東峰先輩と仲良くなりたい


一月ぶりに部活に戻ったら、一年生が入っていた。
“変人速攻”って言われるすごいバネとすごいセッターの二人組みに、背の高いブロックのすごい子。
それからいつも「ごめんツッキー!」って嬉しそうに言ってる子と・・・もう一人。


「圭吾!サーブ打ってくれ!ちゃんと取りにくい球だぞ!!」

「はっ、は、いぃ・・・」

「返事!」

「はっひぃ・・・!」


俺よりへなちょこで、すっごく弱気なんだけど・・・すごいサーブの上手い子。
町内会との練習試合のときもあのメンバーの中では俺やスガが狙いどころだって見抜いて、正確に取りにくいところを狙ってきた子。
きっちり鬼畜な球打ってくるから怖い性格なのかと思ったら、その真逆でちょっとびっくりした。
大地も後輩だからか扱いが俺よりずっと丁寧で、枕を濡らした夜も数え切れない・・・はちょっと言いすぎか。
まだどっちかっていうと大野自身が壁を作ってる感じで、その壁をとっぱらおうと頑張ってる段階、って感じなのかな。
昨夜帰りに坂ノ下商店の前でいきなり緊張する場面が始まったときはどうしようかと思ったけど・・・俺も、俺なりに大野と絡んでみようかな。
へなちょこはへなちょこ同士、もしかしたら話が合うかもしれないし。


痛烈なサービスカット練習が終わって、短い休憩に入る。


「ちょっとコーチと話してくる」


そう言って大地がコーチの元へ小走りに行くのを見送って、大野のほうに視線を向けた。
大野は月島に話しかけていて、その表情は不安そうにしている。
月島も月島で不機嫌さを隠しもしない様子で、隣にいる山口がまぁまぁと宥めているようだった。
・・・そういえばさっきのサービスカット練習、一年生が狙われる率高かった気がするけど、影山と月島はそうでもなかったような・・・
それで怒られてるのかな?と想像して聞き耳を立ててみるけど、大野の声は小さくて聞こえないし、月島の声は「次の・・・」とか「練習・・・」とか断片的だし、山口の声に至っては「ツッキー!」しか聞こえない。
会話に入るタイミングを計りながら一生懸命聞き耳を立てていると、月島が「じゃ、そういうことで」とやっぱり不機嫌そうに言い捨ててその場を離れた。
それについて山口も離れたところでようやく話しかけられる、と口を開いて。


「圭吾、ちょっとこれやってみろ」

「は、はい・・・?」


その瞬間後ろからかかった烏養コーチの声に、上がりかかった俺の腕はしおしおと下に下がっていった。

タイミング・・・合わないなぁ・・・。

でも休憩中に声を掛けられた大野のことがちょっと気になって、小走りでコーチの元へ向かう大野を視線で追いかける。
その手に渡されたのがタブレットだとわかって、ちょっと手元を覗き込んでみた。
画面に映し出された文字は、白黒でシンプルに書かれていて。


「動体視力・・・測定アプリ?」

「っ!?あ、ぁずまね、先輩?」

「あっごめん、気になったから、つい・・・」


思わず口に出して読めば、大きく肩を揺らした大野が振り返って怯えた表情をする。
・・・ワイルドを目指している身からすればこういう反応もアリなんだろうけど・・・ちょっと悪いことしてる気になるんだよなぁ・・・
「ごめん、」と重ねて謝れば、ぶんぶんと顔を青くして首を横に振るし。
これ以上下手なこと言わないほうがよさそうだなぁ。


「実際ブロックされたボールを拾えば早いんだが・・・ま、目安だと思ってやってみろ」


「お前も見てろよ」とコーチの後ろにいた大地にも声がかかって、二人して大野の手元を覗き込む。
3,2,1、とカウントがかかって、真っ白な画面になった。


「・・・ん?」

「え、何か映った?」

「いや・・・ちょっと」


二人して首を傾げるけど、本当になにも見えなかった。
一応画面の真ん中を見てたんだけど・・・今はそこには数字入力のパネルが出てるだけだ。
これはちょっと難易度高すぎるんじゃないか?と難易度設定ボタンに視線を向けた瞬間。


「・・・・・・」


大野の指が、数字パネルの上を移動して。


『正解!』

「「ええええっ!?」」

「ひぃっ!?」


入力された三桁の数字と続いて赤字で現れた文字に、大地と一緒に大声を上げてしまった。


「うそだろ大野!今の見えたのか!?」

「ぁひぇっ・・・!は、半分勘でした、でした・・・!」

「あ、次の問題!」

「うぇ・・・」


半泣きになりながら画面に目を落とす大野の後ろから、食い入るように画面を見つめる。
けど、さっきと同じようにカウントダウンに続いて見えたのは、真っ白な画面だけだった。


「・・・俺には何も見えないんだけど・・・」

「黒いのが一瞬見えたけど・・・、今の数字?」

「う、うぅ・・・」


やっぱり首を傾げる二人の間で、大野が随分迷ってから数字を選ぶ。
でも多分その迷いって、俺らができないから、だよな?


『正解!』

「・・・まじか・・・」


大地の呆然とした声に、「何やってるんですかっ!?」と日向がぴょんぴょん跳ねながらこっちに向かってくる。
さらにその後ろからは影山も来て、別の方向からは「何すかそれ?」と田中や西谷も寄ってくる。
一気に増えたギャラリーを受けて大野が次の問題に進めるはずもなく、タブレットは回答画面で固まったままになった。
画面と同じように固まっている大野をよそに大地が皆に説明して、あちこちから「へぇーっ」とか「おおー!」とか歓声が上がる。


「俺もやりてぇ!大野、いいか?」

「は、はい・・・っ」


そんな中田中が名乗りあげて手を出すと、救いとばかりに大野が田中にタブレットを差し出す。
意気揚々と次の問題に進んだ田中だったが、3秒後には目が点になった。
戸惑いながらも答えたのか、ブ、と短く間違いを知らせるブザーが鳴る。
もう一問挑戦してみて、・・・やっぱりブ、と鳴った。


「・・・大野、お前、マジ?」


「はいはい!おれも!おれもやりたいです!」と騒ぐ日向にタブレットが渡って、獲物を狙うかのような目でタブレットにかじり付く。
無理じゃないかな・・・と内心で思っていたそれは、次の瞬間打ち砕かれた。


「・・・819!」

『正解!』

「「「ええええ!?」」」

「やったー!できたー!」

「ほぉ、やるな」


嬉しそうな日向の手からタブレットを受け取って、皆に見えるように掲げた烏養コーチ。
そこは最初の画面に戻っていて、“動体視力測定アプリ”の文字が目にガツンと飛び込んできた。


「ど、動体視力ってバレーと関係あるんですか?」

「まぁ運動するやつなら動体視力は高いほうがいいだろうな。俺が言いたいのは」


俺の聞きたかったことを代弁してくれた影山に心の中で感謝しつつ、コーチの視線が大野に向いたのにつられて大野を見る。
他のみんなも似たような心境だったらしく、一気に視線の集まった大野は見事にピシリと身体を固まらせた。


「圭吾の動体視力は飛びぬけてすげぇらしいってことだ」


でもそんなことはお構いなし、とでも言うかのようにコーチが言葉を続ける。
動体視力、と言われて思わず大野の目に注意を向ければ、涙の膜が張っていることに気付いてちょっと可哀相になり、コーチに視線を戻した。


「アタッカーの腕が、指先まではっきりくっきり見えるから、ボールがどう飛んでくるかもはっきり見える・・・だろ?」

「そそそそんなことは・・・!」

「だがお前の師匠は耳にタコができるくらいそうやって自慢してきてたぜ?」

「あ、あううぅぅぅ・・・」


大野の師匠?と首を傾げても、それを疑問に思うのは俺だけみたいで他の皆はざわ、と騒ぎ出す。


「じゃあ・・・大野の最適なポジションって・・・!」

「そう。空中戦の真下だ」


トン、といつの間にかタブレットから持ち替えていたコートボードで、セッターの横あたりをトンと指差す。
成程・・・練習試合のときも、俺のアタックは全然拾えてなかったから強打には弱いのかもしれないけど・・・そこなら、ブロックのフォローかフェイントで、上に上げるだけで十分なポジションだ。
そんな使い方もできるのか・・・と半ば感心しながらボードを見ていれば、後ろから「でででぇで、でも・・・っ」と焦った声が聞こえてきた。


「こ、このチームにはっ、にっ西谷先輩がいますし、僕程度じゃ・・・!」

「一人で足りるってこたねぇだろ?」

「もちろんっス!反対側に落ちられたらそれこそ手も足もでねえからな!」


あっさりばっさり切られた反論に、思わず苦笑が漏れる。
悪いけど、大野は大人しくそのポジションに入ったほうがいいのかもしれないな。
これだけ必要とされるってこと、結構すごいことだって大野はわかってるんだろうか?


「どうだ。ちっとはやる気になったか?」

「はぁぅ・・・っ」


ニヤニヤと意地の悪いコーチの笑いを正面から受けて、何も言えなくなる大野。
そんな様子を確認したコーチは、徐に時計を見上げて「時間だ!ブロックフォローから練習再開!」と号令をかける。
あぁもう逃げ場なくなったな・・・と大野に同情するのと同時に、休憩時間中に大野と話をするっていう目標が達成できなかったことを悟った。
う・・・こ、今度こそ会話してみせるからな!
とりあえず今は、どうやら組むことになるらしい大野に「ブロックフォロー、頼むな」と肩を叩いて声をかけることにしよう。


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