縁下先輩はコーチと同じ目線で


烏野町内会チームの人たちがやってきて、練習試合をすることになった。
抜けていたメンバーも戻ってきて、変則的だけどレギュラーが全員コートに立っているという事実に少し興奮するのを抑えられそうにない。
久しぶりのメンバー。久しぶりの試合。腹の上の方がきゅっとなって、口角があがりそうになるこの感じ。
・・・一度逃げ出しておいてこんなこと言うのもおこがましいのかもしれないけど、やっぱり、バレーが好きだと実感する瞬間だ。


「おちつけ日向!」

「だって試合だぞ!?しかも・・・エースと!」

「わかったから試合前に無駄な体力使うんじゃねぇよ!」


・・・俺なんかよりもっと興奮してるやつがいるから、ちょっと冷静になれたけどな。
スターティングオーダーが決まって、俺のサーブを皮切りに試合が始まる。
しょっぱなから町内会チームに速攻を決められて、嬉しそうな主将の菅さん自慢を聞いて。
途中すったもんだあったけど、基本的には一年生の変人コンビと旭さんとの点取り合戦だった。
そして、ローテーションが回って、二回目の俺のサーブ。
次は何本か打てるといいなぁ、と考えながら転がってくるボールを拾い上げた。
・・・ら、烏養コーチに「サーブのやつ!」と声を掛けられた。
自分のことか、と顔を上げれば、来い来いと手招きをするコーチ。
その横に泣きそうな顔で控えている大野を見て、なんとなく察しをつけて駆け寄った。


「はい?」

「悪いな、圭吾と代わってもらえるか」

「・・・はい」


できるだけ、声のトーンが低くならないように意識して返事をする。
じゃないと既に涙を浮かべている大野が泣き出して、慰めるのが大変になるし。
「よろしくな、」と落ち着いた声を意識して出せば、「・・・っはい・・・っ」と涙を堪えながらボールを受け取ってくれた。
うーん・・・大野とは二年の中では仲がいいほうな自信あるんだけどなぁ・・・
最近はペアを組むとき、自分から声をかけてきてくれるようになったし。
ちょっと小動物を手なずけた気分で、嬉しかったんだけど。
それでも烏養コーチとのやり取りを見ると、まだまだ怯えられてるんだなぁと実感してしまった。
エンドラインに立った大野が「いきます」と声を出してサーブを打つ。
烏野町内会チームと練習試合もしたことがあるって話だったし、実力は知られていたんだろう。
前衛にいる東峰さんに向けて放たれたボールは、ネットに当たってぽろりと落ちた。


「うぉっ!?」


ギリギリで反応したけど崩れたレシーブは、エースの体勢が悪いことも相俟ってまともな攻撃には繋がらない。
相変わらず、地味に効く攻撃だ。
綺麗にセッターに返ったレシーブは、影山のトスと日向のスパイクで点へと繋がる。
見ているだけで興奮してくる一連の流れを「相変わらずすごいなぁ」と眺めて、コーチが大野に声をかけたのが聞こえて一歩足を踏み出した。
・・・すぐに、大野と交代するんだと思ったんだ。


「圭吾、お前なんで後衛にいるんだ?」

「えっ・・・!?」


けれど、コートの中で留まらせた大野にコーチが言った言葉は、そんなことで。
慌てて後ろを振り返ろうとして、でも途中で思いとどまったのか人形のようにまたこちらを向く大野。
腹の前で組んだ手が右手、左手と組み変わって、大野の緊張を如実に表していた。


「あ・・・ぼ、僕よりずっと上手い、セッターさんがたくさんいるので・・・!」

「・・・ふーん。・・・わぁったよ。もうちょっと入ってろ」

「は、はぃ・・・」


チラ、とこちらを見てきた大野にはへらりと笑いを返して、頭を下げてまたサーブに向かった大野の背中を見送る。
・・・そういえばまだサーブ終わってなかったから、俺が代わるのも変な話だったんだな。
自分がコートに立ちたいばっかりに早とちりしていたことに気付いて、誰も見ていないのをいいことに勝手に笑い始める顔を緩めたままにする。
でもそれも、サーブが打たれればすぐに引き締まった。
今度はジャンプフローターサーブ。今度はポジションを替えようとする菅さんを狙っていて、守備の“穴”を感じるのには十分だった。
やっぱり大野が入ると一気に点が入るな、と尊敬しながら見ていた五本目。
乱れたレシーブを菅さんが上手くフォローして、東峰さんのアタックが大野に向かう。


「ん゛っぐ・・・!」


正面で受けたにも関わらず・・・盛大にホームランをかました大野は、残像が見えそうな勢いで周りに頭を下げる。
これで大野のサーブが終わった。
・・・大量得点するのもだけど、途切れさせるのも大野なんだよなぁ。
苦笑しながら、でもこれでようやく俺もコートに立てるな、と、足先に力を込めた。のに。
大野だって、戻ってこようか迷うように、こっちに視線を向けたのに。


「・・・・・・」


烏養コーチは何も言わなくて、そのままボールが町内会チームに転がっていく。
戸惑いながらもボールを受ける構えをする大野が、やけに新鮮に見えた。
ピッとホイッスルが鳴って、町内会チームのサーブが飛んでくる。
それを大野がなんとか上げて、影山がトスを上げれば日向が打って。
ローテが回って主将のサーブになったのに、大野は帰ってこなかった。


「・・・・・・」

「・・・身内びいきか、って感じか?」

「えぇっ!?い、いや、そんなことは・・・!」


ちら、と気付かれないように見ただけだったのに、視線に気付かれた上にそんなことを言われて、焦ってコートに視線を戻す。
言い訳のように口をついて出た言葉を自分で振り返って、ぐ、と下唇に力を込めた。


「・・・少し」


言ってしまってから少しドキドキして、またチラリとコーチの顔色を伺う。
コーチも俺を見ていたようで、かちあった視線に思わず目を逸らした。
やり場を探すようにうろついた視線は、コートの中にいる大野を見つけるとそこで固定される。


「大野は、レシーブも苦手ですし・・・」


町内会の方のアタックを、また正面で拾えたのにセッターの真上には上がらないレシーブしかできない大野に、・・・俺なら拾えたかも、という思いが脳裏をよぎる。
きっと今、大野が俺の表情見たらざっと距離をとるんだろうなぁ。
そんな風に考えて少し自分を落ち着かせてから、冷静に自分がどうしてこんなもやもやした気持ちを抱えているのかを考えてみる。
自分の気持ちなのに、整理をつけないとわからないってのは情けないと思うけど。
・・・ピンチサーブだけで、すぐまた戻れると思っていたのも、あるかもしれない。
大野がそのままコートの中に残っていて、自分がベンチにいることに・・・納得がいかないと思ったところも、あった。
大野が突出しているのはサーブだけで、他の能力は俺と大して変わらない・・・と、思う。
もちろん、メンバー全員の能力とか、チームの雰囲気とかも見ているのだろうけど。

下げられたことが悔しい、と。

その一言を言う資格が自分にはない気がして、やっぱりもやもやした感情だけが燻る。


「まぁ、後衛にいるうちは使えないだろうな」


けど、烏養コーチがそう続けられて、思わぬ言葉に「え?」と声が出た。


「あいつは強打にめっぽう弱いだろ。だから前にやるんだ」

「・・・大野を守るってことですか?」

「まぁそれもあるが・・・あいつはコートの中でも上手く使えば結構面倒なんだぜ?」


「おっと、今は味方だから心強いだな」と笑う烏養コーチに、再び大野に目を向ける。
またローテが一つ回って、後衛左側にいる大野は前に出ようとしているようには見えない。
主将がカバーしきれない範囲をとにかく上に上げる、みたいな感じだ。
どう見ても敵チームにいて厄介な存在には見えない、けど。


「じゃあその・・・社会人チームに入ってたときみたいにプレーしろって、指示したりはしないんですか?」

「無理だろうな」

「・・・?」


あっさり切られたそれに、思わず眉をハの字にさせる。
その表情がおかしかったのか、コーチは軽く笑うと大野を顎でしゃくってみせた。


「お前、あいつの性格一言で表すとなんだと思う?」

「・・・・・・・・・引っ込み思案、ですかね」

「ははっ!随分オブラートに言ったな。まぁ要は、自分からガツガツ行く前に、周りの顔色を伺うわけだ」


それは、よくわかる。
大野は基本的に皆の動きを見てから自分も合わせるタイプで、“自分だけ”というのを極力避けているようにも見えた。


「前のチームじゃあいつがその役割だったからな。圭吾が行かなきゃ即失点だ」


即失点、と言われて、なんとなく大野が不憫に思えた。
だって、唯一の武器であるサーブも、失敗すれば即失点だ。
そんながけっぷちの状態でいつも戦ってるのだとしたら、そりゃ自分のミス=大迷惑っていう方程式ができても可笑しくないんだろう。
この前の3対3で出た田中の名言が心に残ってる身としては、それは可哀相だな、というのが正直な感想だった。


「そんで、今のチーム。まだあんまり馴染めてないみたいだな」


「まぁまだ5月だし、無理もねぇが」、とフォローしてくれたけど、馴染めていないという事実が地味にぐさりとくる。
確かに出会ってから一月しかたっていない。けど、その間毎日のように顔を合わせてるのに、って。
そうかー・・・、まだ馴染めてないのかー・・・とつきそうになるため息を堪えていると、「だからなぁ」とコーチの方がため息をついた。


「アイツはプレー中、絶対遠慮する。自分が取るより他のやつが取ったほうが、ってな」


「声でねぇしなぁあいつ」と諦めたようにまたため息をつく烏養コーチは、もしかしたら俺たちよりずっと大野のことをよく知っているのかもしれない。
けど、大野のことを烏養コーチに聞くのは、どこか負けを認める気がして。


「ま、そんなことになるくらいなら使わねぇよ。とりあえずはまだ、な」


ローテが回って前衛に入った大野を見て、「次戻すからな」と言ったコーチに少し身を締めて「はい」と返事をする。
このチームに入ってまだ前衛で動いたことのない大野は案の定どう動けばいいか戸惑っているようで、動きに切れがない。
・・・確かに、これじゃ使えるとは言いがたいな。
コーチが大野を使えるようになるために・・・、絶対もっと大野と打ち解けてやる。
静かな決意は誰にも聞かれることなく、ピーッというホイッスルに合わせてサイドラインに足を向けた。


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