東峰先輩とは似たもの同士


5月5日、合宿三日目。
合宿0日目に大野と話をすることを心に決めた俺は、昨日一昨日と一日中同じ空間にいるにも関わらず、いまだに大野とは挨拶くらいしかできないでいた。
いや、主に二年生のせい・・・なんだけど。
ひっつき虫みたいに大野から離れない二人のお陰で、交流を図ろうにも一歩目が踏み出せない。
別にこれといった用があるわけでもないのにわざわざ引っ張り出すのもかわいそうだし、そんなことしたら大野は萎縮しちゃうだろうしなぁ。
今日こそ隙を見て・・・!と静かに一人意気込んだ俺は、午前最後のサーブ練を始める大野の隣をさりげなく陣取った。
丁度大野の得意なサーブの時間だし、話しかける材料は十分。
取り巻き状態の田中とノヤも、ノヤがサーブレシーブに行ったから田中一人になってるし。
よし、チャンスだ、と自分に言い聞かせながら足元のボールを拾い、何気ない風を装って大野に一歩近づいた。
話題はサーブだ。ジャンプサーブのコツ、聞くぞ!


「なぁ「集合ーっ!」

「「ウィース」」

「・・・・・・」


返事は反射的に返したけど、すぐに足を動かすことはできなかった。
俺、一生大野に話しかけられないんじゃないのかな・・・

集合場所に小走りで向かいながらはぁぁ〜・・・と重いため息をつけば、後ろから追いついてきたスガに「暗いぞ、旭!」と肩を叩かれる。
そのまま横に並んで「どした?」と言ってくれたから、ちょっと相談してみることにした。


「スガ・・・、俺、大野とは話せない運命なのかな・・・」

「は?何言ってんのお前?」


わりと容赦ない一言で一刀両断されて、ちょっと心が折れそうになるのを「う・・・」と堪える。
結構引いちゃったスガに説明を付け加えようとしたけど、そこまで話す間もなく集合場所についてしまった。
それ以上話続けるわけにもいかず必然的に黙れば、「ユニフォームが届きました!」と武田先生の元気な声が響く。
ユニフォームか、袖を通すのは春高以来になるな、と思い返して、ツキンと胸の奥に刺さるような痛みを感じた。
・・・ブロックされるあの感じが、針のように刺さってるみたいで、思わず俯く。
バレーから距離を置くきっかけになった、あの一戦がフラッシュバックのように脳裏を過ぎって。


「ユニフォーム!おおおっ!」


日向の嬉しそうな声が響き渡り、はっと顔を上げる。
・・・そうだ。チームは俺一人じゃない。頼れる仲間たちと、一緒にやっていけるんだ。
今はこの小さくても頼れる囮もいるし、伊達高にだって。


「じゃあ配りますっ」


ぐっと拳を握っていると、武田先生がメンバー一覧を見ながら清水と一緒にユニフォームを配る。
「はい、東峰君は3番ね」と渡されたそれを、「ありがとうございます、」と受け取った。
ちゃんと自分の手に戻ってきたそれに、あぁ、もう教室で進路のことだけ考えるようにしてたあの時とは違うんだ、と実感する。

また、これを着て。コートに立って。

たくさんのスパイクを決めたい。・・・打ちたいと、思う。


「ノヤさんだけオレンジだ!!目立つ!!!」


また日向の声が耳に飛び込んできて顔を上げれば、俺たちとは配色が逆のユニフォームが目に飛び込む。
日向の言うとおり目立つそれは、同時に背中の守りを任せられる頼もしい色でもあるんだけど。
西谷、もう着てる・・・
後ろのほうにいた俺が配られるのが遅かったことは分かるけど、それでも早くないか?
日向は西谷のユニフォームの色が違う理由がわかると今度は番号について騒ぎ始めて、元気だなぁとほのぼのとした気分で眺める。
あっでもこれ、話しかけるチャンス?
一応近くはキープしていたから、それとなく大野の手元を覗き込む。
見えた“3”に一瞬ポジションの危機を覚えたけど、それもすぐ見間違いだと気付いた。


「大野は13番か」

「ぅ・・・はぃ・・・」


ぎゅ、とユニフォームをクリーニングの袋ごと握り締める大野の声は明らかに沈んでいる。
え、俺話しかけちゃ駄目だった・・・?今度こそ心折れそうなんだけど・・・
それ以上声をかけるのも申し訳なくなって、「あぁ・・・」と無意味に声を出しながら覗き込んでいた身体を元の位置に戻す。
若干心残りのあるまま大野を見ていると、不意に反対側から「(旭、旭!)」と名前を呼びながらちょんちょんと腕をつつかれた。
声でわかってはいたけど、目線より少し下にある楽しそうなスガの顔を軽く見下ろす。
何でそんな表情なのかがわかんなくて首を傾げれば、ちょいちょいと大野を指差したスガが口パクに近いぐらいの小声で「(頑張れ!)」と言ってきた。
笑顔で腕を軽く上下に振る菅原にぐいと背中を押され、もう一度大野に近づく。
相変わらずあんまり元気なさそうで、声掛けるの戸惑うんだけど・・・
頑張れって言われちゃったしなぁ。
大野の手元に視線を落として落ち込む理由を考えていると、ふと部内の人数を思い出した。


「・・・もしかして、番号が遅いこと気にしてる?」


13番って最後だもんな、と心の中で付け加えれば、話しかけられたことにかガバッと顔を上げた大野が焦ったように首をぶんぶんと横に振った。


「え・・・っ、あ、いえ・・・そ、そんなことは・・・」

「大野13番なの?スゲーっ!」

「え?」


さっきまで向こうで大地と話してたはずの日向が、大野の番号に目を留めたのか話しかけてくる。
・・・まだ、会話らしい会話、できてないんだけどなぁ・・・
勢いよく大野の意識をもっていった日向を尊敬する反面、またかとちょっと落ち込む。
周りと話す姿をよく見るようになってきたから、ちょっとした置いてきぼり感があるんだけど。
まぁ・・・他のやつらより付き合い短いし、もう少し慣れてからでいいんだけどさ・・・
心の中でいじけていれば、日向の後ろからさらに影山も会話に加わってきた。


「何で13番がすごいんだよ。不吉なら分かるけど」

「・・・っ」


あ。わかったかも。
大野って、13が不吉な数字だと思うタイプなんだな。
息を詰めた音に続いて、袋を握り締めたときの甲高い音が響く。
無意識ながらも影山にぐっさり指摘されて、ダメージは絶大だろう。
胸に吹き出しが刺さる感覚・・・わかる、わかるぞ大野・・・
うんうんと頷いていれば、俯く大野と、日向を見下ろす影山。そしてその隣の日向は、・・・キョトン、と目を丸くして影山を見上げていた。


「え?だって13番って特別な感じしねぇ?」

「・・・?と、特別・・・?」


予想外の言葉に、大野と揃って日向に目を向ける。
大野に視線を移した日向は、うん、と一つ頷いて「だってさ、」と指折り数え始めた。


「時計だろ、月だろー・・・あと、十二支とか!全部、13ってないじゃん!」

「う、うん・・・か、影山君が言うように、不吉な数字だから・・・」


多分、一般的な考え方はそっちなんだろう。
でも日向は、「そうなの?」とまるで気にしていない風に首をかしげた。


「あんまり出番のない数字って、出てきたらスゲーって気にならねぇ?あ、大野と一緒じゃん!すげえ!!」


すごいことに気付いた!って感じにテンションを上げる日向に、完全においてかれた大野が「え・・・?」と戸惑った声を出す。
日向は「だってさだってさ!」と目をキラキラと輝かせ、興奮してまくし立てる。


「いつもコートにいるわけじゃないけど、出てきたらスゲーじゃん!それに、不吉だってのも敵チームに“あいつが出てきたら不吉だ”って思われたらすごいぞ!ね、旭さん!」

「おっ、おぉ?」


思わぬキラーパスに、思わず声が裏返った。
何で行き成りこっちに話題が飛んできた?と考えて、そういえば前に「どんな呼び名でもポジションでも、敵チームに一番恐れられる選手が一番カッコイイと思わないか?」と話したことを思い出した。
確かにその言葉はこの場合にも当てはまると思うし、思わぬチャンスに「そうだな、」と頷いて大野を見下ろす。
せっかく日向から大野と話す機会をくれたんだから、頑張って活用させてもらおう。


「どんな数字でも、日向の言うように受け取り方しだいだと思うよ」


たったそれだけの月並みな言葉だけど、大野が視線を合わせてくれてて、さらに俺の言葉にしっかり耳を傾けてくれている様子に内心で感動する。
これ、会話っていっていいのかな。大野、全然話してないけど、でもちゃんと聞いてくれてるし、いいのかな?
すごく貴重な体験をしてる気分になってきて、この時間が終わるのが勿体無い気がして「それに、」と続ける内容を考えながら口を開く。


「13は神聖な数字って考える宗教もあるし、数字にとらわれることないよ」


思わず口をついた内容は人を選ぶものだったようで、日向と影山の後ろで大地が怖い顔してる。
あ、やっちゃったか・・・?と慌てて大地を見ないようにすれば、大野は少し考えるような表情でユニフォームを見下ろしていた。
視線が合わなかったことを少し残念に思いながらも様子を伺っていると、「・・・そぅ、ですね・・・」とかすかに声が聞こえてくる。
「ん?」と思わず聞き返せば、少し迷うように視線を泳がせた大野がちらりとこちらを見上げてきた。
反射的に笑顔で応えれば、安心したようにへにゃりと眉から力を抜いて。


「・・・13を、背負えるように・・・っが、頑張り、ます」


最後の方はまた緊張した面持ちになってしまったけど、頼もしい言葉に嬉しくなって思わず笑みが浮かぶ。


「おう、頑張ろうな」


思わず普段他の後輩にやるようにぽん、と二の腕の辺りを叩いて言ってしまい、あ、こういうの平気かな・・・?と様子を伺う。
はにかむように「は、はぃ・・・!」と返事をした大野に、あ、と自分が大野に話しかけることに対して気負いすぎていたことに気付いた。
・・・そっか。別に腫れ物じゃないんだし、自然に接すればいいだけだ。
つられて自分も笑みを零して、明日からはもっと楽に話しかけよう、と軽く考えた。
きっと、自然に話すことができる。


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