月島君も負けず嫌い


昨日風呂上りに変なやり取りがあってから、大野は朝からずっと五月蝿い先輩二人に付きまとわれている。
歯を磨いてるときまで左右を固めてる様子は、どう見たって迷惑そのものだ。
大野は居場所がないとでも言いたげに肩をすぼませて俯いたままで、今日はまだ顔も見てない気がする。
どうせその下の表情は半泣きなんだろうけどさ。


「厄介なのに目つけられちゃったね」


同情半分でそんな風に声をかけたのは、ロードワークが始まって少ししてからだった。
遅くはないけど集団の後方で走る大野にじれったくなったのか、先輩達は出発から少しすると大野の横から離れて日向や影山を追うように前に出た。
久しぶりに息をしたのかと思うくらいどっと肩の力を抜いた大野に話しかければ、「・・・えっあっやっ」と慌てたように首を振った。


「あ、有り難いこと、だし・・・っ」

「そう思えるなら幸せだね」


「僕には無理」といつものように言えば、珍しくへらりと笑った大野が軽く頷いた。


「・・・先輩たち、優しいから・・・」

「・・・ホント、暢気な頭だねぇ」


それ以上言うこともなく、けどわざわざスピードを上げて前に戻るのも面倒で大野に併走するように足を動かす。
特に話題もないから黙ったままなんだけど、別にロードワーク中にわざわざしゃべらなきゃならないこともないし。
っていうか無駄に疲れるだけだし。
大野に自分から話しかけたことは棚に上げて、黙々と足を動かした。
途中から山口が僕と大野が併走していることに気付いて寄ってきて、僕と似たようなことを大野とやりとりしてそのまま隣で走る。
いつの間にか三人組みになってることに気付いて、それがなんとなく気に障ったから少しだけ大野から距離を取った。


「あ・・・」

「・・・何?」


僕が離れたことに目ざとく気付いた大野が、物いいたげに口を半開きにする。
けど疲れと集団行動での若干の苛立ちが声に乗れば、案の定「う、ううん・・・」と首を振って軽く俯いた。
なのに、チラチラと前と僕を交互に見ては考え込むように俯いて、それが視界の端に映ってうっとおしくて仕方ない。
ちょっと距離取っただけでどうしてそんな風にされなきゃならないんだ。
自分の行動を無意識に制限されてる気がして、チッ、と舌打ちを鳴らした。


「・・・言いたいことがあるならはっきり言えば?」

「う・・・」


やっぱり言いたいことはあったのか、否定することもなく黙り込む大野。
でもこの様子だと、単純に距離を取ったことが気になって、とかじゃないのか?
なんなの一体、と坂に入って一気に重くなった足を持ち上げながら横目で大野の様子を観察する。
日に照らされた頬は赤くなってきてるけど、大野の向こう側にいる山口と比べて息が乱れていないことに気付いて、少し自分の息を整えた。


「あ、あの・・・そっち、は、ちょっと・・・」

「何?」


自分でも確信がもてないのか、首をかしげながらも言葉を紡ぐ様子にイライラしながら先を促す。
ちら、ともう一度前に視線をやった大野は、決心したように口から息を吸い込んだ。


「つ、月島君の背だと・・・危ない、かも・・・」

「は?どういう・・・っ!?」

「ツッキー!?」

「うわわわわ・・・!!!!ご、ごめん!ごめ、ごめんなさい・・・!!」


一瞬何が起こったのかわからなかったけど、すぐに理解して頭を振り払った。
カーブの途中、見通しの悪い内側のガードレールの傍を走っていた僕は、どうやら上から垂れていた木の枝葉に頭をぶつけたらしかった。
眼鏡に傷がついたかも、とまた舌打ちをして確認したけど、目立った傷はないようですぐに掛けなおす。
その間にも後ろから車で着いてきていた烏養コーチには「おーい大丈夫かー」と声を掛けられるし、集団からは少し離されるし、最低だ。
「僕が話しかけてたから、もっと早く言えなかったから・・・!」と平身低頭する大野に、ほんとにコイツのせいにしてやろうかという考えが一瞬浮かぶ。
けどあまりにも言いがかりで子どもっぽいそれはぐっと飲み込んで、代わりにため息を一つ吐いた。


「・・・知ってたの?」

「ごめん、ほんと・・・!ごめ・・・っ!」


「ごめん」しか言えないのってくらいそればかりを繰り返す大野に「いいから、」と質問の答えを促せば、さっきまでよりもほんの少しペースを上げて集団に追いつこうとする姿勢をみせた大野が「うぅ・・・」と唸って小さく頷いた。


「い、いつも・・・頭擦るなって思ってて・・・ここらへんだったと思ったんだけど、しっかりした位置まで覚えてなくて・・・っ」

「えっ大野って、いつも、このへん、走ってるの?」


ハッハッと荒い息に言葉を紛れさせた山口が向こう側から話しかけて、慌てて大野がそちらを振り返る。
それをなんとなく釈然としない気持ちで見て、また枝葉に引っかからないように少しだけ二人に近づいた。


「えっあっ、い、いやっ・・・で、でも雨の日とか、課題多い日とかは結構サボってて・・・」

「ふーん。結構やってるんだ」


だから、この体力。
思い返してみれば試合だけじゃなくて練習でも、大野が疲れて動けなくなっているところはあまり見ない。
「そ、そんなことは・・・」と控えめに否定する大野を尻目に、こちらからも少しペースを上げた。
ピンチサーバーというほとんど体力を使わないポジションだと思って、舐めてたのかもしれない。
大野はきっと、レギュラーとして一試合フルに出ても最後までやっていけるんだろう。
そのための体力は、どうやら走りこみで十分つけてきてるみたいだし。
軽くペースを上げたことで前の集団に追いつけて、また付かず離れずの距離を保つ。
この位置もどうせ、目立たないようにってことなんでショ。
コースの葉っぱの位置まで覚えてるとか、かなりやりこまないと覚えられないだろうし。


「(見た目より体力がある。・・・僕のほうが先に大野のいいところ、見つけちゃいましたケド?)」


我ながらあくどい顔をしていたと思う。
前に見えるセンパイたちの背中をなんとなく勝ったような気分で見れば、「あ、」と山口が軽く声を上げた。


「ツッキー、頭に葉っぱ、ついてるよ?」

「・・・・・・」

「ごっごめん・・・!どのタイミングで言えばいいか、わからなくて・・・!」


無言で頭全体を払って、手に触れた異物を払い落とす。
やっぱりさっきのは、早めに忠告しなかった大野が悪い。


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