田中先輩は男気溢れる


「ところでさ、大野なんであんなところで泣いてたんだ?」


そんな風に日向が大野に話しかけたのは、日向の言う使われていない部屋で泣いていたのが大野だったとわかった後だった。
日向が言うには中に誰もいなかったってことだったけど、どうやら大野も入り口側の壁に背をつけていて少し覗いたくらいでは分からない位置にいたらしい。
いや〜日向のパニックっぷりったらなかったぜ!
「大野がとり殺された〜!!」って一人で大騒ぎしてたからな!
・・・そう影山に話したときの大地さんの冷たい目は思い出さないぞ。
俺は断じて!びびってなんかないからな!


「あ・・・そ、その・・・に」

「?」


もじもじと服の裾を握ったり離したりする大野は、言葉を探すように目をウロウロと泳がせる。
じっと待つ日向につられて、俺も姉貴にメールを返しながらなんとなく耳を傾けてたんだけど。


「にっか・・・」

「にっか?」


声の感じから多分首をかしげた日向に合わせるように俺まで首を傾げちまって、さらに俺の向かいで月間バリボーを読んでたノヤっさんも首を傾げたのがちらっと目の端に見えた。
思わず二人で顔を見合わせて、やっぱり首を傾げる。
・・・にっかって、なんだ?
えーっと、日課、か?
え?何が?泣くのが?いやそんなわけねえし・・・ないよな?
大野ならやりそう・・・いやいや、ねえって、と自分の中で問答を続ける。
でもやっぱり日課っていう言葉の意味が部屋で一人で泣いてたことと全然繋がらなくて、頭の上に「?」とマークが飛び交う。
ノヤっさんと二人で頭を捻ってると、「え、と・・・」と大野が続けて口を開いた。
多分日向もずっと首傾げてたんだと思う。
さっきよりもずっと小さい声だったけど、今度は続きが気になったから耳を澄ましてみた。


「いつも・・・その、は、反省会みたいなの・・・して、て・・・」

「反省会!?大野そんなことやってんの!?」

「うぅっ・・・、お、おなじこと、間違えたく、ないから・・・っ」


日向の勢いに完全に圧されてる大野が、それでも何とか説明を繋げる。
おいおい、まじかよ・・・と大野の生真面目さというか、はっきり言ってしまえば根暗さに、ちょっと引いてしまう。
いいやつではあるんだけどな・・・とため息をつきそうになっていると、すっくと目の前に座っていたノヤっさんが立ち上がった。
つられて顔を上げれば、敷いてある布団をずんずんと跨いで大野と日向のところへ向かうノヤっさん。
「お、おいノヤっさん?」と思わずその後を付いて行けば、ノヤっさんは怯えた顔で固まっている大野の前まで行くとどん!と効果音が付きそうな勢いで仁王立ちした。


「大野!!」

「ぅえっはい・・・っ!」

「お前、意外と馬鹿なんだな!」


ズバン!と一刀両断する勢いで言われた言葉に、大野の頭に10kgぐらいの石が落ちたように見えた。
はっきり言った!とその後姿を見ながらある意味尊敬していれば、言われた本人のほうは顔色をさっとなくして。


「・・・・・・・っ!・・・っ!」


言葉も出ない様子の大野に、日向がオロオロしながら「お、大野・・・っ」と肩の辺りで手をウロウロさせる。
慰めるにしてもどう言ったらいいかわかんねえんだろうな。
まぁ俺も・・・ノヤっさんの言葉を否定できるほど、大野の肩を持てるわけでもねぇし、ちょっと様子を見守ってみることにする。
ノヤっさんがこういうとき、言うだけ言って終わらせる男じゃねえってものわかってるからな!


「自分の悪いところ思い出してうじうじしてたら、その日が全然楽しくねえだろ!」

「・・・っ・・・」


案の定言葉を続けたノヤっさんに、大野の体が益々小さくなる。
座ってるとはいえ、大野の方がでかいはずなのに・・・ノヤっさんがでかく見えるのか、大野が小さく見えるのか・・・
いや、この場合そうじょうこうかってやつだな。
いつの間にか正座してる大野は足の上で拳を握り締めていて、なんか叱られ慣れてねぇ?とちょっと思った。
しかもいい加減に聞くのを許さないタイプの説教。
ぼろぼろと泣きながら親父に叱られたときのことを思い出して・・・あ、大野はいつでも泣いてるか、とその考えをほかった。


「いいか、その日の反省って言うのはな」


顔を伏せてしまいそうな大野に視線を合わせるためか、その場にしゃがんだノヤっさんが大野の顎をつかんでぐいっと顔を上げさせる。
驚いて目を見開く大野の表情がはっきり見えて、一筋の涙が頬を伝ったのが見えた。


「その日一番楽しかったこととか、その日一番上手くできたこととかを思い出して、俺ならできるって思うことなんだぞ!」

「・・・・・・!」


ニカッ、と笑いながら言われた言葉に瞬きした大野の目から、また一筋涙が零れる。
けどそれ以上涙が盛り上がってくるようには見えなくて、人に泣かれるのが苦手な身としてはほっと胸を撫で下ろした。
けど、なるほどなあ。その日の一番を思い出すことが反省か。
ノヤっさんらしいっちゃらしい“反省”の仕方だぜ。


「そしたらいい夢見られるし、寝起きもスッキリだ!」


そう言いながら大野の涙を拭うノヤっさんは、男前すぎてヤバイ。
何がやばいって、男前度が本気でやべぇ。
大野が女だったらイチコロなレベルでやべぇなこれ。
・・・なんでノヤっさんは彼女ができねぇんだ。こんな男前なのに!!
世の女性達は間違っている!青城のヤサ男みたいなのにキャーキャー言うより、ノヤっさんの漢気を見ろってんだ!
・・・とと、話が逸れちまった。
ここは“センパイ”として、俺からも一言言ってやるか!


「あー、寝起きスッキリかどうかはともかくだな、」

「龍?」


大野の顎と頬から手を離したノヤっさんが振り返って、大野もパチクリと目を瞬かせる。
その目に怯えの表情がないことがわかって、やっぱこっちの方がいいよなとうんうん頷いた。
何もしてねえのに怯えられても、こっちもどうしたらいいかわかんなくなるだけだからな!
まぁ、そんな年齢よりもだいぶ幼く見える表情の大野の頭に、弟にでもやるみたいにポン、と手を置いて。
そのままワシワシと左右に何度か撫でてやれば、まだ風呂上りで濡れたままだった大野の髪の毛はあっさりと鳥の巣みたいになった。
それでもされるがままに頭をカクカクさせる大野の様子に、ちょっと笑って。


「悪いこと繰り返さないようにって思うより、いいことまたやろうって思ったほうがいいんじゃねえか?」


ほとんどノヤっさんが言ってたことを、ちょっと言葉をいじくるだけして言い直す。
ノヤっさんみてえな名言がスッと出てこねえ言い訳じゃねえが、大野には同じ内容を繰り返し言い聞かせなきゃならん気もするんだよな。
頭から手を離すと、さっきまで呆然としてたのが嘘みてえにはっと我に返って何度か瞬きをする大野。


「・・・・・・っ!・・・ぼ、っ僕・・・っ」

「おう、何だ?」


「僕は、」とか「僕にも、」とか、何か続きそうで中々言葉が見つからない様子に、ノヤっさんと二人で「おう、」と辛抱強く待つ。
ここはちっと、センパイとして大人の余裕ってやつをみせてやらねえとな!
正座の後輩の前で先輩二人がしゃがみこんでるって、日向から見たら結構アレな光景だったらしいけど。
とにかくそんなことは考えなくて、じっと大野の言葉を待った。
そしたら、深呼吸するみたいに一つ息を吸い込んだ大野が、一拍息を止めて。


「い、いいこと・・・ある、で、すか・・・?」

「「あるに決まってんだろ!」」


待った分若干食い気味になった答えはノヤっさんと被ってて、「ひっ、」と大野を怯えさせちまったけど。
だが!答えが変わらないのは同じだ!


「よーし、じゃあ明日は大野のいいトコ見つけて、ひとつずつ報告してやろうぜ!」

「おう!それで明日の反省会は皆でやるか!」


ノヤっさんと二人でとんとん拍子に進んでいく計画に、大野が「そっ・・・!?そそそんな・・・っ!い、だ、大丈夫で・・・」と遠慮して止めようとする。
けどな!一度火が点いたら達成するまで止まらねえぜ俺達は!
なんてったって、高校男児一熱い男と、高校男児一男前な男が二人揃ってるんだからな!


「遠慮すんな大野!一杯お前のいいところ言ってってやるからな!」

「俺たちにかかれば、合宿終わるころには自分で自分のいいところ言えるくらいにはなってるってもんよ!」

「は、ぁ、うぅぅ・・・っ!」


頭を抱える大野を、月島と山口が左右から肩を叩いて「ドンマイ大野」とか「この二人に話聞かれてたのが運のツキだよ」とか言ってるけど、そんな小さいことに拘る俺たちじゃないぜ!
さあ、明日から熱く燃える合宿の始まりだ!!


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