縁下先輩も男の子ですから


インターハイ予選、前日。
昨日のことで#fa,mily#に絡みにいこうとする田中と西谷を何とかかんとか引き止めつつ、一日の練習が終わる。
明日からが本番ということもあって、基礎練のあとはレギュラーを中心とした試合形式の練習だった。
とはいっても、俺たちとレギュラーとじゃ試合にならないから、少し変則的に。
大野が打ったサーブを繋げて、まともに攻撃できたらレギュラー勢に1点。サービスエースや、チャンスボールで返したら、大野率いる俺たちのチームに1点。
そんな変則バレーで一応大野チームとしてブロックを飛び続けた俺は、「集合ー!」と声が掛かるころにはもう上手く走れないくらい足がパンパンだった。
これ絶対、明日筋肉痛だよ・・・
「だ、大丈夫ですか・・・?」とまたオロオロしてる大野に「大丈夫大丈夫」と笑顔を見せて、最後だ、と気合を入れてしゃんと走る。
これでまたヘロヘロ走ってたら、大野絶対サービスエース獲れなかった自分が悪いって気にするだろうしな。
とりあえず、未だに大野をアレな顔で見る二人から、大野を隠すように三人の間に立った。
視線に気付かないわけない大野は始終泣きそうだし、あいつらも、せっかく心開きかけてた大野が見事に引っ込んだことに気付いてないのか・・・?
いや、まぁ確かに、清水先輩とあの後何してたんだって、気にならないわけじゃないけど。全く。
コーチの「今日はゆっくり休めよ」という注意を受けながら微妙に余計なことを考えつつ、「ハイ!」と掛け声を合わせる。


「よし!じゃあこれで―――」

「あっちょっと待って!もう一ついいかな?」


主将の掛け声で部活が終わろうとした瞬間、武田先生が待ったをかけた。
珍しい光景に振り返れば、その手がさらにその後ろを示していることに気づいて視線を移動させる。
・・・さらに珍しい光景にめぐり合えた。


「清水さんから!」

「「!!!」」

「・・・・・・激励とか・・・そういうの・・・得意じゃないので・・・」


目に見えて興奮し出した二人を尻目に言葉の続きを待てば、体育館の隅に置かれていた紙袋のところに向かう清水先輩。
何だ?と首を傾げつつ動向を見守っていれば、ふい、とこっちを振り返った先輩が。


「大野、お願い」

「はいっ」

「「!!!」」

「コラッ!」


清水先輩が、自分から人に頼んだ。
大野が尻尾が見えるくらい自然に走っていった。
そんなめちゃくちゃに驚いていいような事態があったのに、それに浸る間もなく酷い顔をした田中と西谷を抑える羽目になった俺を誰か慰めてほしい。
袋から取り出した黒い布の塊を肩に担いだ大野がギャラリーのはしごを「っしょ、・・・っしょ、」と小さく言いながら登っていって、それに清水先輩が続く。


「何だ・・・?はっ!まさか・・・!!」

「こっ、婚約発表・・・!?」

「バカ!そんなわけないだろ!!」


やけにぶっ飛んだ二人の脳内では、大野と清水先輩が並んで「私たち、結婚しま〜す!」と微笑んでいる姿が見えているんだろうか。
仮にそういう状況だったとしてもあの二人の性格からして絶対にないだろ!!
自分たちの妄想にショックを受けている二人が「そ、そんな・・・!」とか言ってる間にも、俺たちの目の前のギャラリーまで来た二人が何やら作業を続ける。
かなり大きいらしい黒い布を広げて、どうやら向きを確認しているらしい。
大野が満足げに清水先輩に笑顔を見せているのが見えて、ちょっと二人に影響されてよからぬ想像が膨らんでしまった。
・・・まさか、な。
あの布に“結婚します”って書いてあるとか・・・そんなまさか。
ちょっとドキドキしながら動向を見守っていると、いつの間にかギャラリーに上がっていた武田先生が「大野君、」と声をかけた。
振り返って不思議そうな顔をする大野に、大人の笑みで応える。


「ありがとう。君も下に降りて皆のところに行きなさい」

「え?・・・で、でも・・・」


戸惑う大野は足元にある黒い布を見たり、清水先輩を見たり、と視線をうろつかせる。
まるで武田先生に任せて良いのか、と戸惑っているような様子に、もう一度「大野君、」と名前が呼ばれた。
大野の視線を引きつけた武田先生は、いつもの気弱そうだったり、優しそうだったりする武田先生じゃなく、教師としての顔で。


「これは気持ちの問題ですよ。君も選手の一人です。コートに立つ者の一人として、チームメイトと同じ場所にいて下さい」

「・・・は、はいっ・・・!」


嬉しそうに返事をした大野が、駆け足で俺たちのところまで戻ってくる。
けれどあと数mというところで田中と西谷が大野を音が付きそうな勢いで睨み、それに驚いた大野はビタリと足を止めた。


「!?・・・!?」

「あぁっ待って大野!」


慌ててギャラリーに戻ろうとする大野を呼び止めて、清水先輩が大好きすぎる二人の耳をギリリと引っ張る。
「いててっ痛えよ力!」「ギブギブ!!」と五月蝿い二人をぽいと後ろに投げ捨てて、大野に苦笑を向けた。


「大野、こいつらのことは気にしなくて良いから」

「・・・・・・」


返事・・・は、したんだろうけども。
ほとんど口をもぞりとさせただけで半泣きで月島の影に隠れる大野に、あーなんか俺も一緒に怖がられてる気がする・・・とそんな役回りを恨んだ。


「いくよー?せーのっ」


上から聞こえてくる武田先生の声に慌ててギャラリーを見上げれば、バサリと靡く黒い布。
ふわりとフェンスを隠したそれが横断幕だと気付いて、思わず感嘆の声を上げた。


「こんなのあったんだ・・・!」

「掃除してたら見つけたから、大野ときれいにした」

「うおおお!!燃えて来たァァ!!」

「さすが潔子さん良い仕事するっス!!」


さっきまで大野を睨んでいたことも忘れたかのようにテンションを上げる二人に呆れながらも、それについていけるくらい気持ちが高ぶってきたのを感じる。
去年は見なかったそれに強く背中を押されている気がするのは、きっと俺だけじゃないだろう。


「「よっしゃああ!!じゃあ気合い入れてー」」

「まだだっ」


二人の掛け声に合わせて声を張り上げるつもりで息を吸い込んだのに、主将からのストップがかかって息のやり場をなくす。
振り返れば、緊張したような顔の主将が上を見上げていた。


「多分・・・まだ終わってない」


その言葉に、軽く首をかしげながらもう一度、上を見上げる。


「・・・が・・・・・・・、・・・がんばれ」


投下された爆弾に、第二体育館が感涙の渦に巻き込まれるのは・・・この直後。










何とか事態が収まって、掃除や片付けの終わった体育館の電気を消す。
ガコン、と灯りの落ちた体育館から早速重くなり始めている足を引きずって出口に向かうと、不意に壁の向こうから「大野・・・」と田中の声が聞こえてきた。
やばい・・・絡まれてる・・・!?
せっかくここまで何とかなったのに!と出口に急ぐも、悲鳴を上げる足は思うように動いてくれない。
えええ!?もう筋肉痛とか、若すぎるでしょ俺の体!!


「・・・お前、この前潔子さんと帰ったのは・・・」

「アレ、やってたのか・・・?」


引き継ぐように西谷の声も聞こえてきて、さらに焦る。
いや、別にあいつらが大野に対して暴力をふるうとか、そんなことは心配してないんだけど!
つついたら折れる大野が頭ごなしに怒鳴られて、明日普通に試合に出れると思えない!!


「ぁ・・・っ・・・ぅ・・・は・・・は、はい・・・」


案の定泣きそうな大野のか細い声が聞こえてきて、頼むからそれ以上つつくな・・・!と念じる。
薄情かもしれないけど、とりあえずインターハイが終わるまではそっとしておいてやってくれよ!!


「っひ・・・!!!」


大野の引きつったような声に、ようやくたどり着いた出口から慌てて顔を出してそちらを見る。
田中の左手と西谷の右手が、それぞれ大野の両肩に乗っていて、そのまま頭突きを食らわせそうな体勢に運動靴のまま体育館の外に一歩踏み出した。


「ちょっ・・・!!」

「「よくやった!」」

「ごめんなさ・・・っ!!・・・ぇ・・・?」


ぶわっと泣き出した大野が、きょとんと表情を間抜けに変える。
出たと思ったら一瞬で止まった涙も、頬を濡らしたまま行き場をなくしたようだった。
そんな呆然とした様子を気にもしない二人は、バンバンと大野の肩を叩く。


「すげーじゃねえか!上級生も知らなかった横断幕見つけ出すとかよ!!」

「お陰で潔子さんからあんなすばらしい言葉をもらうことができた!!感謝してるぜー大野!!」

「えっ・・・い、いえ・・・っ!お、横断幕見つけた、のは・・・清水先輩で・・・」


後ろからで表情は見えないけど、声からするに満面の笑みなんだろう、あの二人は。
それの正面の大野は、勢いよく叩かれる肩に言葉を詰まらせながら、やっぱり戸惑ったようになんとか言葉を紡いでいた。
けど、怒っていないことは通じたんだろう、大野の表情がほっとしたように緩んでいくのが暗がりの中でも見えた。


「・・・だが、一つ聞きたいことがある」

「・・・はっ、は、い・・・」


ピタリと肩を叩くのを止めたかと思えば、急に神妙な顔になって腕を組む西谷。
それにあわせるように田中も同じようなポーズをして、大野もつられるように姿勢を正した。
雲行きが怪しくなってきた様子に、少し急いで靴を履き替え、三人の元に向かう。
近づくにつれ大野の顔色の悪さがわかってきて、涙と血流はあんな自由に動くものなんだなと思わず少し感心した。


「直しは・・・き、きよ・・・潔子さんのお宅でやったのか・・・?」

「は、はい・・・先輩の家のほうが近いから、って・・・」

「俺からもひとぉつ!!!」

「はいぃ・・・!!」


勢いよく引き継ぐ田中の声に、止まったはずの涙がまたじわりと目に浮かぶ。
話の流れが分かると急いで向かうのもバカらしくなってきて、外灯に照らされる大野の目、綺麗だなぁとか考えながら三人の元へたどり着いた。


「きよ・・・っ、潔子さんの!お部屋の!かかか香りはァ!いかがでしたかゴルァ!!」

「・・・田中、それ変態みたいだぞ」

「か、香り・・・?」

「大野、答えなくていいからな」


悩み出す大野の耳に、俺の言葉はきっと届いてない。
正直男として全く気にならないといったら嘘になるから、とりあえずそれ以上止めるのはやめてそっと見守った。


「え、えと・・・せ、線香・・・」

「「「線香!?」」」


けど、その思わぬ回答に三人揃って驚きの声を上げてしまった。
思わず二人と顔を見合わせる。


「線香って、仏壇のあれか?潔子さん、部屋で焚いてるのか?」

「バカだな、龍。あれだよホラ、お香?ってやつだ!」

「なるほど!さすがノヤっさんだぜ!!しかし、お香かぁ・・・!さすが潔子さん、高貴な香りが部屋に・・・!」


あ、オチが見えたぞ。
勝手に想像を膨らませてフィーバーする二人からそそそと離れて、戸惑う大野にそっと耳打ちする。


「・・・大野、その作業したのって、・・・仏間?」

「ぁ、・・・は、はい」


困ったように返事をする大野は、盛り上がってしまった二人にオロオロと手を彷徨わせる。


「・・・面倒だからほっとこう」


これ以上大野に余計な労力を使わせるのが申し訳なくて、「で、でも・・・」と困った顔をする大野の腕を引いて岐路に着いた。
若干昨日までよりも距離のある感覚に、そういえば俺もなんか怯えられてたっけ、と話題を探して。
そういえば、まだ言ってなかったことに気付いた。


「・・・ありがとな、横断幕」

「いっ・・・いえ、余計な真似を・・・」

「そうじゃないよ!本当、嬉しかったから」


菅原先輩まで「こんなのあったんだ、」と言っていた横断幕。
もしかしたら、あることすら知らずに卒業していってたかもしれない。
見つけてくれた。直してくれた。背中を押してくれた。
全てをこめてもう一度「ありがとう、」と言えば、大野は「ぅ・・・は、はい・・・」と照れくさそうに口元を隠してそっぽを向いた。
明日からのインターハイ予選。俺は、出られないかもしれないけど。
ウチはもう、弱小校じゃないんだって、県内に知らしめてやってくれ。


「明日から、よろしくな」


俯いて小さくはい、と言う大野の背中に、ポン、と手を置いて軽く押す。
比喩の意味に繋がれば、と。そう、願う。


=〇=〇=〇=〇=〇=
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