影山君も器用


睡魔に負けた5時間目の休み時間、チャイムの音ではっと目を覚ました俺は、ミミズののたくっているノートを睨んでから引き出しにしまう。
次の授業はなんだったか、と時間割に目をやると、「かげやまーっ!」と教室の入り口から大声で名前が呼ばれた。
あんな大声で呼ぶ奴は一人しかいない、と入り口をギッと睨めば・・・予想通りの姿の隣に、すっげぇ怯えた顔の大野もいた。


「ポンポン、作るぞ!」

「・・・なんでここなんだよ?」

「ご、ごめん・・・日向君と、ちょうどこの教室の前で遭遇して・・・」

「特別教室まで行く時間ももったいないだろ!放課後までに10個つくんなきゃだからな!」

「・・・・・・」


つまり俺たちと合流して特別教室に移動しようとしていた大野を、この教室の前で見つけた日向が引っ張ってきたのか。
まぁここからさらに特別教室まで移動する時間が惜しいのは確かだし、特に文句は言わずに自分の机を少し後ろに下げる。
今は丁度一番後ろの席だから、こうすれば二人が机の周りで作業しても他のクラスメイトに文句は言われないだろうし。
大野が、「ごめん、置くね」と断ってから俺の机の上に持っていた荷物を広げる。
ビラビラのテープ・・・確かタフロープってやつと、はさみと、・・・軍手と、櫛?
三セットずつあるそれに、何に使うのかわからないものも混ざっていて首を傾げた。


「さぁ作るぞー!大野、どうやって作るんだ?」

「あ、はい・・・」


完全に任せきりな日向に、でもまぁそれがベストだよな、と思いながら俺も大野を見上げる。
「じゃあ・・・」とタフロープを手に取った大野は、「ちょっと机借りるね、」と言って机の幅の広いほうにそれを巻きつけ始めた。
クルクルと巻かれていく黄色いタフロープに、器用だな、と半ば感心しながら見守る。


「こうして、巻いて・・・必要な大きさになったら、真ん中で纏めて両端を切るんだ」

「おおお・・・!」


日向は普通に感動してるし。やり方覚えろよ?
小さい声で数を数えながらクルクルと机に巻いていたのはほんの1、2分。
ピタ、と机の端っこでテープを止めてそこをはさみで切ったかと思えば、机から引き抜いて輪になったそれの中心を、短く切ったテープでぎゅっと纏めて。
両端の輪になった部分をはさみでじょきじょきと切って簡単に形を整えれば、あっという間にポンポンが一つ出来上がった。


「一応、これで70周かな」

「おおお!すげええ!すぐ出来た!!!」

「・・・でも、なんかチアが振ってるやつと違うぞ」


思ったより簡単にできそうなそれに安心して、けれどどこか不恰好に見えるそれに思わず感想が口をつく。
大野が持つそれは、どこかイメージと違っていて、それが不満だった。


「なんかもっとこう・・・ふわってしてた」

「あ、うん。その仕上げは・・・ちょっと根気が要るから、後でやろうかなって」


なんとかイメージを伝えようと、ふわふわしたものを持ち上げるようにジェスチャーしてみる。
日向は首を傾げていたけど、大野はすぐわかったようで小首を傾げて困ったように笑った。
あと5分もない休み時間で、根気の要る作業は避けたい。


「わかった!じゃあまずはこの形作るぞー!」

「70周だな」


青、緑、赤とカラフルなテープを一つ手にとって、早速机の端から巻きつけた。
向かいで日向も同じように机に巻き始めて、その口から「いち、に、さん・・・」と数字が紡がれ始める。
そのとたん自分が何周巻いたか分からなくなって、慌てて日向に怒鳴った。


「日向ボゲェ!何回巻いたかわからなくなるだろうが!!」

「おおおれだってわかんなくなっちゃうんだもん!」

「頭の中で数えろ!」

「うぅ・・・」


しぶしぶ黙って巻き始めた日向と、頭をつき合わせてテープを回し続ける。
手からタフロープが離れたとき、うっかり取り落とすと全部緩みそうで・・・簡単そうにやっていた大野が想像以上に器用だったことに気づいた。
しかも、ロープを伸ばすとき、穴の中に入れてる指が摩擦で地味に熱い。
入れる指変えながらやんねぇとな・・・と考えていると、大野が「あ、」と思い出したように声を出した。


「もしよかったら、軍手使ってね」


疑問に思いつつも机の上に置かれているそれをつけてやってみると、格段に指への負担がなくなる。
なるほど、これなら指への負担が少なくなるな・・・と感心しながら42,43・・・と周回を重ねていると、大野のほうからシャッ、シャッという耳慣れない音が聞こえてきた。
そういえば大野は何やってんだ?という考えがふっと頭に浮かんでちらりと視線を横に移すと、さっき作ったポンポンを手に持って何かしている大野。
俺の机は俺と日向で占領しちまってるから、他人の机を使えるはずもない大野がポンポンを作れるとは思ってなかったけど・・・


「・・・何、やってんだ?」

「あ・・・ごめん、そっち任せちゃって・・・」


「えと、」と自分の手元を見下ろした大野につられて手元を見れば、そこには細かく裂かれたロープが。
音的に今やりはじめたばっかなのに!?と驚いていると、「分担、したほうが早いかな、って」と申し訳なさそうに言う大野。
「別に、かまわねえよ」といえば、ほっとしたように作業を再開させた。
その右手にはさっき持ってきた櫛が握られてて、ぽんぽんの縛られた根元に差し込んだかと思うと、シャッ、という音と共にその手が引かれてあっという間にふわっとしたポンポンの部分が完成する。
そのための櫛だったのか、とどんどんできていくふわっとした部分に半ば見とれていると、「影山ー手止まってんぞ!」と日向に言われて思わず舌打ちをした。
もう何周巻いたかなんてわかんねえけど、大きさ同じぐらいだし大体こんなもんでいいだろ!
大野の手順どおりにぽんぽんを仕上げれば、時計を見上げた大野が「えと、授業・・・」と控えめに休み時間の終わりを告げる。


「じゃあ部活行く前にあと7つ作るぞ!またここに集合な!」

「ボゲ。作り方わかったんだから各自で作って持っていけばいいだろうが。効率悪いんだよ」

「あ、そっか・・・って、だから何でそんなに一言余計なの!?」

「じゃ、じゃあ、僕、三つ作るから・・・二人は、二つずつ、任せていいかな・・・」

「ん〜・・・確かに、大野が一番慣れてるしな・・・じゃあおれ、終わったら手伝いにいくな!」


日向の申し出に、大野が慌てて「いっ、いいよ、だ、大丈夫だから・・・っ」と言うが、その程度で引っ込む日向じゃない。
けど、行ったところで何手伝うんだよ。
突っ込もうとして口を開いたけど、拳を握って力説する日向の言葉に思わず黙り込んだ。


「テープ裂くくらいならできる!大野一人が大変なの、おかしいだろ!仲間なんだから!」


・・・別に、仲間だからって何でもかんでも一緒にする必要はないんじゃないかって、ちょっと思う。
でも、うろたえる大野の姿を見ていたら、その考えはじわじわと後退していって。


「・・・二つぐらい、すぐ終わらせてやる。さっさと終わらせて部活行くぞ!」

「・・・!」


じわ、と目に涙を浮かべる大野に、ふん、と鼻を鳴らした。


「あ、ありが・・・」


キーンコーン・・・


「「!!!」」


鳴り始めたチャイムに慌てて道具を分けて手に持ち、それぞれの教室に走っていく二人の背中を見送ってから自分の机の位置を戻す。
手にはまったままの軍手をテープと一緒に鞄の中に入れて、さっさと終われ、と入ってきたばかりの担任に念を飛ばした。


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