影山君は・・・素直


「GW最終日!音駒高校と練習試合が組めました!」


武田先生が誇らしげに伝えてくれた日から、事態はどんどん変化していった。
はじめは日向がエース見たいって言い出して、それに付いていく形で“旭さん”を見に行って。
そしたら菅原さんが、精神的なやつでバレーが嫌いになったかもしんねぇって。
でも、バレーを嫌いになるなんて・・・、一度楽しさを知ってしまえばもう逃げられないのにな。
そう日向にこぼしたら、「だよな!」と飛び上がっていて、ほら、と誰にともなく確認する。
やっぱりそうだよな、って改めて感じたその日の放課後。
転機はやっぱり、武田先生の言葉からだった。


「今日からコーチをお願いする、烏飼君です!」


聞こえた“烏飼”の名前にバッと振り返れば、坂ノ下商店の店員がそこにいた。
俺の記憶違いか?と首をかしげたけれど、田中先輩も「坂ノ下の兄ちゃんだよな?」と戸惑っているし、間違いじゃなさそうだ。
けれど武田先生が「彼は君達の先輩で、あの烏飼監督のお孫さんです!」と山口が月島のことを褒める時みたいに言うから、驚くもの反面、やっぱりちょっと期待した。
元々復帰するって聞いてた烏飼監督を目当てにして進学した身としては、ようやくコーチに巡り合えたっていう興奮もあったと思う。
でもそんな興奮、皆がざわつく中おずおずと進み出た大野が視界に入った瞬間、どっかへ消えちまった。
あいつが、自分から他人に歩み寄った、だと・・・!?


「こ、こんにちは・・・」


しかも自分からあいさつした!!


「お、圭吾じゃねーか。ここにいることは知ってたが、まさかこんなことになるとはなぁ」

「ど、どうぞよろしくお願いします・・・」


そのときの体育館のざわつきは、烏飼監督のお孫さんが体育館に入って来た時の比じゃなかったと思う。


「大野が自分から挨拶にいったぞ・・・!?」

「しかもなんか普段より自然に話してないか・・・!?」

「どもってるのに自然って・・・」

「おい大野!烏飼監督のお孫さんと知り合いなのか!?」

「ひぇっ!?ううう烏飼さんとは、れっ練習試合で何度かお会いして・・・ぇ!!」


俺の勢いが大野には大ダメージだったみたいで、あとはもう「ごめんなさいごめんなさい一人先に挨拶しちゃってごめんなさい・・・!!!」と謝るだけで話にならなかった。
でも、一応知りたいことは知れた、気がする。


「烏飼さんと、練習試合・・・!?」

「おう。俺のもってる烏野町内会チームと、こいつの所属しているチームでたまに練習試合すんだよ」

「「「はぁっ!?」」」」


もう何に驚けばいいのかわからない。
今入った情報が頭の中でぐるぐると回り続けて、何から聞けばいいのかわからず言葉が空回りする。


「あっ・・・ぉまっ・・・!チー・・・っ!?」

「ああぁあちゅ・・・っ、ちゅーがくまで!部活なかたっから・・・!」


最近はあんまり行ってない!と言い訳のように首と手を振り続ける大野に、そこじゃねぇ!と怒鳴りたくなる。
なんで今行ってたらだめみたいなことになってんだよ!!


「へーっ!じゃあ大野中学まで社会人チームに混ざって練習してたのか!?」

「はひぃっ!?お、おいちゃんについてってた、だけで・・・!!ししし試合もサぁブだけでぇ・・・っ!!!」

「おーだからあんなに試合慣れしてたんだな!社会人チームで一緒に試合するとかすげーじゃねーか!!」

「っ・・・!っ・・・!!」


言葉をつなげられない俺に代わるように、西谷先輩や田中先輩が近づいてきて、きらっきらした目で楽しそうに大野を問い詰める。
大野が普段からどう見ても距離を置いてる元気組が目の前に迫って、大野の目に涙がたまってきているのが横から見るとよくわかった。
あ、やばい。泣くか?
入部当初は結構な頻度でガチ泣きしていた大野も、最近はだいぶ慣れてきたのか涙をこぼすことは少なくなってきてたんだけどな。
瞬きひとつしたら零れ落ちそうなそれにちょっとどうしたらいいかわからなくなって、ギシリと固まる。
先輩たちは気づいてないみたいだし、これは・・・
パン、と突然響いた音に、考えたことも吹き飛んで弾かれたように音源を振り向いた。


「おら、圭吾いじんのもそのくらいにしてやれー」

「いじるって・・・」

「こっちも町内会チームを呼んである。6時半から試合だ!何人集まれるかわからんが、それまでにアップきっちりやっとけ!」

「お、オス!」


主将が突然言われた言葉に驚きながらも返事をして、普段の練習から試合前のアップに移行するよう指示を出す。
言われた通りアップのポジションについて・・・


「?影山ー?どうした?」

「・・・日向、今日ちょっと別の奴と組め」

「えっ?あ、おい!」


普段組んでる日向に断りを入れて、いつも二年の先輩とペアを組む大野を探す。
案の定縁之下先輩のところにそろりそろりと近づいて行ってる大野を見つけて、「オイ、」と声をかけた。


「はひぃ!?・・・っあ、か、影山君・・・!?」

「アップ。組むぞ」


さっき大野が言った“おいちゃん”ってのが気になる。
戸惑う大野はいつものことだから気にせずに、さっさと開いている位置でマンツーマンを始めた。
相変わらずレシーブは日向にちょっと毛が生えたくらいで、強打は全然。
でもフェイントの見極めは早くて、反応も早い。
トスは正確で、まぁまぁ打ちやすい・・・地味にセッターとしての力もある大野の“師匠”ってやつが誰なのか。
あの人が社会人チームに参加してたなんて話聞いたことないけど、でもやりかねないし。


「・・・なぁ」

「っ?な、なに・・・?」


打って、拾って、上げて、を何度か繰り返して頭の中が整理されてきたころに、声を出してみる。
ふわりと上がったレシーブを大野が危なげなくトスするのを見ながら、次の言葉を口に出してみた。


「その“おいちゃん”って人、どこ中だった?」

「えっ・・・!?・・・ちゅ、中学は・・・聞いたこと、ない・・・」


言い終わると同時にアタックを打てば、正面で受けた大野のレシーブが少し大きめに上がる。
軽くバックステップを踏んで落下地点に入った。


「・・・?じゃあ、今通ってるとこは」

「・・・?は、はっきりとは思い出せないけど・・・なんとかドックスっていうとこ・・・」

「???」


あの人青城以外にもチーム入ってるってことか?
やべぇな・・・そんなことできるって、どれだけセッターとしての実力もってんだ・・・?
今度は大野からのアタックを受けて、いい感じに大野の頭上に返ったボールを見ながら軽く首をかしげた。
・・・でも、ちょっと待てよ。俺、中学のときは結構ずっとあの人について回ってたけど、大野の姿なんてまるで見てねぇぞ?
影の薄いやつではあるけど・・・教わってたりしたら、さすがに目につくだろうし。


「いつ、練習してたんだ?」

「が、学校終わってから・・・とか、おいちゃんが休みの日、とか・・・」


トスを上げながらの大野の言葉に、ぬん!と思わず気合いが入る。
やっぱり休みなんか取らずに練習するのか・・・!
いや、でも俺だって休みなしで練習すれば・・・!!


「たった数年の経験差、すぐ追いついて・・・みせる!」

「・・・っ!?」

「あ」


思わず力のこもったアタックをうてば、大野には拾えないレベルになっていたらしくレシーブされたボールは大きく右へそれて飛んでいく。
「ご、ごめん・・・!」と大野がボールを拾いに行くのを目で追いかけつつ、もっと、もっと・・・!とやる気がみなぎっていくのを感じた。
日向のように怒鳴るわけにもいかない大野が帰ってくるのをじっと待って、「次、一本」と厳しくならないように、ならないようにと自分に言い聞かせながら声をかける。
「う、うん・・・ごめん」と申し訳なさそうに眉を下げながら山なりのボールを投げた大野に、再びトスを上げた。
しばらく軽い声出しをしながらラリーを続けて、主将の「集合!」の声にボールを受け止めて声の下へ走る。
途中、大野が隣に並んで「あ、あの、さ・・・」と迷うように視線を反らしながら声をかけてきた。
珍しい光景に足は止めないままで顔をそちらに向ければ、「え・・・と、」とやはり言いよどむ大野。
「なんだよ?」と少し急かせば、意を決したのか眉尻を下げながらも見上げてきた大野と目が合った。


「おいちゃんは確か、もう20年近くバレーやってるって聞い、たけど・・・」


その言葉が終わるのと同時に集合場所につき、それ以上大野と話を続けることもできずコーチの話を聞く。
試合に関することだったからしっかり頭には入ったけど、頭の中の大半は大野のさっきの言葉が占領していた。


「及川さん・・・留年してたのか・・・?」


自分の先輩に、年齢詐称疑惑がかかった瞬間だった。


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