菅原先輩による情報収集


「あの!ちょっといいかな!」


放課後の部活が始まって少ししたとき。
珍しくまだ姿を見せていなかった清水が、滅多に聞かない注目を集めるような声を出した。
何だ?とストレッチの手を止めて入り口を振り返れば、清水がこれまた珍しく制服姿で立っている。
その、後ろに。
清水の顎ほどまでしかない身長。
肩ほどまでの染められた髪は、けれどチャラい印象は受けないお洒落な色で。
その見たことのない女の子は、どこか警戒するように両手を構えていて、明らかに緊張しまくっているようだった。


「!!新しい人見つかったんスね!!」


誰かの知り合い?と首をかしげる俺達をよそに、日向は何か思い当たったようで嬉しそうに駆け寄っていく。
それに付いていくように全員で入り口の傍に集まれば、清水は後ろの女の子を紹介するために一歩横にずれた。


「新しいマネージャーとして、仮入部の・・・」

「やっ谷地仁花です!!!」


自分でしっかりと名乗った女の子・・・えーと、谷地さんは、少し前かがみだった身体をぴしりと伸ばす。
気持ちいい挨拶に第一印象いいなぁと思いながら見守っていると、ふと視界の端で大野が挙動不審気味に立ち位置を変えているのが見えた。


「・・・?」

「1年生?」

「ぅひ!?いっち1年5組であります!!」


ちら、と大野に視線をやれば、その間に旭が谷地さんに近づいてて、思わずと言った感じに上がった悲鳴にあれ?こっち?ともう一度谷地さんに視線を戻す。
声の高さも質も全然違うのに、なんかこう、悲鳴の感じが大野そっくりで・・・って、あれ?


「そういえば、5組って確か・・・」

「!」


今度こそ首を大野に向ければ、視線に気付いたのか大野が目を泳がせてそっと逸らす。
どうやら月島を壁にしているらしかったけど、月島は俺の視線に気付くと面倒ごとを避けるようにすっと横に一歩移動した。
突然壁のなくなった大野は驚いて顔を上げて、それが谷地さんの目に映って。


「あっ・・・大野君!?」

「・・・ど、どうも・・・」


あ、やっぱりクラスメイトだったんだ。
おどおどとしながらもぺこりと頭を下げる大野に、ほぼ全員の視線が集まる。
それに気付いた大野は顔を硬くして視線を下げたけど、気付かなかった谷地さんは知り合いがいて安心したのかほっとしたように少しだけ肩の力を抜いた。


「バレー部だったんだ・・・!」

「う、うん・・・谷地さんは入ってなかったんだね、部活・・・」

「また大野か・・・!」

「解せぬ・・・!大野のやつ、後から入ってきた人と知り合いなこと多くないか・・・!」

「たまたまだろ。っていうか歯軋りヤメロ」


人の後ろでよく分からない言いがかりをつけている二人を諌めて、困ったように微笑む大野の表情を盗み見る。
慣れてるようには見えないし、本当にただのクラスメイトっぽいなー。
というか。


「良かったなあ!これで来年もマネージャー居るなぁ」

「ハイ!」

「あぅ・・・おぅ・・・」

「ま、まだ“仮”だから・・・!」


初対面でアレだけど・・・この二人、ある意味似たもの同士っぽいよな。
早合点する旭と日向に上手く否定の言葉を言えないところとか、おどおどしっぱなしのところとか。
二人の会話とか、ちょっと見てみたいかも、とこっそりと笑う。
ろくに話が進まなくて、お互い謝りっぱなしとか・・・


『あ、ごめん、その・・・』

『はいっ!?なんでしょう!』

『えっ・・・!?あ、いや、ごめ・・・!』

『あっ、ご、ごめんなさいいい!!!』

「・・・・・・・・・」


笑おうと思ったのに、本当にありそうだなと思うとちょっと笑えなかった。
その会話、誰が収集つけるんだよ。


「あと今日は私が突然お願いして、急遽委員会の仕事の前に来て貰ったから・・・今日は顔見せだけ!」

「よ、宜しくお願いシャス・・・!」

「「「シアース!!」」」

「慣れるまでは取り囲んでの挨拶止めて!」


普段どおりに挨拶したら、清水に怒られた。
・・・どうやら大野は、頭を下げただけで声は出していないみたいだった。










谷地さんが帰って、いつも通りの練習が始まる。
けど部員のほとんどが妙に大野を見てそわそわしているのは、いつも通りじゃなかった。
多分皆、聞きたいことは似たようなもんなんだろう。
谷地さんって子はどんな子なんだとか、マネになってくれそうかとか。
部活中私語禁止とかそういうわけじゃないけど、大野に話しかけるのはサーブの時間、というのが暗黙の了解みたいになっていて。


「・・・なあ、大野」


その少ないチャンスを勝ち取ったのは、我らがキャプテン、大地だった。
まぁ大地なら変なことは聞かないだろう。
そ知らぬ顔でサーブ練をしながら、耳を傾けてみることにした。
普段部活中は率先して声出しをしているから、私語とかあまりしない大地が話しかけてきたことに、多分事務連絡だと思ったんだろう。
「?はい・・・?」と緊張しながらも怯えてはいない様子に、ちょっと役得だよな、と羨ましく思う。
俺が話しかけるとなんだろう、って未だに怯えた顔するもんなー。
そんな俺のちょっとした不満をよそに、大地は首をかしげながら大野に問いかけた。


「谷地さんってどんな子だ?挨拶のときの反応からして、ちょっと大人しい感じの子に思えたけど」

「えっ・・・!あっご、ごめんなさい、さぼって・・・!」

「は?」


いきなり躓いた会話に、こっちも会話の流れがわからなくて首を傾げる。
大地から話しかけたんだから、大野がサーブ練サボってることにはならないと思うんだけど・・・
様子は見えないけど、多分大地も首をかしげているんだろう。
焦った大野がオロオロしながら弁解するのが聞こえてきた。


「あ、あんまり大きい声だと驚くかなって・・・!ぼく、僕程度の声じゃ、大した意味、ないんです、けど・・・!」


やっぱり何のことだ?と疑問符を飛ばしながらサーブを一本打って、それからようやくさっき谷地さんに挨拶したときのことか、と合点がいく。
確かに挨拶のときに声を出していないのは、サボりに当たるかもしれないけど。
でも、全員が腹から声を出している中で本人の言うように大野の小さな声を聞き分けるのは結構難しく、大野に注意を向けていた俺だから言わなかったことがわかったんじゃないかとちょっと思う。
案の定「何のことかよくわからんが・・・」と困ったように頭をかく大地に、大野はさらに焦るし。
悪循環し始めた会話に、助け舟を出してみることにした。


「大野は谷地さんとクラスで話したりするの?」

「えっ・・・!?・・・や・・・ほとんど初めて話しました・・・」

「そうなのか?・・・まぁ二人共小・・・大人しいタイプだもんな」


大地、お前今「小心者だもんな」って言おうとしただろ。
軽く睨みつけてやれば、「スマン、」と軽く気まずそうな表情を見せてくる。
気をつけろよ、という意味を込めてため息をつけば、何か勘違いしたのか大野が「ご、ごめんなさい・・・」と眉をはの字にして謝った。


「いい子だと、思います・・・僕が消しゴム落としたとき、拾ってくれたし・・・」

「ささやかだな」


小学生向けの少女マンガみたいなことしてる大野にちょっとだけ笑って、とりあえず俺はサーブ練に戻る。
それにつられるように大地も「わかった、ありがとな」と軽く手を上げて話を終わらせ、「はい、すみません・・・」と頭を下げた大野と一緒に手に持っていたボールを打つ。
結局谷地さんのことは全然わからなかったけど、まぁ別にどうしても知りたいってことじゃなかったし。
もし入部してくれるなら、本人と話して知っていけばいいことだし。
とりあえず今は、三年間付き合っていくことになる一年生たちとマネ候補が上手く馴染めますように、と願っておくことにした。


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