澤村先輩の胃が心配です


「は〜ぁ・・・」


青城との練習試合を思い返しながら、通いなれた坂道をゆっくりと歩く。
皆よくやってくれた。
日向も一度切り替えてからはいい動きをしたし、結果勝ちをもぎ取ったのもあの一年コンビだ。
けど・・・だからこそ、自分のふがいなさに申し訳なくなり、それがため息となって出て行く。
日向にサーブが回ってきて、一度目は迷わず大野を使った。
強豪相手によくあれだけサービスエースが取れたと思ったし、練習ではわからなかった大野の試合慣れと本番に強いところも知ることができた。
問題は・・・二回目だ。
日向にサーブを打たせると決めた瞬間、周りから視線が集まったのを肌で感じた。


『なんで日向を?』


そんな視線に、一言で返せる明確な理由はない。
・・・ただ、このまま日向にサーブをさせないのは、駄目なんじゃないかと思っただけだ。
日向はサーブをミスしたことで緊張から逃れることができたらしいけど、結果オーライだったというしかない。
結局1セット目は取られたけど、2セット目は回復した連携で取り返して。
「大野や影山みたいなサーブを打つ奴がいなくて助かったな」なんて、スガに苦笑しながら零したときだった。


「・・・大野がな。向こうに、もっとサーブ強烈な奴いるんじゃないかって言ってたんだ」

「え・・・」

「・・・それ、大野が言ってたんスか?」

「影山?」


1セット取ったのに、眉間に皺を寄せた難しい顔で会話に入ってきた影山。


「・・・多分・・・ですけど・・・」


まるで大野のように少し自信なさげに続けた影山の言葉は。


「向こうのセッター、正セッターじゃないです」


1セット取ったことに少しは舞い上がっていた俺たちに、衝撃を与えるには十分だった。

その後及川という青城の中核が参戦。
ピンチサーバーとしての・・・及川の圧倒的サーブ力により、俺たちはあっという間に追い詰められた。
何とか勝ったのは、もはや偶然もあっただろう。
マークされた月島は大野に付き合わせて弱点の克服に勤しんでいるようだが、レシーブは一朝一夕で身に付くものでもない。
半泣きになりながら付き合っている大野が及川を含んだ青城相手にどれくらい通用するのかも、結局わからないままだ。
大野を使うタイミングはあれでよかったのか。3セット目、やはり出し惜しみなどせず、早いうちにもっと点差をつけておいたほうが良かったのではないか。
ぐるぐると考えが頭の中を回り出して、もやもやした感じに「あ゛ー・・・」と軽く頭をかく。
これは俺も、ピンチサーバーの使い方を勉強した方がいいのかな・・・


「大地?またなんか考え込んでるんかー?」

「スガ・・・いや、ちょっと自分の不甲斐なさにな・・・」


ひょこっと視界に入ってきた仲間に指摘されて、自分の眉間にシワがよっていたことに気づく。
眉間に手を当てて意識して力を抜くと、「あー・・・」と苦笑混じりに納得した声が上がったのが聞こえた。
続けてポンポンと控えめに肩を叩かれて、下げていた視線をちろりと上げると、声の通りに少し困ったような笑顔が。


「そんな背負い込まんでもいいべ。主将にコーチ、大地はよくやってんよ」

「そうは言ってもなぁ・・・やっぱ俺じゃ、そこまで頭が回らん」

「うーん・・・確かに正コーチの存在は重要だよなぁ・・・」


もうこれ以上否定するのも嘘臭くなると悟ったようで、菅原は小さな声で同意をしめしてくれる。
「だよなぁ」とできるだけ軽く聞こえるように出した声も、我ながら頼りなさげに聞こえた。
なにも言わずに歩調を合わせてくれる菅原は、なんてできた戦友だろう。
春高以来一度も部活に顔を出さなくなったもう一人の戦ゆ・・・いや、へなちょこに、思わず視界が狭まるのを感じた。
不穏な空気を感じ取ったのか、菅原が弱冠肩をびくつかせるのが視界の端に写る。
・・・せっかく話を聞いてくれる気でいるみたいだし、少し付き合ってもらうか。


「正直、エースも守護神も欠いた状態で青城に勝てたのは奇跡みたいなもんだろ。向こうも実質要がいなかったわけだけど。それに加えて、俺に余裕がなかったせいで3セット目、武器を出し損ねた」

「出し損ねた武器って・・・あ、大野のことか?」


うまく汲み取ってくれた様子に、肯定と感謝の意味も込めてこくりとひとつ頷く。


「今回の練習試合でのオーダーが俺たちのベストだとは思わない。仕方ない部分はあったとしても、目の前にあったチャンスを見逃していたのも事実だ」

「・・・上を追求するのはすごいことだと思うけど、あんまり自分を追い詰めすぎんなよ」


今度こそ菅原も眉間にシワを寄せて言われた言葉に、心の中だけでわかってるけど、と返す。
このままじゃいけないことだけは、確かなんだ。
全国、春高の、頂の景色を見るために。
俺たちにはまだ、足りないものが多すぎる。


「・・・悪いな、愚痴に付き合わせて」

「いいって。つか、俺も具体的な解決案が出せるわけでもないしなぁ」


困ったように頭を掻きながら言うが、聞いてくれるだけでも気持ちは少し楽になる。
でもさすがにそこまで言うのは照れ臭くて、誤魔化すようにちょうど目に入った坂之下商店を指差した。


「食うか?」

「だべ」


頷く菅原を引き連れて店に入り、相変わらずタバコ臭いカウンターで「肉まん2つ」と習慣化してしまった注文を口にする。
大して待つこともなく「ほらよ」と差し出された袋を受け取って2つぶんの代金を出せば、後ろから「えっ、」と慌てた声が聞こえた。


「大地、俺払うべ」

「いいって。聞いてくれた礼だよ」

「だから、解決策出したわけでもないのに・・・」


なおも呟く菅原に「ほら、」と肉まんを押し付ければ、渋々ながらも受け取る。
少し考え込んだ様子だったけど、すぐにニカリといい笑顔で「サンキュな、」と礼を言ってくれた。
あぁ、何でこいつ彼女いないんだろ・・・


「でも結局、コーチがいれば解消する問題も結構ある気がするけどな」

「あー・・・バレー初心者の武田先生に、これ以上求めるのも酷だしな・・・」


実際、コネのない状態でよくこれだけ練習試合を組んでくれていると思う。
練習試合なんてものは実際、それなりに親交が深いか、お互いに利益があると思わなければ組めないし、特に最近の呼び名は“堕ちた強豪、飛べない烏”だ。
この不名誉な二つ名だけでも何とかしないと―――



『バラバラだったらなんてことない一人と一人が出会うことで、化学変化を起こす』



「・・・あ、でも武田先生がまたかっこいいこと言ってた」

「え?」


国語科の教師なだけあってか、武田先生の言葉は本人曰くポエミーだけど、上手いなと思う言い回しが多い。
でも練習試合の日、帰り際に言われた言葉は言い回しとは関係なく、頼もしいと思えた。


「“きっとなんとかしてみせる”だってさ」

「!おぉー、じゃあ俺たちもがんばんべ!!」

「そうだな」


ガララッと勢いよく開いたドアに視線を向ければ、「あっ大地さんだ!」「チワス」と問題の一年コンビ。
その後ろからそっとドアを閉めて入ってくる大野を見つけて、「おー、お前らも食うか?」と手に持った肉まんを掲げた。
こいつらの力を、より効率よく、全部使ってやれるコーチを。


「すみません、肉まん3つ追加で」

「・・・おらよっ」

「?」


店員さんがさっきよりも不機嫌になった理由を知るのは、数日後の話。


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