菅原先輩は思慮深い


そして、週末。
土曜日の第二体育館は、普段と少し違った空気が流れていた。
ここ数日、普段以上に早起きしてたせいでこみ上げてくる欠伸をかみ殺して、一年たちの様子を見る。
眠そうな様子を見せるどころか、清水を見つけてソワソワしている日向と、いつも以上に機嫌の悪そうな影山。
それから、多少なりとも二人のことを意識している様子を見せる月島と山口。
そして―――


「あっ!?」

「ひィっ!?」

「影山!前見なかった人もいる!先輩かな?タメかな?」

「あ・・・っ、・・・いっ・・・!」


そのままハクハクと金魚みたいになってしまった、大野。
・・・日向みたいなタイプも、駄目なんだな・・・
もはや苦笑しか出てこないその様子に、フォローに入ろうかと足に力を込めたところで大地の声が聞こえてきた。


「よーしじゃあ始めるぞ!・・・と、そうだ。田中!」

「?ハイ!」


きゅ、とシューズを鳴らして田中が大地に近づく。
何を話すんだろう、と俺の視線も自然とそちらに向いた。
大地は口の前に謝るように手を上げていて、その表情も少し申し訳なさそうにしている。


「悪いな、日向たちのチームに入ってもらう予定だったけど。それ、俺と代わってもらっていいか?」

「「「えっ」」」


突然の申し出に、その場にいたほぼ全員が声をそろえる。
確かに五人目の一年生が入ったのは親睦試合が決まった後だったから、変更があってもおかしくはないけど・・・
てっきり大野を月島たちのチームに入れて、日向・影山・田中チーム対月島・山口・大野のチームで対戦すると思っていたから、その言葉は正直予想外だった。
少なくともここ数日、隠れてとはいえ一緒に練習していた田中のほうがお互いのことがわかっているんだし、大地もそう考えると思ってたのに。
そんな俺たちの心境が伝わったのか、大地は若干居心地悪そうに目線を泳がせて、頬をかいた。


「これは俺のワガママなんだけど・・・」


そう前置きした大地が、スッと大野に視線を合わせる。
自分に視線が向いたと分かった瞬間大野はびくりと身体を飛び上がらせ、オロオロと視線を惑わせた。


「・・・大野の球を、受けたいと思って」

「・・・?キャプテン、その人は?」


ちらりと影山から鋭い視線を貰った大野は、さっき以上に身体を硬くして冷や汗を流す。
・・・顔色真っ青だべ。大丈夫か?
それに苦笑して、大地がぽんと軽く大野の肩を叩く。
今、「ひっ」って聞こえた気がしたけど。


「お前たちと同じ、一年だよ。ほら大野、自己紹介」

「あっ、は、初めてまして!い、一年の大野圭吾です・・・っ!ポォ・・・っポジションは、ピンチ、サーバーやってました・・・!」

「・・・ピンチサーバー?」

「まぁまぁ、この通り繊細なやつだから、宜しく頼むな」


暗につつくなと笑顔に込めた大地の表情を見れば、ぐっと顔をしかめた影山がしぶしぶ「・・・わかりました」と引き下がる。


「そういうわけだ、田中、いいか?」

「ウッス」


状況がつかめたのか、小さく頷いた田中に「さんきゅな」と軽く手を上げて、ポジションに着くように号令をかける。
三々五々散っていく部員たちの背中の一つ、一際小さく見えるそれを引き止めた。


「・・・大野」

「っ!は、はい・・・?」


本当はこんなこと、外の人間が指示することじゃないし、プレイする選手たちに失礼なのかもしれないけど。


「サーブだけど、できるだけ大地のこと狙ってくれるか?」

「え・・・あっ、は、はいっ」

「あいつはレシーブ結構上手いから、自分も練習になると思ってさ。頼むよ」

「わ、わかりました・・・」


あっさり頷いた大野に、Yesマンっぽいなと思いながら「頑張れよ!」と送り出す。
その際チラリと視線がかち合って、慌てて逸らされたそれに「(あ、やっぱり)」と確信する。


「(影山の自己中もだけど、大野の内気も直していかないとなぁ)」


先の思いやられる後輩だ、とついたため息は、試合開始のホイッスルにかき消された。









ピーッ

ホイッスルが響く。
大地はまた、サービスエースをとられた。
レシーブが強い大地でそれなんだから、素人に毛が生えた程度の日向にサーブが向かっていたら・・・
推して知るべし、ってやつなんだろう。
一本目はコートの隅。二本目はフローターで惑わせて、三本目に強烈なドライブサーブ。
ピンチサーバーをやっていたというだけあって、相手に慣れさせないサーブの打ち分けが尋常じゃない。
流れが変わらないことには、このまま点差は広がるばかりだ。

また、ホイッスルが鳴る。


「大地さん相手に、サーブだけで4点て・・・」

「ピンチサーバーの名は、伊達じゃないってとこだね・・・」


様子を見ている他の部員も驚きを隠せないらしく、呆然とした声が聞こえてくる。
彼らは練習中の大野のサーブを見ているからまだ納得できるんだろうけど、初見の問題児達は目が白黒してるみたいだ。
コートの中にいると、その凄さが身にしみて分かるんだろうなぁ・・・
今のネットインも、知ってて対応できるもんじゃないし。


「・・・?」


いや、でも。
大地が内心相当悔しいのはわかる。それを表情に出さないように、相当集中し始めてるのもわかる。
けど、なんで日向のほうが悔しそうな顔してんだよ。
影山も相当期限が悪くなってきているのが見て取れて、中々に熱い一年生たちに思わず苦笑が漏れる。


「〜〜〜っ。おいっ!お前!」

「っ!?!?」


あ、ボール落とした。
大野のつま先に当たったボールは、そのままころころと向こう側へ転がっていく。
それを視線で追いかけることもなく、ボールを落とした体勢のまま固まっている大野に日向が噛み付いた。


「俺も!狙えよ!ずるいだろ!!」

「え、あ、その・・・ご、ごめんなさぃ・・・」


ほとんど聞こえない大きさでもぞもぞと謝るものの聞こえなかったのか、日向が地団太を踏んで苛立ちを現す。
それをまぁまぁといさめるのは困り顔の大地で。
うーん・・・大野に大地を狙うように言ったのは俺だけど、このままだと本当に日向たちが負けちゃうなぁ・・・


「何、君三年の先輩より上手くレシーブできる自信あるの?」

「うっ・・・」


・・・俺も若干思ったけど、言ってやるなよ月島・・・。
大野が転がっていったボールを拾いに行っている隙に始まる、月島のいやみ攻撃。
・・・あれって、大野限定じゃなかったんだな。
今日まで練習中他のメンバーがそういうあからさまなのにかかってるの見なかったし、大野が特別気に障るからとかじゃなかったんだ。
・・・それはそれで、また軋轢が生まれるんだけど。
大地の胃が心配だ。


「アップ見たケド根性だけで返してるって感じだったし、狙う価値なしって意味じゃない?」

「うっぐ・・・!んなこと」

「あー君ジャンプ力“だけ”はすごいもんね。それで攻撃されたら危ないかも?」

「早く攻撃してみなよ。レシーブつなげてさぁ」


・・・ほんと、いい性格してんなぁ、月島・・・
地味に大地に対してのいやみも混ぜてきてるところとか、いっそ尊敬するよ。
きゅ、とシューズの音がして視線をネット付近からエンドラインに移すと、大野が元の位置に戻っているのが見えた。
日向たちも気付いたみたいで、お互い険悪なムードのままポジションに戻る。
一先ずほっと息をついたところで、ドンドン、と連続してボールを突く音が聞こえた。


「?」


その音に、あれ、と一瞬首を傾げる。
大野のルーチンは、とにかく静か。っていうか、球の向きを変えるくらいのことしかしてない。
練習のときに唯一出していた「いきます」の声も、この試合で4本打つ間は一度も言わなかった。
それが、急に違ったから、意識がそっちに持ってかれた。
ホイッスルが響いて、一拍おいてからモーションに入るのは同じ。
サーブトス、高さからしてジャンプじゃない。
強打か、ネットインか。
今度はどんな球が出るのか、まるで自分もコートにいるかのように身体に力が入ってしまったからこそ。


―――大地があっさりとセッター真上にレシーブを返したのを見て、「えっ」と声が出てしまった。


=〇=〇=〇=〇=〇=
prev/back/next