところで、大野がぎゅっと拳を握ったのが見えた。


「さ・・・サーブ・・・」


ようやく聞こえたまともな単語に、思わず相槌を打ちそうになるのをぐっと堪える。
なんか、こう・・・大野の中の流れを崩すと、駄目な気がするんだよな。
じっと黙って次の言葉を待てば、ちらりちらりと何度もコートに視線を向けて。


「きっと・・・もっと強い人が、いるとおも、思う、ん、です、けど・・・」

「・・・サーブがか?」

「た、たぶん・・・もしかしたら、かも、なんですけど・・・」


今いないし、レシーブ練習すごいのかもしれないし、と自分の考えを否定し始める大野の言葉は右から左に流して、ふむ、と考える。
大野の考えを否定するのは大野が自分でやったから、それはいいとして。


「さぁ一本切ってくぞ!!」

「オォッ!」

「・・・・・・」


確かに、大野や影山のジャンプドライブサーブにはわりと上手く対応していたのに、フローターには戸惑いがみられた。
もし、大野の予想する“サーブの強烈な選手”がいたとしたら。


「ホグッ!?」


・・・日向の不調を抜きにしても、レシーブ力の低いうちではまずいことになるんじゃないだろうか。
レシーブした角度が悪かったようで、跳ね返ったボールをそのまま顎に食らっている日向を見て、頭が痛くなりそうなのを耐えて「ドンマイドンマイ!一本切ってこー!!」と声を出す。
これは次日向のサーブになったら、また大野がピンチサーバーかな・・・と思ってローテーションを見れば、丁度次得点が入ったら日向のサーブ。
さっき大野に言われた“サーブの強烈な選手”も気になるけど、まずは目の前の仲間のことだ。
日向が来たらなんて声をかけようかと考えながら、運よく青城のタッチネットで動いた点にほっと息をつく。
「さぁ、流れ変えてこー!」と声を出していると、ふと大地の顔がこちらを向いたのが分かった。
大野を呼ぶのかと思ったけど、黙ったままで声をかける様子がない。


「・・・?」


迷っているような様子にこちらも首を傾げれば、少し考えるようにした後得点板を見る大地。
もしかして、と顔色を悪くして俯いている日向に視線を向けると。


「日向!リラックスして一本!決めてけ!!」

「えっ!?あっはいっ!!」


日向に向けて投げられたボールと、追いかけるように掛けられる大地の声。
コートの中が一瞬ざわついて、でも何も言わずに各々ポジションへと散らばっていく。
・・・大地のことだから、色々考えた結果なんだろうけど。
顔色を真っ青にしてエンドラインに立つ日向は、どう贔屓目見たって頼れそうにない。
呼吸止まってないか・・・!?とハラハラしながらその動向を見守れば、ホイッスルに焦ってサーブトスを上げたのがもろ分かりで。
バチコーン!!といい音を立てて影山の後頭部に当たったサーブに、主審のホイッスルが妙に響いて聞こえた。


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