庶民だって意地がある


結局あのあと上げたは上げたけど全然セッターに返らなかったから、って理由で大野は坂之下商店に連行されていった。


「そっ、そんなつもりじゃ・・・!じ、自分でだしっだします、から・・・!」


とか抵抗はしていたけど、あの様子じゃ押し切られて終わりだろう。
・・・大野のとろさで、ガリガリ君が全部食べ切れるとは思わないけどね。
絶対途中で落としそう。
その様子を想像してぷっと吹き出せば、隣を歩く山口に「ツッキー機嫌いいね!」と目ざとく指摘される。
わかりやすく感情を表に出してしまったことと、それをいちいち指摘してくる山口にいらっとして「は?」とがんを飛ばしても、「ごめんツッキー!」の一言でそれも流れて終わりだ。
これまでに何度となく繰り返された不毛なやり取りにため息をついて、置いて行ってやろうと足をサカサカと動かす。
後ろから「待ってよツッキー!」とか聞こえてくるけど、どうせ走ってでもついてくるんでしょ?
なら待ってやる必要ないよね、と足を動かし続ければ・・・あっという間に坂之下商店までたどり着いてしまった。
後ろを振り返ってみても山口の姿はなくて。


「・・・・・・」


別に、ついてきてほしいなんて欠片も思ってないけど。
思わず振り返ってしまった自分に舌打ちをして、普段ならスルーする商店の自販機のラインナップを眺める。
別に、待つためとかじゃないし。ちょっと喉かわいたから、いいのあったら買おうかなって思ってるだけだし。
鞄の中にある飲みかけのポカリなんて、ぬるくなってておいしくないから。
一体何に言い訳してるの、って自分で嘲笑いたくなるくらい、スルスルと動く思考に眉間にしわをよせた。
すると、ガラリと商店の引き戸が開いて。


「っ・・・?つ、月島、く・・・!?ご、ごめん・・・!」

「・・・は?何に謝ってるわけ?」


最初のびっくりは人がいるとは思わなかったってやつだろうけど、二回目のびっくりは違う。
謝罪までついてきたそれに何、と眉間に力が入って・・・自分が眉間にしわを寄せていたことを思い出した。
・・・ほんと、めんどくさいやつ。


「はぁ・・・別に怒ってないよ」

「で、でも・・・」

「それより、早く食べないと落ちるよ?それ」

「あ・・・っ」


右手にあるなし味のガリガリ君を指させば、慌ててかぶりついて、そのまま左手に持っていた包装紙をゴミ箱に捨てにいく。
そのまま中に戻るのかと思えば、そこから動かず一生懸命アイスにかじりつく大野。
その必死な表情に、あ、やっぱり苦手なんだ。と自分の予想が当たったことを感じた。
それから、この場には僕と大野しかいないっていう状況に気づいて。


「・・・ねぇ、あのさ」

「っ・・・!?」

「・・・食べながらでいいから」


慌ててアイスから顔を上げる大野にそう言いながら、自分も財布を取り出す。
自販機に小銭を入れながら言葉を探せば、大野もアイスにかじりつくのを再開した。
シャクリ、という涼しげな音を感じて、恰好だけ飲み物のラインナップに視線を滑らせる。
・・・ほとんど頭に入ってこない。


「・・・さっき、あの小さい先輩とサービスカットの練習してたみたいだけど」


シャ、と大野がアイスに歯だけ立てた音が聞こえて、こちらを見ているだろうってことが容易に想像できて。
できるだけ自然に見えるようにボタンを適当に押して、ゴトンと落ちたそれを取り出した。
そこまでしてようやく、大野の方から小さくシャク、と音がする。
耳に全神経が集中してるみたいだ、と神経の身勝手さを忌々しく感じた。


「・・・今度の休み、空いてる?」

「ん゛っ・・・」

「・・・サービスカットの練習に付き合ってあげるから、・・・ちょっと付き合ってくれる」


我ながら、ため息が出るくらい上から目線の頼み方だ。
まるで練習したいのは大野だと言わんばかりの言い方に、自分のひねくれ具合がちょっと嫌になる。
これはさすがに、と付け加えて言い直した言葉は大野が感じ取れるくらいには不機嫌さがにじんでいたし。
ついでに手に取った缶がコーヒーとくれば、また眉間に皺も寄る。
あんまり好きじゃないのに・・・なんでこれ押したの?僕。


「っ・・・れ、練習付き合ってくれるの・・・!?」


だから、大野の珍しい嬉しそうな声が耳に入って、思わず顔を上げたときの表情は・・・取り繕いようもなく、驚いていたんだと思う。
負けず劣らずで大野も珍しく嬉しそうな顔をしていたけれど、それは僕の表情を見た瞬間に泣きそうなそれに変わる。


「あっ・・・ご、ごめ・・・は、はやとちり、だったかなぁ・・・?」

「・・・いや、別に・・・その通りなんじゃないの」


言葉を額面通りに受け取って、なお喜ぶ大野に、そういえばこいつ卑屈だっけ、と改めて納得する。
もしかしてさっきの言い方が普段大野が頭の中で受け取ってる言い方なのか。
それってどうなの、と言いかける自分の口をぐっと閉じて、次に言う言葉を整えてからもう一度口を開く。


「・・・じゃあ、また詳しいことは連絡するから・・・アドレス教えてよ」

「・・・!あっ、はいっ・・・!!」


あんまり大野が嬉しそうに返事をするものだから、僕も、うっかりしていた。
いや、そんなこと僕が気にすることじゃないんだろうけど、なんていうか、ちょっと・・・
携帯を取り出そうとしたんだろう。肩にかけていた鞄を体の前に回して、チャックに手をかける大野。
すっかり存在を忘れられて、半分溶けかけていたアイスに・・・これ以上棒にへばりつく力はなくなっていた。
鞄がぶつかった衝撃で腕がぶれ、アイス自体が錘となって横を向くアイスの棒。
とけてもろくなったアイスはそのままずるりと滑り・・・


「「あ。」」


べちゃ、とむなしい音を立てて道に落ちたアイスは、みるみる間に溶けて地面に黒い染みをつくっていった。


「あ、ああぁ・・・」


残念そうな声を出す大野は、それでもそこまでショックを受けた様子もなく、目は落ちたアイスに向いているのに手は鞄の中で携帯を探している。
それだけでもちょっと笑える光景なのに、携帯を探り当てた大野が両手で携帯を操作して、少しするとパッと顔を上げた。


「赤外線にする?僕のメアド、短めだから、もしよければ打ち込むけど・・・」

「・・・ぷふっ」

「えっ」

「あっはっはっは!君さぁ、絶対アイス落としなれてるよね?」


そうでなきゃこの大野がこれだけ落ち着いていられるはずがない。
そう思って問えば、「えっ・・・が、ガリガリ君はよく落とす、けど・・・」と顔色を伺いながら白状する大野。
これからあの小さい先輩に気に入られたらしい大野がガリガリ君をおごられる回数と、大野が落とすガリガリ君の量を考えて、外だというのに腹を抱えて笑いそうになってしまった。
そんなことをしたら受けるであろう白い視線のことを考えて自重しても、大野の顔を見れば吹き出しそうになる。
何か、とほかのことを考えようとして、大野が握りしめている携帯が目に入った。
・・・あ。そういえばアドレス交換しようとしんだっけ。
気持ちを落ち着かせながら自分も携帯を取り出し、赤外線を起動させる。
「受信にするから、そっちから送信して」と言えば、戸惑いながらも頷いて送受信を終わらせた。


「じゃあ、また近くなったら連絡入れるから」

「・・・!うん・・・っ!」

「ツッキー!!」

「・・・あと、このことはほかの面子には秘密ね。面倒だから」


後ろから響き渡ってきた自分のあだ名に、さっきまでの笑いだしそうな気分はどこへやら、な状態で目が据わる。
正面からそれを受けてしまった大野がコクコクと小刻みに何回も首を振るのを見て、話は終わったし、と後ろを振り向いた。
案の定坂を走り下りてくる山口は何故か鞄を大事そうに抱えていて、鞄が壊れでもしてたのか、と予想する。


「はぁ〜、おまたせツッキー・・・」

「別に待ってないけど。・・・じゃあ、またね大野」


案の定もともとチャックが壊れてたのに加えて持ち手の部分も千切れてて、もしかして中身ぶちまけてたのかな。
中学のときからぼろぼろだぼろぼろだって文句言ってたから、買い替えたらって言ってあげてたのに。


「あ、・・・うん、また・・・!」


歩き出せば後ろから追いかけてくる少し弾んだ声に、こちらも口角が上がるのを感じてぐっと口を引き締める。
また山口に「いいことあった?」とか聞かれるのとか、ごめんだしね。


「ツッキー、大野と何かいいことあった?」

「・・・なんでお前そういうのだけ目端効くの?」

「だって最近ツッキー、大野に何か頼もうとして上手くいってないみたいだったから!ちょうど二人で話してたし、うまくいったのかな・・・って冷た!?え、コーヒー?」

「うるさいよ山口。それ飲んで静かにしてて?」

「えっもらっていいの!?ありがと!」


とにかく黙らせなければ、と丁度手に持ったままだった缶コーヒーを顔に押し当てれば、嬉しそうにカシリとプルタブを上げる山口。
そのままごくりと飲み込む仕草に、何でそんな苦いものがおいしいんだか、と苦いものを見る目でなんとなく見つめた。
二口、三口と飲んで満足したのか、ぷはー!と満足そうに息を吐き出す。
そしてそのまま差し出された缶に、訳がわからず首をかしげた。


「はい!」

「・・・ちょっと、何?」

「え?ツッキー飲まないの?」

「いらないよ。コーヒー苦手だし、ポカリあるしね」

「え?じゃあ何で買ったの?」

「・・・間違えただけだよ。何?僕が何買うかいちいちお伺いたてなきゃいけないの?」

「そんなことないよ!ありがと、ツッキー!」


間違えただけだって言ってるのに、鼻歌でも歌いそうな勢いでごくごくとコーヒーを飲み干す山口。
その嬉しそうな表情に、さっきの大野の表情が被って。
・・・ほんと、この二人って違う意味で、

・・・やりにくい。


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