日向君は怖がり


町内会チームとの練習試合から一週間。
GW合宿が、始まった!


「うおおおおーっ!うおおおおおーっ!!うおおおおおおーっ!!!」

「日向ボゲェ!ちょっとは落ち着け!」

「だっておれ!合宿とか初めてでっ!」


合宿所を走り回って部屋とか風呂とかを確認するおれに、影山がめんどくさそうに注意してくる。
けど、やっぱこういうのってぐあっとテンションあがるんだよな!
いつもどおりの放課後練習を終わらせてから移動した合宿所は、山口曰く「なんか出そう」って感じの場所だったけど・・・いやいや!いいいるわけねーし!?そういうのは・・・こう・・・そういうところに出るんだ!
武田先生と清水先輩が作った晩飯食べて、布団の準備して。
うおおおーっ!何か合宿っぽい!って言ったら、「フツーに合宿だけど」って月島に笑われた。
んで、三年生から順番に風呂に入って、二年生が風呂にいって少し経ったころ。
ちょっともよおしてきてトイレに行くことにした。
んだけど。


「・・・っく・・・・・・ひっ・・・」

「・・・ん?」


何か・・・使わないって言われた部屋から・・・


「ふぇ・・・っ・・・・・・・・・ひっ・・・・・・」


泣き、声・・・?
泣き声だって分かった瞬間、合宿所についたときの山口の言葉が思い出されて。
サァっと頭から血の気が引いていくのを感じた。
ま、まままさか、幽霊・・・!?
で、でも、誰かが泣いてるだけかも・・・と思って、そっと襖を少しだけ開けてみる。
廊下も電気はついてなくて薄暗いから、暗闇に慣れた目できょろきょろと中を覗き見た。


「・・・・・・?」


誰も、いな「ひっく・・・・・・」―――っ!!!
慌てて隙間から顔を離して、できるだけ音を立てないように震える足を動かす。
やばい。やばいやばいやばいやばいやばい!
は、早くこの場から離れないと・・・呪われる!
トイレ、先行っててよかったぁ・・・!とちょっとでも別のことを考えながら、とにかくみんなのところへ・・・!と急いで、でも音を立てないように歩く。
さっき聞いた泣き声がずっと耳にへばりついてるような気がして、心臓がバクバクいってるのがわかる。
別のこと、別のこと・・・!と一生懸命好きな曲を思い出そうとするのに、何でかこういうときに限ってホラー映画の着信音が頭の中を流れたりして。
うああああ・・・!と半泣きになりながらとにかくあそこを曲がれば皆のいる部屋だ・・・!と思ってたのに。


「・・・・・・!?」


ヒタ、ヒタ、と足音が聞こえてきて、突き当たりの通路を右から左へ・・・皆のいる部屋のほうに・・・こ、子どもが・・・!
しかも暗闇でもボゥと光って見えるくらい白い手が顔を覆っていて、も、もしかしてさっき部屋で泣いてたやつ・・・!?
やばい、これは・・・お、おれどうしたらいいんだ!?
今ここで追いかけるように角を曲がって部屋に戻る気にはどうしてもなれず、かといってこの暗い廊下に一人で立っているのもどうしようもなく怖くて。
じり、じり・・・と部屋から距離を取ってたどり着いたのは、合宿所の玄関前にあった自販機の前だった。


「・・・・・・・・・」


ど、どうしよう・・・おれが部屋開けたから、皆のところに幽霊・・・い、いやいや!ま、まだ見間違いかも・・・
で、でも・・・おれ、ここから帰れる気、しない・・・
どうしよう、どうしよう・・・とぐるぐる考えていると、「次、一年風呂だぞー」と田中先輩の声が聞こえてきた。
それに安心しながらも、もし今振り返ってすぐそこに何か居たら・・・と考えると、顔を動かすことすら怖い。

ヤバイ。怖いんだ、おれ。

なんかようやく自覚していると、「・・・どうした?日向・・・」と田中先輩が声をかけてくれる。
なんとか半分くらい振り返って、とにかく分かってもらおうと説明することにした。


「し、知らない人が・・・いるんです・・・この建物の中に・・・」


さっき開けたあの部屋とも、みんなのいる部屋とも言えなくて、ちょっと曖昧な言い方になってしまう。


「・・・は?そんなわけ、ねーだろ・・・今日ここ使ってんのは・・・」

「なんか・・・子ども。泣いてて・・・」

「み、見間違いだぜ!窓に映った自分とかに決まってんじゃねーか・・・」

「そう、ですよね!見間違い・・・ですよね!」


おれ、止まってた。
けど、あの子どもは、動いてた。
でも、それ以上考えたくなくて、田中先輩の言葉に乗っかるように頑張って明るい声を出す。


「そうそう、見間違い・・・」


田中先輩自身も自分に言い聞かせるように、繰り返して―――

ペタ


「「っぎゃあああああ・・・あぁ?」」


田中先輩の背後から聞こえてきた足音に、二人揃って悲鳴を上げる。
でも、その人は何か見たことある気がして。


「何騒いでんだ。大地さんに怒られるぞ」

「え?・・・ただのノヤじゃねーか!」

「あぐっ」


田中先輩に殴られて、ちょっと変な声が出た。
で、でも、ノヤっさん?で、でも・・・!
いつも見てるノヤっさんより・・・!小さい!!


「ノヤっさんの背が縮んだあぁ!?」

「だーっはっは!確かにおめーは髪の分まで身長だぜ!」

「龍っテメェ!!」

「そ、それにさっき見たこども、な、泣いてた!」


そのままただの勘違いで終わらされそうな気がして、慌ててもう一つおかしいところを言う。
ノヤっさんはそう簡単に泣くような人じゃないし、それにそれに、あの泣き声の聞こえた部屋から廊下にワープした理由もわからない!


「泣いてたぁ?ノヤ、お前目こすったりしたんじゃねーのか?」

「?おぉ、さっき廊下で髪から水垂れてきたと思ったらまだシャンプーついてたみたいで、ちょっと沁みたからタオルで」


・・・・・・。
も、もしかして・・・腕がやけに白く見えたのは、タオルがかかってたから・・・?
あんまりな見間違いに、もしかしておれ、全部勘違いしてた?とちょっと肩の力が抜ける。
「なんだよー」と田中先輩が呆れたように腰に手を当ててため息をつくのを見て、でも、あれ・・・?と首を捻った。
もう一つ、なんかしっくりこない感じが・・・


「あ・・・じゃ、じゃあ、使われてない部屋で聞いた泣き声は・・・」


そこまで言ったところで、ぽん、と、ノヤっさんの肩に、手が・・・
の、ノヤっさんの背後には、恨みがましそうな顔で長い髪を垂らした、おおお大男がぁっ!!!


「あんまり騒ぐな。大地に怒られ・・・」

「「「う、うわあああああ!!!」」」「ぅひいぃいっ!!!?」


し、しかもさらにその背中からもう一人、青白い顔をした大野がああぁっ!
大野、とり殺されちゃったのかぁ!!??
完全にパニックになったおれたちは遠慮も何もなくうわああああひいぃいいと悲鳴を上げて、「ちょ、俺だよ旭だよぉ!」と旭さんが半泣きで訴えて。
結局大地さんに「お前ら、うるさーい!!!」と怒られて、皆揃って正座でお叱りをうけるはめになった。


=〇=〇=〇=〇=〇=
prev/back/next