あかぁし先輩はとても優しい・・・!


「ここ一本で切るぞ!!」

「さっ来ォーい!!」


森然高校対、新顔の烏野高校。
音駒の人たちが一年にすごいのがいるって楽しそうにしてたから、ちょっと注目してたんだけど。
この数セットを見る限り、烏野は弱くはないけど、別に普通・・・と言うしかない実力だった。


「―――いきます」


―――サーブ、以外は。

手に持っているスポドリを飲むことも忘れて、そのサーブに魅入る。
13番の手で勢いよく打たれたサーブはまさかのネットインで、身構えていた森然のメンバーは対応が追いつかずボールはコートに落ちた。

これで、8本目。

ドライブだけじゃなくて、フローターや今みたいなネットインを使い分けるサーブは見事に相手を翻弄していて、開いていた点差が見る間に縮まっていった。


「・・・おいおい、烏野に生川一人紛れ込んでんぞ」

「・・・転校生は出してないはずなんだがな」


丁度試合の合間だったので休憩も兼ねて眺めていると、生川とウチの主将が同じように眺めながらぼやくのが聞こえてチラリとそちらに目をやる。
口調から察しはついていたけど、木兎さんは新しいオモチャを見つけたみたいに目が輝いていて。
これから烏野の彼に訪れる受難を考えて、それをフォローする自分を考えて、思わずはぁ、とため息を付いた。
止めることはまぁ・・・無理だろうから、彼にもそれなりに苦労をかけることになるだろう。
サービスエースを取ったのに困ったような笑顔を見せる13番は、多分木兎さんみたいなタイプ得意じゃないだろうし。
ボールを受け取ってエンドラインまで小走りに向かう背中は、どこか丸まっていて自信なさ気な印象が強い。


「―――いきます」


・・・その割に、この声だけはそれと反するのだけど。

今度は・・・ドライブサーブか。
打たれたボールを見るまでわからないな、とボールを目で追えば、流石に慣れたのか森然が攻撃に繋げる。
何本もサービスエースを取られたのが気に食わなかったのか、そのアタックは13番の真正面で。
真っ向勝負なそれは、多分レギュラー陣なら何とかセッター方向に返せただろう。


「あ・・・」

ピッ

ホイッスルに続いて伸ばされた腕に、烏野のコーチがメンバーチェンジのサインを出す。
ギュンギュンと頭を下げる13番の背中を、烏野のメンバーが笑顔で叩いて送り出した。
それだけであぁ、いつものことなんだと理解できる。
13番のサーブが鬼畜なのも、レシーブが駄目なのも。


「・・・レシーブは駄目なのか」

「サーブさえなんとかすりゃ、攻略できそうだな」


それを何とかするのが大変なんだ、と小言を言っても、このお調子者は都合よく聞き流すんだろう。
そのくせ「いいトス上げろよォ!」と当然のように言うのだから。
こちらとしては、それに応えないわけにはいかなくなるということも、わかっているのかいないのか。
木葉さんの「一周回って天才」というのを強く否定できないのも、その辺りにあるのだけど。


「さて、俺らも次の試合やるか!」

「・・・次こそ負けない」

「けっちょんけちょんにしてやるよ!」


13番のサーブに触発されたのかなにやら燃える生川の主将に、つられてテンションを上げる木兎さん。
試合中に熱くなりすぎなきゃいいけど、とその可能性を頭の片隅において、存在を忘れていたスポドリを一口分だけ飲み込んだ。










生川との試合に勝って、次の試合までのインターバル。
今のうちにトイレに行っておこうと体育館の入り口に向かえば、同じようにそこに向かう13番と目が合った。
その瞬間蛇に睨まれた蛙のように動きを止めた13番に、思わずこちらまで動きを止める。
え、俺何かしたっけ。


「・・・どうも」

「あ、ど、どぅも・・・」


とりあえずこのまま固まってるのも変な話しだし、と軽く頭を下げながら挨拶をすれば、同じように返してどうにか動きを再開させることができた。
多分行き先同じだし、とドアを開けたままにしておけば、慌てたようにペコリと頭を下げてドアをくぐる。
身長は・・・俺より、低いか。
小さく肩をすぼめているせいでそれより小さく見えるけど、170後半はあるだろう。
大きくはないけど、小さくもないかな、と軽く見定めていると、俺が見ていることに気付いたのかまたもやピシリと動きを止めた。
・・・俺、本当に何もしてないよな?


「・・・えーと、サーブすごいね。びっくりした」

「!?ぇっ・・・ぃ、っいえ・・・!そ、そっんな・・・!」

「・・・・・・」


どもりまくって顔色を悪くする13番は、試合中の印象通り、終始うろうろと目が泳いでいる。
これは俺が何かしたというより、この人の性格の問題かな。
とりあえずトイレに向けて足を進めながら、もう少し話し掛けてみることにした。


「・・・あー。話すの苦手?」

「ぅ・・・す、すみません・・・」

「いいよ。急に話し掛けてごめん」

「いっいえ・・・!あ、ぁの・・・っ!ト、トスのフォーム、すごくす、すすてきだと思います・・・!」

「え」

「す、すごいフワッとしてて・・・!」

「・・・ありがとう」


無理させたかな。
言葉をひねり出そうとしている様子に、無理に褒めなくてもいいんだけど、と内心で思う。
ほとんど関わったこともない相手を褒めるって、逆に難しいと思うけどな。
でも直接的に「褒めるな」と言っても、何か勘違いされてしまいそうな予感がするし。


「・・・別に、無理に話そうとしなくていいから。言葉纏めてからでいいからね」

「・・・!あ、ありがと、ござま・・・!い、いえ、すみません・・・」

「気にしなくていいよ」


考えてみると、こっちから行き成り褒めたのがまずかったのか。
13番はサーブの印象が強すぎて、話題を選ぶ余裕が・・・


「あ、そういえば、まだ名前・・・言ってなかったっけ」

「あ、す、すみません」

「いや、お互い様だし。俺は梟谷2年、赤葦京治。一応副主将で、セッターやってる」

「ぼ、僕は烏野の1年で、一応、ピンチサーバーやってます・・・大野圭吾、です」


宜しくお願いします、とペコリと頭を下げる13番、大野にこちらこそ、と会釈をすれば、丁度トイレにたどり着いて。
そういえば連れてくる感じになっちゃったけど、給水機とかだったら悪いな。


「ちなみに、給水機はあっちね。廊下の突き当りを左に曲がって少し行ったところ」

「あ、ありがとうございます、あかぁし先輩・・・!」


でもスポドリもあるはずだし、と念のために伝えただけだったそれは、まさかのビンゴだったらしい。
顔を明るくして頭を下げ、俺が指を向けた方に小走りで向かっていく後姿を、思わず少し呆然と見送った。
はっと我に返ってとりあえずトイレに入り、さっき言われた言葉を思い返す。
給水機の場所、念のためと思っても伝えておいてよかった、とか。
「あかぁし」と少し呼びにくそうに呼んでいたから、別に名前でもいいよと言い損ねたな、とか。
とりあえず一通り彼の言動を思い出して。


「・・・・・・ふ、」


トイレの鏡に映った自分の顔が、少しにやけているのが分かる。
特に上下関係がそこまで厳しくないうちでは、先輩のこともさん付けで呼ぶことが多かった。
それは自分も同じで、後輩が入ってからも「赤葦さん」と呼ばれるばかりだったけど。
「先輩」呼びも悪くないなと、誰も居ないのをいいことに少しだけ口の端を上げた。


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