縁下先輩は二年のドン
「・・・・・・・・・・・・」
「大野・・・?い、息してるか・・・?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
バカ二人の答案用紙を握り締めたまま、微動だにしない大野。
その顔色は紙のように真っ白で、ショックのほどが容易に知れた。
原因を作り出した二人は大野の前に正座で俯いたまま顔も上げないし。
まぁ・・・多分本人たちが一番ショック受けてるんだろうけど、さ。
「まああんまり落ち込むなよ。遠征は今回だけじゃ・・・」
「どうやって東京まで行く・・・走るか」
「チャリだろ」
「(行く気だ!)」
菅原先輩の慰めにも耳を傾けない前向きすぎる二人が拳を握りこめば、それに合わせるように大野が答案を握りこむ。
視界の端に映ったそれにふと目を向ければ、答案から少し顔を上げた大野のどこか焦点の合っていない目がそこにあった。
「・・・補習担当は、確か、一組担任の先生だったよね・・・?」
「!?お、オウ」
「ど、どうした大野・・・?」
「あの先生、しっかりしてるけど、頑張る生徒には少しだけ甘いんだ・・・」
「お、おぉ・・・!?」
思わぬ情報に、日向と影山の姿勢が若干前のめりになる。
俺としてはそういう“先生攻略法”みたいなのが大野の口から出たことにちょっと驚きなんだけど・・・
でも、“少しだけ”甘いくらいで、補習がなくなるわけでもないし。
大野は何を言うつもりなんだ?とじっと耳を傾ければ、若干裏返ったような声で大野は続ける。
「二人が、一生懸命補習受けてるところ見せたら、きっと・・・早めに荷物まとめて、チャイムと同時に教室から出られるぐらいには、してくれる・・・はず、だから・・・!」
「・・・・・・」
フォローにしても若干無理のある言葉に、あぁ、大野も相当混乱してるなぁ、と半泣きの大野に苦笑した。
確か大野に教えてもらってた数学は二人共それなりにいい点取ってたみたいだから、それ以上フォローする言葉が見つからないんだろう。
赤点が出てしまった以上、喜ぶに喜べない微妙な心境なのかもしれないけど。
「だから頑張って!走ってもチャリでもなんでもいいから・・・!一緒にバレーしようよぉ・・っ!!」
「いや、走ってもチャリでも東京つく頃には遠征終わってんべ」
「大野もだいぶキてるな・・・」
主将副主将の冷静な突っ込みも、「大野・・・!おれも!おれも一緒にバレーしたい!!」「・・・!!俺だって・・・!遠征!強豪・・・!」とどこか暑苦しい青春劇を繰り広げている一年生ズには聞こえない。
けれど、都合のいい耳には月島のぼそりとした呟きはしっかり拾ったようだった。
「なりふり構うなって、学年13位に言われるとなんともいえない気分になるね」
「「13位!?」」
ぐりんと二人して月島のほうに顔を向ける様子に、月島が「うわ、」と普通にドン引きした声を出す。
確かになんかこう、揃って一気に振り向かれると、ちょっと気持ち悪いんだよな・・・
田中と西谷がよくそれやるから、気持ち分かるよ月島・・・
「君ら張り出し見てないの?あ、そっか〜君らには結局関係ない話だったもんね」
「んだと・・・!?」
また一悶着しだしそうな気配に、「まったくこいつらは・・・」と大地さんがため息をつく。
東京行きのことがもう頭から抜けてるらしい二人に、そうやって一つの問題に集中して取り組めないから駄目なんじゃないか?と若干厳しいことを考える。
でも、どうやらバカはバカなりに頭を使うらしい。
「・・・おい、お前ら」
東京行きに対する解答は、意外なところから現れた。
真面目な声色に、月島に食って掛かっていた二人が田中を振り返る。
着替えの終わっていない中途半端な格好のまま真面目な顔をする田中は、普段ならため息ものなんだけど。
「赤点は1こだけだな?それなら補習は午前中で終わるハズだ。そしたら俺が“救世主”を呼んでやろう」
珍しく真っ当な解決策に、二年全員で「ほぉ〜」と感心した声を出してしまった。
「さすが田中」
「補習常習犯なだけあって、時間の使い方を熟知している」
「お前ら俺をなんだと思ってるんだ!?」
「田中さんアザース!アザース!!」
素直に全力で喜ぶ日向にあわせるように、影山も「あざす、」と頭を下げる。
その表情が少し嬉しそうなのがわかって、「よかったな、」と誰にともなく呟いた。
久々の部活を終えて、テスト期間中も軽く動かしていたとはいえやっぱり鈍った身体を引きずりながら、木下・成田と並んで歩く。
レギュラー陣は「腹減った〜」とさっさと坂ノ下商店へ行ってしまったし、そこまで元気になれない俺達にはこのペースが丁度良かった。
いつもくだらないことを話していたり、バレーのことを話していたりするんだけど、今日はやっぱり赤点二人組みのことが中心になる。
それに続けて、大野のことも。
「しっかし大野すごいな。学年13位か」
「そんだけ勉強わかるなら、授業も眠くならないんだろうな」
「そういう上位陣ってガリ勉君かと思いきや、普通に部活でも活躍してるやつ多いよな」
「大野はまさにそのタイプってことか・・・」
天は二物を与えず、なんて誰が言い出したんだか。
もってるやつは色々もってるんだよなぁ・・・と僻みの混じった思いでウチの天才たちの姿を思い浮かべれば、いや、あいつらは突出しすぎてるな、と一人で首を振る。
やっぱり諺は正しい。
「そういえばこの前、日向が“大野足速いんすよ!”ってはしゃいでたぞ」
「モテ要素満載じゃねえか!羨ましいなおい」
「・・・そういわれてみると、浮いた話聞かないよな」
「あっても自分からは話しそうにないけどな」
降って湧いた恋愛話に、三人揃って思わず食いつく。
高校生と言うものは、男だろうが女だろうがコイバナというのには目がないと思うのは、俺だけじゃないはずだ。
三人で目を見合わせて、考えているのが同じことだとわかると誰からとなくフッと笑い出す。
イタズラっ子の笑みを浮かべた木下が、誰が近くにいるわけでもないのに声を潜めて、けれど面白がっているのを隠そうともせずに投げかけた。
「今度つついてみるか?」
「いやいや、なかったらやぶへびだろ」
「いや、まてよ・・・そもそも大野って、彼女いた経験あるのか?」
「「・・・・・・・・・」」
ふと冷静になった成田の一言で、一瞬空気が完全に凍る。
リーン、リーン、という虫の声が、やけに耳に響いた。
完全に、三人の思考が一致した瞬間だった。
「・・・だよな」
「・・・そっとしとこうぜ」
「・・・ゴメン、大野・・・」
どこか申し訳ない気持ちになりながら、坂ノ下商店までの道のりをしんみりと歩く。
いや、別に大野がモテないとか、そういうこと言ってるわけじゃないんだけどさ。
ただ・・・ああいう性格だから、自分からは絶対に行けないだろうし、逆にもし言われたとして・・・
・・・「もっと他にいい人がいるから」とか言って、断りそうなんだよなぁ・・・
こんな簡単に想像できるくらい、大野の自信のなさは病的だ。
何であんなに自信ないのかなぁ。
勉強できて、スポーツもそこそこなら、高校生が自分に自信をもつには十分だと思うんだけど。
まぁ、大野が何に重きを置いてるかで、その価値なんて変わってくるんだろうけど・・・
ちょっとまた、観察してみようかな。
東京遠征もしかりだけど、これから夏休み。
毎日のように一日中顔を合わせていれば、きっともう少し大野のことも知れるはずだ。
部員の個性を知って、損はないだろうし。
「今日はどうするべ?寄ってく?」
「そうだなー」
言わずと知れた坂ノ下商店の明かりを見て、自分の空腹度を腹に聞く。
図ったようにぐうとなった腹に、「寄ってくかぁ」と笑った。
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