山口君も勉強は得意じゃない


インターハイ予選が、終わった。
けれど一息つく暇もなく、次の大会・・・春高に向けた練習を積み重ねる毎日。
武田先生が東京遠征の話をもってきた数日後に、その事実は発覚した。


「勉強をォォォオ!!!教えて下さいゴラァァア!!!」

「わあ!!?」


赤点を出したら東京遠征に行けない。だから勉強を教えてくれ。

影山と日向がツッキーに頼みごとをするっていう珍しい光景を大野と眺めていると、他人事のようにしていたのが気に障ったのかツッキーがじろりとこっちを睨んできた。
結局場を収めるために勉強を教えることを了承した、って感じだから、まだ納得はしてないみたいだ。
笑って誤魔化していると、ツッキーは俺の隣に視線を動かした。


「・・・ていうか、何で僕なわけ??大野っていう選択肢はなかったの??」

「えっ」

「大野?お前頭いいのか?」

「いやっ」

「一応5組(進学クラス)なんだから、できるはずだけど・・・」

「そんっ!?」


まともな言葉になってないそれに合わせるように、手と頭を思い切り横に振る大野。
けど、ツッキーからの情報でそれはさらに加速した。


「全国模試の結果で、廊下に名前載ってなかったっけ?」

「「「マジ!?」」」

「ひっ・・・!?た、たまたまっ、だよ・・・!!」


思わぬ事実に三人で詰め寄ると、大野は泣きそうな様子で謙遜する。
けど否定はしないってことは、名前が載ってたのは事実みたいだ。
でもそれが本当なら、たまたまでも何でも十分頭いいってことじゃんか!
同じように考えたのか、日向がぱあっと表情を明るくさせる。
それと対照的にずん、と暗くなっていく大野の表情が、暗がりの中でも分かった。


「月島より大野の方がいい!大野、勉強教えてくれ!・・・さい!」

「むっ、ムリムリムリ・・・!ぼ、僕なんとなくで解いてるだけ、だから・・・!教えるのとか、向いてない・・・!!」

「英語や現文はそうかもしれないけど、数学とかなら解き方あるし、教えられるんじゃないの」


僕だけ被害被るとか、嫌だよ。
副音声のように聞こえてくる呟きが、大野の横顔に突き刺さる。
ツッキーは教えることになったのに、と考えるとこれ以上断ることもできないのか、「う、うぅ・・・」と唸りながら俯いてしまった。
そんな大野に畳み掛けるように、日向がパン!と手を合わせる。


「大野、頼む!東京の強豪と戦えないとか死ぬまで後悔する!!」

「そ、そんなに・・・っ!?」

「大げさな・・・」

「でも日向の場合、実際ありそう」


ため息をつくツッキーにそう言って笑えば、「どうせもって三年デショ、鳥頭だし」とクールに流される。
一生とまでは言わずとも後悔が三年続くって、結構重度だと思うけどなあ。
日向が「ほら影山も!」と促せば、「・・・頼む・・・ます・・・」と仏頂面で頭を軽く下げる影山。
さっきツッキーに勢いで頼んだのよりも誠意がこもってるように見えるのは、多分俺だけじゃないと思う。
オロオロと手を彷徨わせていた大野は、その手をだらんと下げると諦めたように肩を落とした。


「・・・揃って行けないの、僕も嫌だし・・・・・・、・・・どこまで力になれるか、わかんないけど・・・」


数学だけなら、多分・・・と自信なさ気ながらも折れる大野。
ぱっと顔を上げた日向と影山は「ホントか!?」と詰め寄って、勢いに負けた大野がコクコクと頷くと「やったー!」とまた近所迷惑になりそうな声で叫んだ。


「ぶ、部活前後が月島君なら、ぼ、僕は昼休み・・・とか?」

「お願いします!ありがとな!!」


坂ノ下商店のドアをちらちらと見ながら時間を指定する大野に笑顔を見せる日向と、ペコ、と頭を下げる影山。
大野ってこっちの二人とも仲いいんだな、と少し意外に思っていると、「もういいデショ、さっさと帰るよ」と言い捨てたツッキーがすたすたと先を歩き始めた。
慌てて「待ってよツッキー!」と追いかけながら、「じゃあまた明日なー!」と日向が手を振ってきたのに上半身だけ振り返って返す。
大野も二人に手を振っているのが見えて、ちょっとだけ優越感みたいなのが胸の中に湧いた。
なんか子どもっぽい気がするから、絶対に言わないけどさ。
スタスタと長い足を存分に使うツッキーに二人して小走り気味でついていっていれば、日向と影山から十分離れた辺りでその歩みはいつもの速さに戻る。
表情は見えなくても機嫌が普段どおりに戻ったことを感じて、さっきから気になっていたことを軽く振り返りながら大野に振ってみた。


「でもすごいなー。模試で廊下に名前張り出されるのって、学年上位50人くらいじゃなかった?」

「ほっ、ほんとにたまたまで・・・!丁度勉強してた範囲が出たから・・・!」

「そのわりに定期テストのほうでは名前出ないよね」

「み、皆頑張るから・・・」


ツッキーが何気に大野の名前をチェックしてることは、突っ込まないほうがよさそうかな。
ツッキーも頭いいし、模試の結果で大野の名前を見つけて、定期テストのほうでも探してみたって感じなのかな?
のらりくらりと追求を逃れようとしているように見える大野の様子を、ツッキーがじっと見つめる。
キラリと光るツッキーの眼鏡に、大野はもうたじたじだ。
・・・なんか、部活のときより汗かいてない?
俺がそんなことを考えている間にツッキーは何か納得できる答えを見つけたのか、「・・・ふーん」と何かを納得したように、でも興味なさそうに目を逸らした。


「大野の勉強方法って、効率悪そう」

「・・・う゛っ・・・」

「?なんでそう思うの?」


意外な結論に、首を傾げてツッキーを見上げる。
俺だって低くはないのに、それでも見上げなきゃいけないツッキーはほんとかっこいいな!
それで頭もいいツッキーは、「模試みたいな実力テストで上位なのに、定期テストはそうでもないってことは、要は周りの得点率が変わってるってことデショ」と探偵みたいに推理してみせた。


「定期テストってテスト範囲出るよね。大野はそれ無視してるんじゃないの?」

「え!?」

「む、無視とまでは・・・お、応用問題とか、は・・・基礎もちゃんとないと、わかんないから・・・」

「うわー・・・それは確かに効率悪いかも」

「う゛ぇ・・・っ、ご、ごめんん・・・」

「いや、俺に謝られても!」


思わず本音が漏れれば、元々半歩くらい後ろにいたのがさらに遠ざかる。
慌てて振り返ってフォローすれば、合わせて止まってくれたツッキーが仕方ないとばかりにため息をついたのが聞こえた。


「・・・とりあえず今回は、テスト範囲中心に教えてあげなよ。簡単に点が取れそうな部分で稼がないと、あの調子だとほんとにあの二人抜きで東京遠征だよ」


「僕はそのほうがいいけど、静かだし」と遠慮なくぼやくツッキーは、多分結構本気でそう思ってる。
でも、大野の頭には“あの二人抜きで東京遠征”が強く引っかかったのか、責任を感じたようでピッ、と針金を入れたみたいに身体を伸ばしていた。


「う・・・が、頑張る・・・!」

「余裕あったら俺にも教えてー」


ちゃっかり自分も挙手すれば、耐性がついたのか「僕でよければ、」と少しだけ困ったように微笑む大野。
別に、教えるのが嫌とか、そういうわけではないんだろうなぁってのと。
大野だって、頼られれば嬉しいんだってのが、なんとなく分かった。


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