澤村先輩の心遣い


音駒との練習試合。
三試合やって、俺達は。ワンセットも獲ることが、できなかった。


「「友よ!また会おう!!!」」

「アレなに」

「知らん。あんま見るな」


片付けも終わって、これから東京に帰るという音駒のメンバーの見送りに出た。
いろいろと悔しい気持ちを抑えて、主将としての顔を整えてから音駒の主将の下へ近づく。
向こうも俺に気付くと、あわせるようにニコリと笑顔を作ってみせた。


「次は負けません!」

「次も負けません!」


ガシリと固く・・・固く、お互いの手を握り合って再戦を誓う。
ニコニコと表面上は友好的に挨拶を済ませ、どちらともなく手を離せば・・・音駒の主将―――黒尾が、気まずそうに目を逸らして頬をかいた。


「・・・あー。その」

「?」


言い出しづらそうな様子に首を傾げて、とりあえず様子を見守る。
ちらりとその視線が烏野のメンバーが集まっているところに向いて、誰かの姿を確認すると目を逸らしたまま申し訳なさそうに笑った。


「そっちのピンチサーバー君に、謝っといてもらってもいいか」

「・・・大野に?」

「あぁ、13番の」


「大野って言うのか、」と確認した黒尾が、試合を思い出すように視線を右に向けた。
それにあわせて、俺は大野の姿を確認する。
一セット目でいきなり様子が可笑しくなった大野だったが、そこからは特に変わった様子もなく普通に試合に参加できていた。
・・・まぁ、その回数はこれまでと比べて格段に少なかったけれど。
周りのメンツが音駒の連中と交流しているのを困ったように眺める姿に、普段と違う様子は見られない。


「・・・想像以上に効果覿面だったからな」


それは、あの一言で、大野の様子が可笑しくなったことを言っているのか。
・・・でも、確かに言われた直後はショックを受けているように見えたけど、サーブ自体に影響が出ていなかったということは・・・本人そこまで気にしてない、と思うのは楽観視しすぎだろうか?
あいつのサーブが拾われたのは多分、音駒のレシーブ力が高かったからだし。
実力で負けたことだと割り切っている身としては、黒尾の挑発で大野の調子が崩れて負けたとか、そんな負け惜しみのようなことは言いたくない。
第一、そこまで過保護に面倒を見られるのも、一高校生として・・・どうかと。


「・・・それなら、直接本人に言ってやってくれ」


考えた末、俺は手を出さないことにした。
一応これ、俺(主将)が間に入らなくても済む問題みたいだし。
ついでに、大野ももう少しいろんな奴と会話する経験を積んだほうがいいと思う。・・・人生的に。
「おーい、大野。ちょっと来てくれ!」と声をかければ、ここからでも分かるくらい肩を震わせた大野が慌てて振り返り、わたわたと小走りで近づいてくる。
「なっおい・・・!」と焦る黒尾のほうも、あまり大野みたいなタイプと話したことがないのかもしれないな。
・・・まぁ俺も、旭以上のへなちょこは初めてだったが。


「察しの通り、そいうい性格のやつだからな。俺が言っても、“気を遣わせた”って謝るだけなんだわ」


下手すると、余計黒尾のイメージが悪くなる恐れがある。
それは間に入った身としては少し申し訳ないし、やっぱりこういうのは直接言ったほうが思いも伝わるだろう。
近づいて来た大野が小走りから足を緩めて、「は、はい・・・」と控えめに返事をする。
ちらりと音駒の主将に視線をやって、目が合ったのか慌てて逸らして「なんでしょぅ・・・」と恐る恐る聞いてきた。
その予想通りな反応に苦笑しながら、「ちょっと、音駒の主将が話があるんだと」と掌を上にして黒尾を紹介する。
手につられるように黒尾を見た大野は、黒尾と目が合った瞬間―――


「は・・・っひぃ・・・!?」

「・・・・・・」


顔色を、見事なまでに失わせた。
その反応に若干ショックを受けたような黒尾。
誰でも最初はそんなもんだ。頑張れ。
心の中でエールを送りつつ様子を見ていれば、「・・・あー、その」と言葉を探す黒尾に対し、先手必勝とばかりに大野が頭を下げた。


「すっすみません!すみ、すみませんっ!!」

「はっ!?」


まぁ、予想の範囲内だわな。
だが当然、慣れてない黒尾は何故謝られたのかもわからず慌てて、その反応を見た大野はさらに慌てる。
大野が入部したばっかりの頃よく見た光景だな・・・とほんの一ヶ月ほど前のことを懐かしんだ。


「あ、う・・・っも、申し訳、ありません・・・っ」

「い、いやいや!謝るのはこっちのほう・・・てか何で謝られてるんだ・・・!?」

「言ったろ。そういうやつなんだって」

「にしたって・・・」

「ご、ごめんなさい・・・」


バカの一つ覚えみたいに謝罪を繰り返す大野に痺れを切らしたのか、黒尾がはぁ、とため息をつく。
それにやっぱりびくりと肩を揺らした大野が、やっぱり「すみません、」と身体を縮めて謝った。


「・・・あのな。とりあえず一旦、黙ってもらっていいか?」

「っ・・・!!」


このままだとやっぱり俺が間にはいらなくちゃならんのかな、とため息をつくのとほぼ同時に、黒尾が少し声のトーンを落として話しかける。
これ以上ないくらい顔色を悪くした大野が息すら止めそうな様子で黙り込むと、ようやくペースを作れた黒尾は一つ息を吐いて姿勢を整えた。


「・・・悪かった」

「・・・ぇっ・・・」


軽く頭を下げた黒尾に、大野は反対に驚いたように頭を上げる。
そこにみえた黒尾の頭に、オロオロと手を所在無く戸惑わせた。


「アンタのサーブが思った以上にすごくてな。挑発したら調子崩さねえかと思ってああ言った」


「本気で言ったんじゃねえよ、」と戻した頭を掻きながら目を逸らす様子は、こういうことに慣れていないのが一目瞭然だ。
第三者としてこういうのを見ると、新しい発見があって結構面白いな、と他人事のように考える。
実際半他人事なわけだし・・・、あれ、もしかして俺席外したほうがよかったのかな。
タイミングを逃したことを悟りつつ驚いた表情の大野を見ていると、「でもな、」と切りかえた黒尾が試合中のようなニヤリ顔をしてみせた。


「俺の一言であそこまでメンタルボロボロにやられるくらいじゃ、この先やってけねえぞ?」


・・・お前は挑発しないと生きていけないのか。
当然真正面から受け取った大野は、「そ、そうです、よね・・・」と言いながらじわりと目に涙を溜める。
そのまま俯く大野の正面には、見事なまでのしかめっ面。
・・・“失敗した!”なら、初めから言うなっての。


「・・・だーっ!違うっつーの!」

「はっ、はひぃ・・・っ!?」

「今のは!敵の言葉に惑わされるなっつーアドバイス!いちいち真に受けて落ち込むな、やりづらい!」

「っ・・・は、はい・・・あ、ありがとう、ございま、す・・・!?」


頭の上に?マークを乗せながらも礼を言った大野だったが、じわじわと理解していったのかその表情に明るさが戻ってくる。
それどころか感動するように目がキラキラと輝き始め、それに反比例するように黒尾が暗雲を背負って肩を落とした。


「・・・次からはもう言い直さねえからな。ちゃんと解釈しろよ・・・」

「はい・・・っ」


ひらひらと手を振る黒尾に、「ありがとうございました・・・!」とぺこりとお辞儀してからもといた場所に駆け足で戻っていく大野。
その足取りが来たときよりもずっと軽くなっていることに気付いて、どっと疲れたようにため息をついている黒尾に苦笑した。


「・・・多分、大野の中で株が一気に上昇したぞ」

「だろうな・・・なんでこんなことになったんだか」


はあぁ〜と重いため息を吐き出す黒尾に、これから面白くなりそうな予感がして笑う。


「ま、これからもよろしく頼むよ」

「・・・オウ」


改めて差し出した右手に返された右手を、今度は無理な力を入れずに握り締めた。


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