谷地さんとは似たもの同士


ば・・・バレー部に、顔を出してしまった・・・
清水先輩(あんな美人のお名前を知ってしまった!)に勧誘されて、断れずバレー部にすごい挨拶をいただいてきた翌日。
普段よりドキドキしながら教室に入り、窓際の自分の席に鞄を置いて、ちら、と隣の席に視線を送る。
予想通りではあったけど、その席の主人はまだ来ていないようで、どこかぽつんと机と椅子だけがあった。

大野圭吾君。

鞄から教科書やノートを机に移しながら、昨日体育館で見慣れない黒いジャージに身を包んだ大野君の姿を思い出す。
・・・隣の席の大野君は、教室に来るのはいつもわりと時間ギリギリで。
でも、時間ギリギリの理由が朝練だと知ったのは、昨日が初めてで。
勝手に「朝弱いのかな?」とか決め付けていた自分を、穴に埋めたい気分でため息をついた。


「谷地、さん」

「ぅひぃっ!?」

「!?ぁっ、ご、ごめん・・・!」

「えっあっ大野君!?こ、こちらこそごめん!」


突然掛けられた声に驚いて奇声を上げれば、そこには今の今まで考えていた人の姿。
考えていた人物が自分に声をかけてきたことと、いつもより早い登場に「あっ、えっ!?」とパニックになって手をパタパタと動かしてしまう。
大野君も私がそんな風に驚くと思っていなかったのか「ごめん、」と何度も謝ってくれて、それを聞いているうちになんだかこっちが落ち着いてきてしまった。
ふぅ、と一つ息を吐いて、気持ちを切り替える。
まだ申し訳なさそうに見てくる大野君を見上げて、こっちも申し訳なく思いながら首をかしげた。


「ご、ごめんねっえっと、何だった?」

「あ、ご、ごめん・・・昨日は、どうもって・・・言うだけのつもりだったんだけど・・・」

「!!」


ナンテコッタ!
軽く声かけてくれただけだったのに、私が無駄に驚いたばっかりに・・・!
せっかく朝練早く終わってこれたのに、貴重な朝の時間を私のせいで!?


「ご、ごめんなさいいいい!!!」

「いっいやっ!!全然!気に、しないで・・・!」


がばりと頭を下げれば、慌てて手を振る大野君。
そうこうしているうちにチャイムが鳴って、一時間目が始まってしまった。
お互い何となく気まずい感じでそれぞれの席について、一先ず授業に集中する。
でも、嫌が応にもふとした瞬間目に入る隣の席に、どうしても右半身が緊張してしまうのを感じた。










やけに緊張する授業と、妙に気まずい休み時間を何度か繰り返し、昼休み。
大野君が先生に呼ばれて、食べかけの昼食を机に置いたまま席を立った。
その背中が教室から出て行くのをこっそりと見送って、ふぅ〜・・・と思わず息を吐く。
別に普段もそんなに話すわけでもないし、いつも通りでいいとは思うんだけどなぁ・・・
なんだか肩が凝ったような気がして、少しの間机に突っ伏してからいそいそとお弁当の蓋を開けた。
今日の卵焼きはお母さんに美味しいって言ってもらえたくらい上手にできたから、自分でも食べるのが楽しみなんだよね。
早速卵焼きを箸で半分に切って口に運べば、ふんわりとした甘さに思わず顔がにやける。
うん、甘すぎず辛すぎず、我ながら美味しい。
美味しくできたお弁当を幸せな気分で減らしながら、ふと中々戻ってこない大野君の席に目を向けてみる。
机に乗ってるのは、ストローの刺さった500mlの紙パックと、未開封のパンと、何故かポケットティッシュ。
二つあったはずのパンが一つになっているのは、きっともう一つは食べてゴミも片付けたからだろう。
几帳面なのかな、と何となく考えながら最後のおかずを口に入れて、咀嚼しながらお弁当の蓋を閉じる。
空になったお弁当箱を片付けながら、逃避していた問題を思い出してはぁ、とため息を付いた。

・・・バレー部マネージャー・・・どうしよう・・・

チュー・・・と食後のぐんぐんバナナを飲みながらぼんやりと考える。
私みたいにバレーも知らない人間が、本気でやってる人たちの中に入っていくのも・・・でも、あんなに熱心に勧誘されちゃったし・・・
結論が出れば、大野君と何を話すのかもわかるかもしれないのになぁ・・・


「シツレイシマース!大野ー!!!」

「!!?んぐっ」


突然聞こえてきた名前に、意識するとこんなに聞こえてくるのか、と思いながら咽かけたぐんぐんバナナを何とか飲み込む。
そっと教室の入り口を伺えば、昨日体育館で見かけたバレー部の人たちがきょろきょろと教室の中を見渡していた。


「あれ?大野は?」

「いねえな」

「あっ!!!谷地さん!!」

「!?」


大野君を探しにきていたはずなのに、私と目が合うとズンズンとこちらに向かって遠慮なく教室に入ってくる二人。
どうしよう!?自己紹介ってされたっけ!?名前・・・名前なんだっけ!?
一度聞いた名前も覚えられないなんて・・・!!


「おれ1組の日向翔陽!これ影山!谷地さん、大野知らない?」

「!?あ、先生に呼ばれて、」

「ホントか!?くっそ〜、大野も駄目となると・・・あっ!!」

「!?」

「谷地さん勉強好き!?」


その言葉をきっかけに、何故かバレー部の二人に勉強を教えることになってしまった。
どうやら臓器売買から家庭教師に転職できそうです。










「・・・あれ?日向君、影山君・・・?」

「あっ大野!」

「よう」

「・・・勉、強・・・?してるの?・・・英語・・・谷地さん、と・・・?」


予鈴が鳴ったところでようやく帰ってきた大野君は、この三人の組み合わせが理解できないのかすっごく首をかしげながら近づいてきた。
でも影山君が「お前がいなかったからな」と仏頂面(日向曰く、普通の顔らしいけど)で言うと、「ご、ごめん・・・!」と顔を真っ青にして謝る。


「別に、」

「谷地さんの綺麗なノート見れたから別にいい!」

「被せるんじゃねえよ!」

「なんだよー!どうせ似たようなことだろ!」


二人がじゃれ始めると、あんまり気にしなくてもいいとわかったのか、大野君は「はは・・・」と笑いながら自分の席にチラリと視線を落とす。
そのまま席につくわけでもなく「ごめんね、」と私に謝ると、「ほんとだ、見やすいね」とノートを覗き込んできた。
お昼ごはん半分しか食べれてないけどいいのかな?と大野君の席に目をやって、ようやく大野君が立ったままの理由に気づく。
イス、影山君が借りちゃってるんだ。
影山君はまだノートを写しているし、どうしよう、私のイス貸そうかな、とおろおろしていると、日向がある意味すごく的を射た質問を投げかけた。


「お前席どこ?」

「ぅ・・・っ」


知らなかったからすげー探した、と何の気なしに聞く日向。
答えにくい質問だ!と他人事ながらショックを受けていると、答えに詰まった大野君の様子を見ていた日向と影山君が顔を見合わせたかと思えば不意に同時に立ち上がって。


「「どっちだ?」」


二人共が自分の座っていたイスを大野君に差し出すものだから、・・・すごく、驚いてしまった。
それは大野君も同じだったようで、意味を理解するように数回瞬きをして、それから慌てて両手を振る。


「い、いいよ・・・!まだ写し終わってないんでしょ・・・?」

「どうせもう予鈴鳴ったし、写し切れねえからまた来る」

「エッ」

「谷地さんまた勉強教えてくれる!?」

「あっハイッ!」

「ありがとう!じゃあまた部活でなーっ」


嵐のように荷物を纏めて帰っていく二人を呆然と見送って、思わず大野君と二人で顔を見合わせる。
どう・・・声をかけたものか・・・
お互い、内心は同じだったと思う。


「・・・も、もう少し時間あるし、パン、食べたらどうかな・・・?」

「あ、そ、そうだね・・・」


おずおずとイスに座ってパンの袋を開けるのを、机の上を片付けながら何となく見つめる。
大野君はパンに口をつけるか否かのところで、困ったようにこっちを振り返った。


「ご、ごめんね?僕と同じクラスだったばっかりに・・・まだ入部もしてないのに・・・」

「あ、ううん。これだけ必要とされると、ちょっと嬉しいから。あ、でも・・・」

「?」

「せっかくだから、私も数学教えてもらってもいい?数学は教えてるんだよね?」


さっき日向たちから聞いた話を思い出して言えば、「一応、」と困ったように頭をかく大野君。
授業中も数学で答えに詰まったことないし、きっと数学は得意科目なんだろう。
英語も苦手なわけではなさそうだけど、どうせなら私が役に立てるところも残しておきたいし。
直射日光を浴び続けるのはなんだかすごく疲れるけど・・・せっかくなら、仲良くできる繋がりは残しておきたいしね。


「上手く教えられるか、自信ないけど・・・僕で良ければ。ところで、僕もそのノート見せてもらってもいい?」

「い、いやぁ・・・イエ、ハイ、うぁう」


綺麗だよね、と真っ直ぐ褒められて、慣れていないその感覚に顔が変な風になっていく。
何とか頷いて返せば、「じゃあ、これから四人で勉強がんばろっか」とほやんとした微笑で言われて、大野君ってこんなに柔らかい雰囲気の人だったんだ・・・と勝手なイメージをもっていたことに気付く。
クラスメイトでも、知らないこと一杯あるんだなぁ・・・
・・・部活入ったら、もっと大野君のこと知れるかなぁ。
ふっとそんな考えが浮かんで、はっとなってぷるぷると首を振る。
ダメダメ、そんな中途半端な気持ちで部活に入ったら、きっと一生懸命部活をやってる方々に迷惑をかけちゃう・・・!
・・・で、でも。


「谷地さん、体育館・・・い、一緒に行く・・・?」


HRが終わって着替えようか迷ってるところにそんな声を掛けられたら、思わず「ハイ!!」って返事して着替えに走っちゃうと思うのは・・・私だけ、でしょうか・・・


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