先輩たちは嫉妬する


日曜日、仙台市体育館。
ボールの弾む音、シューズの擦れる音、「一本!」という掛け声。
聞くだけで体がうずき出す音に、ギャラリーからじっと耳を傾けた。
一方で目は、たった一人の動きに釘付けになる。


「フェイント!」

「圭吾!」

「レフトレフト!」


来年からは俺達も参加するかもしれない、成年の試合。
成年らしく、がっしりした大人達に囲まれて、いつもよりさらに小さく見える大野がコートの中を駆け回る。
同じコートに自分が立っていないというのが不思議な感覚で、けれど大野自身はそんなこと、微塵も感じていないのは一目瞭然で。


「・・・す、げぇ・・・」


一緒に来た旭が、呆然として呟く。
言葉には出さなくても、俺も、二人の間にいるスガも。
考えているのは同じことだと、食い入るように見つめる視線で十分に伝わってきた。

・・・うわ、今のフェイントだったのか。

当然のように落下地点で構えている大野が、綺麗にセッターへボールを返す。
そしてエースらしき男性にボールが上がるのに合わせて、今度はブロックフォローへ。
自分の行く場所が当然のようにわかっている感じに、こっちの方がチームにいた経験が長いんだと突きつけられた感じだった。
俺たちとは、まだ馴染めていないのだと。


「・・・大野、あんなに動けたんだな」


正直、見くびってたかも、とスガが呟く。
無表情なのに、コートを見つめる目から悔しさがひしひしと伝わってきて、その横顔を見続けることができなかった。


「・・・俺たちとやってるときより、一歩目が早いな」


コートのネット付近をスルスルと動き回る姿に、迷いは感じられない。
大野が俺達の中で前衛に来るときしばしばあった、誰かとぶつかるということなど、微塵もない。


「・・・自分が取るって、自信持ってる感じだよな」


旭の言葉に、フェンスを握る手に力がこもるのを感じた。

・・・悔しい。

大野が力を発揮しきれていないのが。
それに気付かず、大野の力の程度を低く見ていたのが。
大野の力を、最大限に活用できるチームが、俺達じゃないという、事実が。

ピッ、ピーッ、と試合終了の笛が鳴る。

大野のサービスエースもあって、25-16とそれなりに差をつけて2セット目を取った大野たちのチームは、相手チームとの挨拶を終えてベンチに集合する。
普通に微笑んでチームメイトと言葉を交わしている様子をどこか釈然としない思いで見つめていると、視線に気付いたのか大野がふっとこちらに顔を向けた。
少し驚いたように目を丸くした大野が慌てて会釈をするのを見て、渦巻く胸中を押さえ込んで笑顔で片手を上げる。
けれどそれもほんの少し。
最後のアタックを決めたエースの男性に話しかけられた大野は、すぐに俺達から視線を逸らしてしまった。
あっという間に役目を終えてしまった右手をやり場のない思いでそっと下ろして、誤魔化すように頬杖をつく。


「・・・・・・なんか、悔しいな」

「・・・大地、かまってちゃんみたいになってんべ」

「!?いや、そんなつもりじゃ・・・」

「まぁ、気持ちわかるけど」


思わずぼそりと呟いた言葉に思わぬ名づけをされて、慌てて反論しようとする。
けれどそれよりも早く苦笑したスガが、組んだ腕に顎を乗せたまま言葉を遮った。


「大事なもん盗られた感覚?っつーの?大野は烏野のメンバーだーって叫びたい」

「えっ事実そうだろ!?」

「けど、大野がより馴染めてるチームはこっちだべ?」

「う・・・」


旭が慌てて訂正するけど、スガの言葉に何もいえなくなったのか情けない顔で大野を見下ろす。
大野はまだエースと話していて・・・いたのだけど。
不意にクルリと、エースの顔がこちらを向いた。


「オウ!そこの高校生!」

「「「!?」」」


突然掛けられた声に、三人揃って身体を跳ねさせる。
えっ、何だ!?
混乱する頭に、続けて男らしいしっかりした声が飛び込んできた。


「圭吾のチームメイトだってな!どうだ!ちゃんと圭吾のやつを使いこなせてるか!?」

「・・・・・・!」

「コイツはくせが強ぇからな!もしまだサーブでしか使ってねえっつうんなら・・・」


カラカラと楽しそうに笑っていた表情が、挑発的なそれに変わる。
ガシ、と大野の頭を掴んだ手が、そのまま軽く引き寄せられて。
されるがままにエースの肩に頭をぶつけた大野が、小さく「う゛っ」と呻くのが聞こえた。
けれどそんなことを気にも留めずに、エースは一言。


「返してもらうぜ?」

「・・・!」


そう、言ってのけた。


「ちょ、ちょっとおいちゃん・・・!」


大野が慌ててその手から逃れるも、エースの目はこちらから逸らされない。
完全に挑発されてる。
けど、その指摘は悔しいくらいにドンピシャだ。
大野がチームとしての俺達に馴染めていないことは、今の一試合を見ただけで十分思い知らされた。
大野がこのチームで何年やってきたのかは知らないが、きっと俺達三年と同じチームにいる間に、ここまで息の合ったチームプレイをすることはできないだろう。
所詮高校の部活なんて、そんなもんだ。
人の入れ替わりが激しくて、息が合うようになったと思ったら最後の大会、そして引退。続けざまに新入生の入部。
また1から作りなおしのチームに、大野みたいなやつが馴染めというほうが難しいのかもしれない。
・・・・・・だけど。
不安げに見上げてくる大野の視線を受けて、さっきとは違う意味でフェンスをぐっと握りこむ。
体育館中に響くとまではいかないけれど、確実にベンチにいるエースにまで声が届くように息を吸い込んで。


「・・・大野は、俺達の仲間です。今は、お貸ししてるだけですから」

「・・・!ハッ、言うじゃねえか!」


だから、そんな不安そうな顔するな。
あと数ヶ月の付き合いだろうと、大野の力を引き出しきれずに春高が終わろうと。
・・・そりゃ、悔しさは残るだろうけど。
それでもお前が俺達の仲間で、俺達のチームの中でできることを精一杯やったという事実だけは変わらないから。


「大野ー!せっかくなんだからちゃんと勝ってこいよー!」

「あっはっはい・・・っ!」

「が、がんばれー」

「が、がんばり、ます・・・っ」


スガと旭の声援を受けて、大野がぺこぺこと頭を下げる。
エースが楽しそうに大野の背中を叩くのを見て、悪い人ではなさそうだ、とガチガチになっていた肩の力を抜いた。
せっかくの機会だ。
大野ができること、しっかりと見て知っていくとしよう。
第二試合始まりの合図を聞いて、エンドラインに走っていく小さな背中を目で追った。


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