東峰先輩は仲間を大切にする


補習を終えた二人が遠征に参加したのは、その日の試合もあと数回に迫った頃。
急いでアップをとる二人を尻目に対生川戦が始まって、大野に負けるとも劣らない痛烈なサーブが襲ってきた。
大野のように何が来るか分からないギャンブル要素はないものの、純粋に磨き上げられたドライブサーブは思うように捉えられない。


「くっ・・・すんませんカバーたのんます!」

「オーライ!旭!!」

「オオッ!!」


レシーブが崩れれば、ラストボールは俺の役目。
けど、疲労を訴える足の痛みを無視して思い切り踏み切っても、伊達工レベルのブロックは中々打ち抜けなくて。
ドガガッ!と派手な音を立てたボールは、西谷の健闘も空しく烏野のコートに叩きつけられた。


「クソッ・・・!」

「すんません・・・!次は拾います!」

「ああ、けど次は決める!」


自分を奮い立たせる意味も込めて強く言えば、西谷は嬉しそうにニヤリと笑ってポジションに戻っていく。
その頼もしい背中を少し見送って、今ブロックされたコースをふと見下ろした。

・・・大野も居たら、きっと拾ってくれたんだろうけどなぁ。

練習のとき、西谷と二人で背中を守られているときのブロックフォロー率を思い出して、ちらりとウォームアップゾーンに目を向ける。
山口と並んで声を出している・・・ように見えるけど、声のほとんど聞こえてこない大野は今回、徹底してピンチサーバーの役割だけをこなしていた。
連続得点が止まったら、次のラリーに大野の姿はない。
少し申し訳ない気も・・・と考えたところで西谷が「強いやつがコートに残る!これ常識です!」と言っている姿が思い浮かんで、慌てて頭を振った。
と、とりあえず今は試合に集中・・・!


「一本!ここで切るぞ!!」

「オオッ!」


大地の掛け声に応えて腹に力を込めれば、余計な思考は一瞬でどこかへ飛んでいく。
勢いよく飛んでくるボールに合わせて足を動かし、正面で捉えたボールは何とかスガへと向かって。


「オープン!」


今度こそ、と踏み込んだ勢いのまま、身体を重力に逆らわせた。










二日間の遠征を終えて一日休みを挟み、また通常の練習が始まる。
影山と日向の間に何かあったようで、二人共顔や身体に傷を作って目を合わせることもない。
そういえば遠征中も途中から日向下げられてたな、と思い出して、それからそのきっかけとなった事故を思い出した。
乱れたレシーブに、上げられたトスは少し短くて。
けれど苦しい場面でラストボールを託されるのは、エースである俺の役目。
周りはそう考えていたし、勿論俺だって打つつもりで飛び上がった。
なのに。

・・・トスを、日向に盗られそうになる、なんてな。

あの小さい身体に、食われそうになった感覚をまだ覚えている。
うかうかしてたら、あっという間に飛び越えていかれそうだ。
俺も負けてらんないな、と士気を高めて自主練の計画を考えていると、大地から「集合!」の掛け声がかかる。
駆け足でコーチの元へ向かえば、後ろから小さく声を掛けられた。


「あ、あの・・・東峰先、輩・・・」

「ん・・・大野?どうかした?」

「あの・・・じ、自主練って、されます・・・?」

「え?あ、うん・・・サーブしようかなって思ってるけど」


一緒にする?といいかけた言葉は、コーチの元へたどり着いてしまったことで口から出ることはなかった。
なんか、大野に話しかけるのはサーブのときだけど、話しかけられるのはこのタイミングが多いよなぁとなんとなく思う。
なんだろ、きっかけが掴みやすいとかかな?

・・・それにしても、大野もまだ練習するのか。すごいなぁ。

コーチからの指導をもらって、片づけをしながら少し大野の姿を目で追う。
生川のサーブに引けをとらなかった、大野のサーブ。
そして生川のサーブを見て、思い知らされたことがある。
俺は、まだまだサーブの精度が低い。
勝負時に使えるほど安定してないサーブじゃ、武器と言えないんだ。
影山や大野のように、安定してジャンプサーブを打てるように・・・!
事前に大地が練習場所を振ってくれたから、第二体育館から人が減っていくのを見計らってサーブ練の準備を進めていく。
この広い体育館を俺一人で使っちゃって悪いなぁとか思ってたけど、大野もやるならちょっとは気が楽かな。


「東峰先輩・・・!」

「おー大野」


体育館の入り口からこっちまで走ってくる大野に、あれ、向こう側のほうがお互い打ち合う感じでボール拾いが楽だけど・・・と思って、用があるらしい様子に手を止めて大野を待つ。
俺のところまでたどり着いた大野は一つ息を整えると、意を決したように俺を見上げて。


「さ、サーブレシーブの練習、させてもらってもいいですか・・・!」

「・・・エッ!?」


予想外の話を持ちかけてきた。
思わず素っ頓狂な声を上げる俺に、大野はひっと小さく息を飲んでぎゅっと目を閉じて下を向く。


「っ・・・!ご、ごめんなさい、邪魔にならないように、気をつけますから・・・!!」

「いや、そんなことは全然ないんだけど!え、レシーブ練するの?」


サーブじゃなくて、レシーブ?
完全にサーブ練だと思い込んでいたから、思わず確認してしまう。
恐る恐る目を開けた大野は、ちらりと俺を見上げるとそっと視線を彷徨わせた。


「ぼ、僕、後衛にいるとき、ほんとに役立たずなので・・・サーブレシーブだけは、前に逃げることもできないから・・・あ、東峰先輩のサーブを取ることができるようになったら・・・!生川のサーブでも、取れるようになるはず、ですし・・・っ」

「え、えぇ?それは買いかぶりすぎだって!」


さっき自分でもまだまだだと再確認したばかりだ。
大野のよいしょに思わず勢いよく首を振れば、けれど大野は不思議そうに「えっ・・・で、でも・・・」と首をかしげた。


「入ったら多分・・・東峰先輩のサーブが、一番・・・」

「旭っさーんっ!!!」

「うわあ!?」


突然乱入してきた大声に心臓を大きく跳ねさせて大野と一緒に出入り口を振り返る。


「ちょっといいっスか!あ、大野いたのか!」


声の主は西谷。
俺と大野が話していたのを邪魔したことには気づいたのか、「すんません、」と軽く頭を下げた。


「・・・あんましよくなかったかも」


ぼそりと小さく呟けば、大野にも聞こえなかったらしく反応はない。
大野との会話に戻る様子もない俺に、待っていた西谷が「旭さん?」ともう一度声をかけてきて、「いや、うん、いいよー」と努めて何も気にしていないような声を出した。
せっかく、大野から嬉しい言葉が聞けたかもしれないのになぁ。
軽くため息をつきながらまぁ西谷のことだし、レシーブ練かな、とか思ったのに。


「俺のトス、打ってもらっていいっスか!!」

「うん、いいよー・・・ん?ってあ、え!?西谷が、トス!?」


大野に引き続いて、今日は驚かされてばっかりだ。
青城のリベロがやっていたような、センターラインで踏み切ってのトス。
あれを練習すれば、確かに西谷の実力はさらに増すことになるだろう。
それは烏野の攻撃の幅が広がることに繋がるし、とてもいいことだ・・・とは、思うんだけど。
アタックの練習したら、大野の練習が・・・
チラ、と大野の表情を見ると、案の定と言うか何と言うか。
真っ青になって西谷を見ている様子に、どうしようかな・・・と頭に手をやる。
俺は別にサーブでもアタックでもいいんだけど・・・と考えていると、大野が「あ、東峰先輩・・・!」とさっきよりも必死な様子で見上げてきた。


「ぼ、僕・・・レッレシーブ、ががっ、が、頑張りますから・・・!おお思いっきり、打ってくださって結構ですので・・・っ!!」

「めっちゃ怯えてる!」


大野はあまり強いアタックを拾うことに慣れてないから、俺みたいなパワースパイカーのアタックは恐いんだろう。
でも・・・うん、それが一番効率よくそれぞれの練習ができるかな。
俺の練習でもある以上アタックの手を抜くわけにはいかないし、大野には練習が終わったら飲み物でも奢ることにしよう。


「とりあえず始めは、大野に向かって打つようにするから」

「はっ・・・はぃ・・・!」


「宜しくお願いします・・・!」と頭を下げた大野は、そこらに転がっているボールを拾いながらコートの向こう側へ走っていく。
近づいて来た西谷にどうやるか簡単に説明して、それぞれの位置に付いた。
俺だって、烏野のエースの名を背負ってるんだ。
せめてコートの中だけでも、後輩たちに情けない姿見せるわけには、いかないよな!
結局、俺と西谷はいまいち合わず、へぼいアタックしか打てなくて。
なのに大野は、そんなヘボアタックもまるでセッターに返すことが出来なくて。
西谷に「腰が高いんだよ大野は!」と一刀両断された大野は、俺が西谷にサーブ練を付き合ってもらっている間ずっと、体育館の端っこでスクワットをしていた。


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