西谷先輩は賑やか


一ヶ月ぶりの第二体育館に足を踏み入れたら、知らない奴がサーブ練をしていた。
だから拾った!
聞いてみると北山第一出身で、前に試合したときサーブすげぇやついたの思い出した。
だから話した!
そんで、旭さんは?って聞いてみたら、まだ帰ってきてないって。
ぐあっと頭に血が上って、「旭さんが戻んないんら俺も戻んねえ!」って啖呵切って体育館を飛び出した。

・・・せっかく、久々の部活だったってのによ。
すっきりしない気持ちで歩き出せば、後ろから「レシーブ教えてください!」とか大声で言われて、振り返るとさっきのチビ。
・・・と、誰だ?


「誰だオマエ?」

「えっ・・・あっ・・・ぼ、ぼくは・・・」

「あっ、コイツは大野圭吾って言って、一年です!」

「う・・・よ、よろしく、お願いします・・・」


自己紹介すらまともにできない、声の小さい男。
それが第一印象だ。
それは、イライラしてる今話すには最悪の相手だった。


「はぁ?はっきりしゃべれよ男だろ!」

「すっ・・・!す・・・っ!」

「“スミマセン”くらいどもらず言え!」


あっさりブチ切れて思わず怒鳴れば、えーっと何つったっけ・・・?大野?の目が思いっきり潤んだ。


「ズビバゼン・・・ッ!!!」

「は!?何で泣くんだ!?」

「あーっ、大野はこういう奴なんです!」


慌ててチビがフォローに入って、「泣くなよ大野〜」と背中を叩く。
「ごっ、ごめ・・・ん・・・」とやっぱり蚊の鳴くような声で謝ってるのが聞こえて、何なんだコイツ、っていうのが第二印象だ。


「・・・で、お前ら何の用だよ」

「あっ!レシーブ教えてください!ニシヤさん、リベロですよね!?守備専門の・・・」

「ニシノヤだ。何で俺がリベロだって思う?・・・ちっちぇえからか?」


バレーで身長が小さいってことは、それだけで舐められる。
こいつらも同じか、とねめつけたのに、二人して同じ方向に首かしげやがった。


「えっ?いや、レシーブが上手いから・・・」

「・・・・・・」


コクリ、とこちらの顔色を伺いつつも控えめに頷く大野。
その目はどうしてそんなことを聞くのか、と語っていて、成程、こいつは口より目でしゃべるタイプか、と納得した。
そんな風に観察していれば、チビのほうが「だって、」と言葉を繋げる。


「リベロは小さいからやるポジションじゃなくて、レシーブが上手いからやれるポジションでしょ?」

「っ!?ひ、日向・・・け、敬語・・・」

「あっ!ですよねっ?」


大野にちょいちょいと腕をつつかれて慌てて言い直すチビ。
敬語がどうとかより、その内容に少し驚いて・・・少し、嬉しくなった。


「・・・お前・・・よくわかってんじゃねーか」


バレーは繋いでなんぼ、拾ってなんぼのスポーツだ。
ボールが床に落ちなければ負けない。攻撃ができなくても、たとえ何度壁に跳ね返されようとも。
レシーブを繋げば、繋いでさえいれば。
空中で戦う皆の背中は、俺が守ってやれるんだ。


「あと主将が“守護神”って言ってたし!」


そんな考えに被せるようにチビが言った言葉で、一気に気分が上昇するのを感じた。
守護神!?なんだそのカッコいい呼び名!二つ名みてーな?大地さん、ほんとに俺のことそんなふうに思ってくれてるのか!?


「・・・ホントに言ってた?」


こっくりと頷く二つの頭に、恥ずかしいのと嬉しいのとが混ざってどんな顔をしたらいいのか分からない。
照れ隠しにしかめっ面をすれば、「おれ・・・まだレシーブへたくそで・・・」とチビが悔しそうに呟くのが聞こえた。


「バレーボールで一番大事なトコなのに・・・っだからレシーブ、教えてください!西―――・・・西谷先輩!」


“先輩”


「―――っ!!!」


先輩。先輩。先輩!!

俺は、こいつの、先輩!!


「・・・・・・お前・・・練習の後で・・・ガリガリ君奢ってやる・・・」

「えっ!?」

「“先輩”だからな!!でも部活に戻るわけじゃないからな!お前に教えてやるだけだからな!!」

「あっアザース!!」

「そんで、お前は!」

「はっひ!?」


微笑ましそうにチビの様子を見守っていた大野のほうにも声をかけると、力の抜けていた肩が思い切りビクリと緊張したのがわかった。
チビは付き添いが必要なタイプじゃねぇし、むしろ大野の方が誰かに一緒に来てもらわねえと話せないタイプに見える。
チビの話はキリがついたし、大野も何か話があってきたのだと思って声をかけたんだが。


「お前もレシーブ下手なのか?」

「あ・・・れ、レシーブも下手・・・なん、です、けど・・・」

「?なんだ、違うのか?」


さっきよりも落ち着いた気分で大野が話すのを待てば、もじもじと女子みたいに服の裾をいじってからチラリとこっちを見た。
・・・こいつ男だよな?


「さ、」

「さ?」

「・・・さ、サーブカットを、して、みて、もらえないで、しょう、か・・・っ」

「は?サーブカット?」


てことはあれか?大野の打ったサーブを俺が拾うってことか?
サーブ練習のとき、俺はいつも守備範囲にきたボールは拾うようにしてるが・・・
一対一でサーブカット、といわれてぱっと思い浮かんだのが、広い一面の真ん中にぽつんと佇む俺。
そんでコーナーギリギリ狙われたら、さすがに取れねえぞ?と首をかしげた。


「さっきの・・・!か、影山君、みたいに・・・コースは、決めもぁす・・・ます、ので・・・」


影山?とまた首を傾げようとして、あぁさっきのすげえサーブ打ったやつか!と当てはめる。
そんで、そいつと同じようにサーブカットをしてくれ、と。


「なんだお前、サーブ得意なのか?」

「えっあっそのっ」

「大野はピンチサーバーなんですっ!」

「ひ、日向・・・っ」


おろおろとチビを止めようとしてんのかしてねえのかわかんねえ動きをする大野の手。
俺よりもずっと大きいその手は、影山よりも強烈なサーブをよこしてくれるのか。
久しく強烈なサーブを受けていない身体が、あの一本じゃ足りない、とうずき出す。
強いサーブを受けたい。思い通りに放物線を描く、サーブカットがしたい。
ニヤリと口が弧を描いていくのがわかって、あぁ、やっぱりバレーが好きだと再確認した。


「へーっならサーブには自信ありってやつか?面白え!きれーにセッター頭上に返してやるよ!!」

「あ・・・う・・・お、お手柔らかに・・・」


まだ若干涙目な大野の肩を叩いて、「よろしくな!」と声をかける。
こりゃ練習後にはチビと大野、二本分ガリガリ君奢ってやらねえとな!


=〇=〇=〇=〇=〇=
prev/back/next