月島君は付き合いがいい


対音駒戦。
昔伝統だったらしい“ゴミ捨て場の決戦”は、ゴミ捨て場らしく泥にまみれた試合になった。
連戦連敗を記すことになったわけだけど、別に、それにどうのと言うつもりはない。
明らかに向こうの方が実力は上で、それにあれだけ喰らいついていけたのも十分すごかったと思うし。
十分じゃないか、と自分を納得させようとして・・・ふっと浮かんだ表情のない顔に大きく舌打ちを鳴らした。
得意のサーブを、気持ちよくは打たせてもらえなかった大野。
1セット目で様子がおかしかったあとは、調子が戻ってからも様子見のように数度入れられただけで―――・・・全く、役に立たなかった。
何度思い出してもいらいらする。
強打に弱いと一瞬で見破られた大野は、次の回からサーブで狙われ続けて。
ピンチサーバーとして出されても、拾われてしまえば、攻撃に繋げられてしまえば、当然のようにアタックは大野に集中する。
周りも大野への負担が少なくなるように守備範囲を狭めたり、前衛のフォローに回したりと粘ったが・・・
それも、フェイントや軟打では落ちないと早々に見切りをつけた音駒勢によって、ブロックを振らせた上での強打を中心に取り入れられてしまえば、後衛の負担がイタズラに大きくなるだけだった。

ちっとまた舌打ちを一つすると、音楽のボリュームを勢いよく上げる。
別に、それがなんなの。
部員の一人が役立たずだってわかっただけじゃん。
サーブしかできなくて、他はお荷物な大野なんか、わざわざ使わなくても・・・


「―――・・・ックソ・・・」


だから、何でこんなにイラつくわけ。
ドンドンと耳に響く低音に思考を混ぜる。
音楽に集中してしまえば、この苛立ちもどこかへ消えるはず―――

ドンッ


「・・・?」


音楽のリズムと合わない振動に、一瞬意識が外に向かう。
つい音源を捜してふいと視線を回せば、いつの間にか第二体育館の傍まで来ていたことに気付いた。
・・・今日は合宿の次の日だから、全員絶対休みだって言われてたのに・・・
自然に足がここまで来てしまった自分も相当だけど、言いつけも聞かずがむしゃらに練習しているであろう問題児たちを思い浮かべてため息をつく。
どうせ昨日負けた分、練習して強くなろうっていう根性論でしょ。
痛めた筋肉修復する時間も必要だって、何でわかんないかな?あ、脳みそまで筋肉だからか。
なんかまたイライラしてきたし、嫌味の一つでも言ってやってさっさと帰ろう。
また壁に強い振動が伝わってきて、アタック練か、と何となく思いながら入り口からひょいと中を覗いて―――


「・・・なに、やってんの?・・・大野」

「ひっ・・・ぁ、・・・つ、月島、君・・・っ?」


そこにあった、予想外の姿に言おうとしていたことが全部吹き飛んだ。
上部のワイヤーだけはきっちり張られたネット。そこら中に散らばったボール。
普段騒がしい体育館の中は、ひっそりと静まり返っていて。
そのアンバランスさが何故か、大野一人だけのために整えられた“舞台”のように、一瞬、思えた。
・・・馬鹿馬鹿しい、と一つ頭を振って、改めて大野を見据える。
ビクリと肩を揺らした大野は、一応今日は練習禁止日ってわかってるみたいだった。


「・・・今日は練習するなって、コーチに言われてたよね」

「う・・・うぅ・・・そ、そうなんだけど・・・」


もぞもぞと足の向きを変えて、どうみてもここから逃げ出そうとしたがっているそれ。
でも腹の前で抱えたバレーボールはぎゅっと抱き込んで、離す気はないように見える。
・・・まぁ、見つかったからはい帰ります、なんて覚悟じゃ大野が言いつけ破るとは思えないけど。


「き・・・昨日・・・全然、動いてないから・・・」


いいかな、って・・・とほとんど聞き取れない声量で続ける大野に、やっぱりか、という思いで一つため息をつく。


「それ言ったらレギュラー以外全員そうなんじゃないの。合宿自体がキツかったからの休みデショ」

「う・・・で、でも・・・」

「―――昨日の練習試合」

「っ・・・!!!あ・・・っ」

「・・・ほらね」


キーワードを言った瞬間に揺らいだ大野の手からボールが離れ、さらに慌てて拾おうとした手から遊ぶようにボールが飛び出す。
ドン、ドン・・・と何度かバウンドしながらこちらに転がってきたそれを、何も言わず片手で拾い上げた。


「・・・ご、ごめ・・・」

「音駒の主将に言われたこと、気にしてるワケ?」

「う・・・と、取り得ない・・のは、事実、だし・・・」

「じゃあいいじゃない。何をそんなに落ち込んでるのさ」


なんて。
聞かなくても、大野のことだから自分が役に立てなかった〜とか、狙われたのに拾えなかった〜とか、そんなことだろうってわかる。
僕はそれにため息をついて、「相手のほうが強かったんだから仕方ない」とか、「レシーブ力高いチームだと大野は使ってもらえないね」とか・・・いや、二つ目は止した方がよさそうだけど。
とりあえずそんな言葉を返して、がむしゃらに練習するだけ無駄だとか、そんなことを言いながら片付け始めれば、大野だってそれ以上練習を続けようとはしないだろうし。
見つけちゃった手前、放置して帰って後で何か言われるのも癪だしね。
そう思ってボールカゴをチラリと見た。


「・・・こ、の、前・・・昼休み、理科室の前で・・・」

「・・・は?」

「あ、新しいサーブ練習、してるって・・・僕、・・・」

「・・・あぁ、言ってたね。それが何?」

「ま、まだ七割くらいで・・・試合、使えるかなって・・・わかん、なくて・・・」

「・・・ちょっと。もう少し纏めてからしゃべってくんない?何の話かさっぱり見えてこないんだけど」


思わぬ返しに少し意表をつかれて、さらに質問とまるで一致しない大野の言葉にイライラがつのる。
新しいサーブが何。それが昨日の試合と何か関係あるの?
別にいつもと違ったサーブを打ってるようにも見えなかったんだけど。
僕の言葉に一瞬傷ついたように瞳を揺らした大野は、けれど次の瞬間、大きく息を吸い込んだ。


「っ・・・っチャンスの神様って!後頭部つるつるなんだよ!」

「はぁ!?」

「あっやっ教頭先生は関係ないんだけどっ!」

「いや、あれは天辺・・・それはこっちのセリフだよ!」


突然大声を出したかと思えば、まさかの教頭ネタ。
思わずノリツッコミみたいになりそうになって、慌てて誤魔化したのに・・・大野はそれにすら気付けないくらい勢いづいて言葉を紡ぐ。
普段の様子からしたら有り得ないくらいの大声と早口に、思わず口をつぐんだ。


「つ、使おうかな、どうしようかなって、思ってる間に・・・!ぅえっ・・・!こ、ごえ・・・っかかんなく・・・なって・・・ぇっ!!」


後半は涙声で、ほとんど泣き喚くように言う大野。
ぼろぼろと零れてくる涙を隠すように、腕で目を隠す様は女々しいったりゃありゃしないんだけど。


「もっと・・・!打てたかも、しんないのに・・・!コートに、いてたかも、しんない、のにぃ・・・っ!!」


ふいぃぃ・・・!と嗚咽を堪えようとしているのか、歯をかみ締めた大野の口から声とも音ともつかないものが出る。

“悔しい”

“コートに立ちたい”

“試合に出たい”

全力で伝わってくるそれに、情けないなんて印象は欠片も抱けなかった。


「・・・その、“新しいサーブ”なら、勝てたかも、ってこと?」

「っ・・・」


嗚咽の切れ間を狙って声をかければ、はっとしたように顔を上げて考え込む。
涙と鼻水で汚れた顔は見れたもんじゃなかったけど、目を逸らすことは考えなかった。
頬を拭った大野が、唇を噛んで小さく首を横に振る。


「ね、こま・・・レシーブっく・・・すごい、し・・・すぐ、攻略、されたかも・・・けど」

「・・・もう少し打てたかも、と」

「・・・・・・」


コクン、とまた小さく頷く大野は、それがどれだけすごいことかわかってないんだろう。
あのレシーブ力がハンパじゃない音駒から、サーブだけでもう何点か稼げたかもなんて。


「・・・じゃあ、今はその“新しいサーブ”とやらを練習中ってこと?」

「う・・・ま、また、皆の役に、立てないの・・・いや、だから・・・」


ようやく大野らしい言葉にたどり着いて、どこかほっとしている自分がいることに気付く。
羊の皮被って震えてるくせして・・・いや、コイツがバレー大好きなのなんて、それこそ入部届けを出したときからわかってたことだけどさ。


「もうちょっとしたら帰る・・・から、み、見逃して・・・くれ、ないかなぁ・・・?」

「はぁ?それがばれたら僕まで怒られるんだけど」

「う、うぅ・・・」


目に見えて肩を落とした大野から目を逸らして、体育館の外周りをぐるりと見渡す。
誰もいないことを確認して靴を脱ぎ、それと隠れるように置いてあった大野の靴を持って体育館の中へ足を踏み入れた。


「・・・僕さ、昨日の練習試合ですっごくたくさん跳んだから、身体あちこち痛いんだよねぇ」


靴裏を上にして床に置き、もう一度外を確認してから扉を閉める。
脇に抱えたままだったボールを大野の方に転がして、鞄の中からシューズを取り出し、履く。


「おまけに制服だし。運動に適してないったらありゃしない」

「・・・?」


ボールを受け取って不思議そうに首を傾げる大野には一瞥もくれず、学ランを脱いでコートに入った。

―――大野を、ネットを挟んで見据える。


「10本だけだよ。ただし、僕がまともにセッターに返せるようなサーブ打ったら、ただじゃおかないから」


「それで君も上がりなよね、」と釘を刺したのに、10m以上離れたところにいる大野の顔がぱあっと輝いたのが分かった。
はぁ・・・。何で僕が、こんなこと。
そう思いながらも、大野の「いきます、」の言葉に、ぐっと下肢に力を入れた。


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