澤村先輩は皆を纏める


町内会チームとの練習試合を終えて、GW合宿まで残り一週間。
練習を終えた帰り道に坂ノ下商店の肉まんを食べていると・・・縁下が大野に一歩近づいたのが見えた。


「大野、お疲れさま」

「あっ、え、縁下先輩・・・っ!お、お疲れ様、です・・・っき、今日・・・!レシーブミス、多くて、すみませんっ、でした・・・!」

「えっ?あ、いや、そんなこと全然ないんだけど!」


割といつも通りな会話が聞こえてきて、その内容に思わず苦笑した。
最近、大野についてわかってきたことがある。
大野は、馴染んだやつほど明確な理由を添えて謝ることが多い。
西谷や田中には無条件に謝ってるしな・・・
あそこの二人はよくペアも組むから、きっと相性もいいんだろうとそれ以上特に気にせずスガの話に相槌を打ったのだけど。


「・・・ねぇ、大野って社会人チームにいたとき、前衛でやってたんでしょ?」


縁下が発した質問に、思わず肉まんを食べようと大口を開けたままでそちらを振り返ってしまった。
大野も似たような表情で縁下を見ていて、反面教師で慌てて自分の表情を整える。
少しの間ぽかんと口を開けていた大野は、はっと意識が戻ると真顔でぶんぶんと首を横に振り始めた。


「え・・・っ!?あ、や、れ、レシーブ下手で・・・、ま、守られてた、んです・・・!」

「コーチは違う感じに言ってたけどな」

「そそそそんなことは・・・!ぜ、全然・・・!!」


珍しく押せ押せな姿勢の縁下にたじたじな大野。
でも話している内容が内容なだけに、どちらかというと縁下を応援しながら様子を見守ることにした。
大野が前衛?でも、うちにセッターは影山もスガもいるし、攻撃も・・・と大野ができそうなところを考える。
正直サーブのレベルの高さにばかり目がいっていたから、他の能力には目を瞑ってた部分があった。
悪いところも、・・・いいところも。
ふっとそのことに気付いて、なんとなくバツが悪いように感じて思わず目を逸らす。


「・・・大野、もうちょっと俺らに、大野のできること教えてよ」


だから縁下のその言葉に、目から鱗が落ちたように感じた。
・・・そう、か。大野に聞けばいいことなんじゃないか?


「おーおーそうだぞ!お前いっつもできないことばっか言うからな!」


できることはサーブ。それしか言わなかったから、それしかできないのだとどこかで決め付けていたんじゃないか?


「そうだそうだ!男なら強気に行け強気に!」


弱気な大野が“少し得意”なぐらいで自分の武器だと主張できるか?
・・・それが社会人チームで培ってきた認識で、高校生の中なら十分通用するレベルだったら。


「うえぇえ・・・!」

「お前らがっつきすぎ。大野引っこんじゃうだろ」


まともに答えられなくなった大野をかばうように縁下が元気組との間に立ってどうどうと落ち着かせる。
たまに見る光景ではあるけれど、縁下はそのたびに大野に崇拝するような目で見られていることを知らないんだろうな。
着々と大野の信頼を勝ち得ていっている縁下にちょっとした羨ましさを感じながら、こそこそと縁下の背中に隠れようとする大野に声をかけた。


「・・・まぁ、行きなり強気は無理だろうけどさ」

「っ・・・!?」

「主将?」


案の定びくりと震えた肩に少し苦笑して、会話に入ってくるとは思っていなかったのか縁下が不思議そうにこちらを見てくるのに頷いてみせて。
できるだけきつくならない言い方を考えながら、言葉をつむいだ。


「影山じゃないけど、勝つために必要なものはどんどん使っていきたいわけよ」


それは本心だ。
今の烏野がMaxだとは思わない。思ってないし、思っちゃいけないと思ってる。
けど、俺に選手のポテンシャルを全て引き出せる采配ができるはずもない。
でも、選手の口から持てる力を全て伝えてもらえたら。
それを上手く回して最大限の力を発揮できるポジションにつけることぐらいは、できないと主将失格なんじゃないかって思うんだ。
・・・まぁそんなこと言うと、またスガに「抱え込みすぎだ」って怒られるのかもしれないけど。


「大野の力を使いきれなくて、勝てたかもしれない試合に負けるとか・・・やりきれないからな」


少し残念そうに言えば、良心を刺激できたのか大野が「うぅ・・・っ」と制服の胸元を握り締める。
ちょっと姑息かもしれないけど、それぐらいしないと大野口開きそうにないしなぁ・・・
押して駄目なら引いてみろ、ってことで。


「あ・・・、で、でも・・・し、失敗も多いし・・・絶対できるって、言い切れないし・・・」


・・・違うものを引いてきてしまった。
押したらうろたえて、引いたら弱気発言。
これ以上押しても、大野だとへこむだけな気もするし。
どう声をかけたものか、と解決策を求めて若干天を仰ぐ。
暗くなった空に星が見えただけで、そこには何もなかったんだけど。


「そんなん誰だってそうだべ!」

「スガ!?」


思わぬところから響いた叱咤するような声に、慌てて視線を地上に戻す。
少し怒ったようなスガが一歩前に踏み出していて、あわせるように大野が一歩後ろへ下がっていた。
そんな動かない距離を一気に詰めるように、スガが二歩、三歩と大野に近づく。


「試合に“絶対”なんてないよ。でも、何もしなければ負けるだけだ」


諭すような、けれど決して穏やかではないスガの剣幕に圧されたのか、それ以上足を動かすこともできずに固まる大野。
でもその視線は真っ直ぐスガを見ていて、震えながらも引き結ばれた唇が、スガの言葉を受け止めようとしているように見えた。


「・・・・・・」


誰も言葉を発することができず、遠くで車が走っていく音がかすかに聞こえる。
虫の声も聞こえてきて、部で集まってそんなのが聞こえてくるなんて、初めてなんじゃないかと場違いに少し思った。


「・・・っ」


大野が息を吸う音がやけにはっきり聞こえて、真一文字だった唇が薄く開かれる。
大野が得意なポジションを聞く。
たったそれだけのことだったはずが、何か重大な決意を聞くような気分になってしまった。
そのことに気付いて肩の力を抜きたいのに、大野の緊張感が伝わってそれができない。
虫の声が聞こえるほどに緊張感がこの空間全体を支配しているのだと気付いて、大野の震える唇がすぼむのを見ながら、どこか別の場所で「(それもそれで何かすごいよな)」と考えた。


「・・・フェイント、と・・・ブロックフォローを・・・よく、やってました・・・」


たったそれだけを聞き出すのに、やけに時間のかかった帰り道。
この情報が、烏野を全国へ導くのかもしれない。
けど逆に、全く役に立たないのかもしれない。
役に立つと見せかけて、実戦では大した力を発揮しないのかもしれない。
どうなるかはさっぱりわからないけれど、ひとつだけさっきまでと違うことがある。


「ブロックフォロー!?俺も練習してんだ!あれ難しいな!」

「いっ・・・勢いあると、ほとんどっ、とれ、とれなく、て・・・」

「でも社会人チームでやってたんだろ!?すげーな大野!」

「っ・・・!っ・・・!!」


西谷の勢いに圧されて、また言葉も出せずに首を横に振る大野。
また縁下が「どうどう」と二人の間に入るのを見て、「大野、」と声をかけた。
こちらに向けられた涙の溜まった瞳に苦笑して。


「・・・明日、どれぐらいできるか見せてくれな」

「は、はぃ・・・」


自信なさ気に返事をする大野には悪いけど、明日が楽しみだ。
役に立つか立たないかじゃない。
大野のことを、また一つ、知ることができた。
それだけでさっきまでの緊張した雰囲気がどこか充足感のあるものだったように思えて、「さ、今日はもう帰るぞ!」といつもどおり騒ぎ始めた部員たちに声をかけた。


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