東峰先輩はカッコイイ


そしてとうとう、インターハイ予選が始まった。
会場となる仙台市体育館のロビーでは、たくさんの高校生たちが準備体操をしたり固まって話し合いをしていたりと、空間自体がざわついているように感じる。
ロビーに入って早々にあちこちから謂れのない噂をささやかれて、さらに伊達高ともエンカウントしちゃって・・・
しょっぱなからついてないなぁ・・・と重いため息を付きながらユニフォームに着替えていると、手早く着替えた大野が俺の着替えが終わるのを見計らって声をかけてきた。


「せっ・・・あ、東峰せっ・・・先輩・・・!」

「ん?何?」

「あっ・・・あのっ・・・!」


上手く言葉が出てこないのか、そわそわと落ち着きなく視線を移動させる大野。
その姿が一瞬大地に怒られるかも、と怯えながら言おうかどうしようか迷ってるときの自分と被って、首だけで振り向いていたのを身体ごと大野に向けた。
大地曰く“へなちょこ同士”としては、できるだけ話しやすい先輩でいてあげたいんだけど・・・
下手なことを言ったら逆に引っ込んでしまいそうで、できるだけ威圧的にならないように少しだけ笑みを作った。


「どうした?」

「・・・か、・・・っかっこよかった、です・・・!さっき・・・!」

「・・・え?」


お、話してくれた、と思ったのもつかの間。
言われた内容に、目が点になった。
え、俺、かっこよかったって言われた?さっきっていつのこと?
どう反応していいかわからず固まっていると、大野は慌てて説明を加えた。


「あ・・・あんなふうに、指、突きつけられて、・・・ちゃんと、応戦して・・・!」

「いや、応戦って・・・」

「す、すみません・・・」

「いや、別に謝らなくても・・・」


どうやらさっきの伊達高とのエンカウントを言っているみたいだということはわかったけど、俺は大野が尊敬するようなことは何もできていない。
年下のやつに指突きつけられただけで一瞬心臓が跳ねて、鉄壁がフラッシュバックした。
ただそれに折れそうになったとき、被せるようにスガと西谷の笑顔が浮かんできて。
それに背中を押されて、顔を上げ続けただけだ。
だから俺がすごいわけじゃなくて・・・と説明しようとしたら、大野の向こうでスガがこっちを見てることに気づいた。
その顔はすごくめんどくさそうにしかめられていて、「じれったいなぁ、もう!」という声が聞こえてきそうだ。
凄みのあるそれにう・・・と圧されて、もう一度自分が言おうとしていたことを振り返る。
・・・大野に俺はすごくないって説明しても、「でも、」って絶対納得しなさそうだな・・・


「・・・後ろに皆がいるって思うと、背中、支えてもらってるみたいに思えたから」

「・・・!」


選んだ言葉はどうやら正解だったようで、大野の目がキラキラと輝く。
口に出すには照れくさい部分もあったけど、これだってあのとき確かに思ったことだ。
俺が烏野のエース。俺が、点を稼ぐ。
けど、エースだって、一人じゃボールは繋げない。
味方がサーブを打てば、相手のアタックをまずはブロック。
安定したレシーブ、打ちやすいトス、それからようやく、アタックだ。


「よろしくな」

「・・・っ!!」


コクコク、と一生懸命頷く大野に今度は自然に笑いかけて、ほのぼのとした空気を作る。
試合前とは思えないちょっとしたリラックスタイムに気が抜けかけたとき、不意に「むひゃうるいだっ!!」という日向の声が聞こえてきて二人そろって軽く肩を跳ねさせた。
なんだ?と振り返れば、どうやら緊張しているらしい日向。
田中と西谷が緊張を紛らわせようとしているのかからかってるのか・・・日向を囲んで笑ってるけど、あそこにいるのが大野だったら絶対さらに萎縮してるよな・・・
ちら、と表情を盗み見れば、日向を心配そうに見ながら若干挙動不審な大野。
助けようか、でも自分が行っても・・・ってやつだろ・・・。わかる、わかるぞ大野・・・!


「同じ小心者でも、旭とか大野はあんま緊張しないよなー」

「・・・小心者とか・・・」


不意にスガが話を振ってきて、否定しきれないそれに若干傷つく。
でも実際、日向が相当参ってるのも事実みたいだし・・・ちょっとくらい、先輩風吹かせてもかまわない、かな?


「緊張を紛らわすコツがあるんだよ。今まで最凶に恐かったことを思い出すんだ。それが恐ければ恐い程、「これから起こることがそれより恐いハズがない平気!」ってなるから」


普段から自分が試合前の精神統一にやっている方法を伝えれば、どうやら“最凶に恐かったこと”を思い出そうとしているらしく、首をひねりだす日向。
少しの間そうしていたけど、どうやら何か思い当たったのか、「あっ。もう大丈夫です」と言った日向の表情はどこか菩薩のように見えた。
・・・もしかして、トラウマ掘り返させちゃった・・・?
悪いことしたかな、とちょっと焦っていると、そんなことはお構いなしとばかりに日向はくるりと大野に向きを変えた。


「そんで、大野は?」

「えっ・・・」

「サーブ打つときとか、緊張するだろー」

「特にお前の場合、それで失敗したら入れる意味なくなるしな」

「影山っ!!お前はどうしてそう・・・!」

「?」


影山、何で怒られてるのかわかってない、いや、あれは怒られてること自体分かってないな・・・
余計な一言をスガが咎めるも、首を捻る影山にはまるで効き目がない。
でも幸運なことに、日向の質問に答えるためか一生懸命頭を捻っていた大野には届いていないようだった。
そして答えが纏ったのか、けれど首を捻りながら自信なさげに言葉を紡ぐ。


「さ、サーブは・・・8秒、あるから・・・」

「8秒?」

「審判の笛が鳴ってから、サーブは8秒以内に打たなきゃならないんだよ」

「へーっそうなんですか!?すぐ打たなきゃなんないかと思ってました!」


驚く日向に、確かに普通に打つだけならそこまで気にしないルールだよな、と自分も“そういえばそうだっけ”と思い出しながら考える。
確かに、一瞬の判断を要求されるラリー中と違って、サーブはそこまで急かされるわけでもない。
集中するために必要な時間は十分なのかもしれない、けど。


「でも、別に大野も8秒目一杯使ってるわけじゃないよな?」

「ぇ、と・・・そ、そ、・・・そうなん、です、けど・・・」


困ったように眉をはの字にする様子に、言いにくいことだったかな?と首を傾げる。
どうしよう、他の話題にしようかな、と周囲に意識を向けると、ざわざわとしたロビーの中で、この一帯だけが少し静かなことに気づいた。
少し驚いて周りを見れば、会話に参加しているメンツだけじゃなくて、山口や縁下まで大野を見ている。
・・・え、大野めっちゃ耳傍立てられてる・・・?
唯一そっぽを向いてる月島も、ボトルを持った手が止まっていて、聞き耳を立ててるのはバレバレだ。
・・・これは、大野そのまま俯いてたほうがいいと思うぞ・・・


「へ、変に思われる、と思います、けど・・・」

「思わないよ、絶対」

「・・・ボールだけ、見るんです」


思わず自分が言ってほしいだろう言葉を返せば、少し驚いて見上げてきた大野はほっとしたように表情を緩める。
そして続いた言葉に、“思わない”と言ったにも関わらず少し首を傾げてしまった。


「世界は僕と、ボールと、コートだけ・・・って。相手の実力とか、どこを狙うとか・・・そういうのは、1本目を打ち終わってから考えます」


「ご、ごめんなさい・・・コートの中では役に立たない、感じで・・・」と俯く大野に、日向が「そんなことねえよ!」と勢いよく返す。


「おれサーブのときすんげえ緊張するから、助かる!!」

「俺はボール以外も見てるぞ。特に日向にトスするときはコートの中全部把握しとかなきゃならないからな」

「うるせえ!これからもいいトス上げろよ!」

「何で上から目線なんだよ!」


何故か言い争いを始めた一年コンビを「まぁまぁ」と諌めながら、さっきの大野の言葉を考えてみる。
1本目を打ち終わってから考えるって言ってたけど、多分大野だって何も考えずに打ってるわけじゃない。
きっと経験的にどこが“穴”なのか、なんとなく捉えてから打つんだろう。
じゃなきゃ、1本目からサービスエースが取れるわけないし。
でも、それが出来るのって、深く考えなくてもすごいサーブが打てるから・・・じゃないのかな。
人それぞれ集中の方法はあるだろうから、大野の方法が悪いってワケじゃないけど。
何も考えずに打ったら盛大にフカしてしまう俺には、ちょっと向いてないかもなぁ、と少し考えた。


「・・・よし、準備いいか?」


コーチのところに行っていた大地が戻ってきて、騒がしさの戻っていた仲間たちに声をかける。


「第一試合だ。そろそろアップとるぞ」


その言葉に腰を上げて、「オス」と全員で声をそろえた。

―――まずは第一試合。
絶対に、勝つ!!


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