月島君は推測する


「チームに回し者がいたんじゃ、試合になるはずないよねぇ」


それを言わなかったのは、別に大野が泣いてたから気まずかったとか、そんなんじゃない。
大野が泣くことなんてもうしょっちゅうだったし、僕もそんなことで気を回したりするようなタイプでもない。
ただ、なんとなく引っかかるところがあっただけで。










「・・・・・・」


珍しく、部活時間じゃないときに大野を見かけた。
風の気持ちいい陽気だからか、屋上は人で溢れかえっていて。とてもそんなところで昼食を食べる気になれず、適当に食べる場所を探していたら・・・、いた。

グラウンドに面した芝生の、点在する木の下。
理科室の前という若干昼食を食べるのには向いてない立地だからか、ほとんど人気のないそこで、一人パンを口に運ぶ大野。
もそもそと咀嚼する表情は見えないが、短く切りそろえた髪と制服の襟の間から項が見えるくらい俯いている。
なんて辛気臭い空間だ。通夜でもあったのか、といいたくなる雰囲気に思わず眉間に皺が寄った。
即刻踵を返して次の候補を探しに出ようとして・・・

・・・なんとなく、ちょっと、足を止めた。

そして振り返って、もう一度大野の項を見る。
日に焼けているわけでもない、かといって色っぽさなど微塵もない、つまり見ても特に面白いわけでもない、男の項。
それを見ながら少し考えて。それから、足を踏み出した。

芝生は少しだけ湿っているせいか音を立てず、特にわざと音を立てるつもりもなく自然にそれに近づく。
別に、わざわざ声をかける必要はない。
でも、ちょっと聞いてみたいことがあったのは事実だし、機会があったら、程度には思ってた。
その機会が巡ってきたんだから、せっかくなら活用しておくべきだろう。
大野は変わらず、もそもそとまずそうにパンを食べ続けている。
気付いてないようだけど、わざわざ音を立てて存在を気付かせるのも何か違う。
一つため息を落として、極力そっと声をかけた。


「・・・ねぇ、大野」

「ぶっん゛っ!?」


うわ、鼻に入ったんじゃないの、それ。
ある意味予想通りの反応を返した大野に、気遣った意味ないな、と・・・

・・・なんでこんなやつに、わざわざ気をつかわなきゃならないのさ。

自分の行動に不可解な苛立ちを感じて、自然眉間に皺が寄る。
咳き込みながら見上げた大野には、見事に不機嫌顔が見えたようで真っ赤な顔を真っ青にさせた。
いい加減、話しかけるだけでそんなに不安そうにするのやめてほしいんだけど。


「・・・ちょっと、変な声出さないでくれる?僕が何かしたみたいにみえるデショ」

「つ、月島君・・・?ご、ごめん・・・」

「謝らなくていいからさ。ちょっと教えてよ」


キョトンと少し珍しい表情を見せた大野は、僕の言葉を理解すると自信なさ気に視線を右下に落とした。
次に言う言葉なんて簡単に予想がつく。「僕が教えれることなんて」、だ。


「・・・?ぼ、僕が教えれることなんて・・・」

「王様との試合。ホントに手抜いたの?」


予想通りすぎる返しはさっくり無視して、要件を切り出す。
大野は一瞬キョトンと動きを止めて、それから一瞬で顔色をなくした。
これも予想の範疇。まったく、怯える以外のこと少しくらいできないの?
ぎゅっと手を握り締めたせいで、包装袋の中でパンが変形している。
ちょっと食欲を無くしそうな光景から目をそらして、大野の顔をじっと見つめた。


「、ぁ・・・ぁっの・・・!!」

「どうも引っかかるんだよね。手抜いてたって言われる割に、コートに戻ったとき、焦ってたり悔しそうな顔だったり。思い通りになったって顔じゃなかった」


セッターポジションにいたからわかった、僕だけの視界。
他の全員の視線がボールに集まる中、僕だけが大野の表情を見た。


「て、抜いてた、わけじゃ・・・」


俯いたままの大野から消え入りそうな声がぼそぼそと届く。
自信の“じ”の字も見当たらないような声だったけど、それは大野にしては明らかな否定で。


「じゃあ、あれはどういう意味があったのさ」


少し言及してみれば、ますます俯いて身体を縮みこませる。
傍から見たら僕が大野を苛めているか、一人で木に向かって話しているように見えるかもしれない。
ふとそんな考えが頭を過ぎったけど、続いた言葉に完全に意識が持っていかれた。


「・・・あ、新しいサーブ、練習、してて・・・」


自分の呼吸が一瞬止まったのを感じる。
は、何?あんだけ殺人級のサーブできるくせして、まだ種類増やそうとしてるわけ?
自分の実力に奢らず、尚上を目指す、ってやつ?
・・・そーゆーのって、ホント、大っ嫌いなんだけど。
ふつり、と自分の感情が沸く感覚を胸の奥で感じる。


「まだ、上手く打てないから・・・練習中なんだけど、でも、打ってみたくて・・・!」


けれど、独り言のように続いた大野の声に、少しだけ感情が見えた。
反比例のように冷えていく自分の胸の奥を感じて、吐きそうになるため息を大野に聞こえないように小さく留める。
でも、それと同時に少しだけ驚いた。
コイツ、ちゃんとバレーしたいって気持ちあったんだ・・・まぁ、人の事、言えたもんじゃないけど。
・・・いや、そりゃそっか。やりたいなんて思ってなけりゃ、こんな小心者が一人で入部届け持ってこれるわけもないし。


「でも・・・、本当は試合で使える球じゃないから・・・手を、抜いたって言われたら、否定、できなくて・・・」


それ以降は口の中だけでしゃべっているようなもので、とても聞き取れなかった。
けど、知りたいことは十分わかった。


「・・・そんな理由で、ジャージ着なかったわけ?」

「・・・・・・」


今度こそ、遠慮せずにはっきりため息を吐く。
大野の肩が震えたのなんてもう気にする必要もない。


「大野ってさぁ・・・馬鹿だね」

「う゛っ・・・ご、ごめん・・・」

「そこで謝るところとか、ホント馬鹿」

「・・・ごめん、なさい・・・」


謝ってもらいたいわけでもないんだけど、と言い掛けて、これじゃあキリがないと思い直す。
まったく、わざわざ出かかった言葉を飲み込まなきゃいけないなんて、スッキリしないことを何度もさせられるなんて・・・
これが解決したら、しばらくパシってあげるから。


「アイツも単純馬鹿だから、意外と簡単な手で機嫌直ると思うんだけど」

「・・・え・・・?」


さっきまでの大野よりは大きい声で、けど聞かせるつもりはあまりない声量で。
あさっての方向を見ながらぼそりと吐き捨てた言葉は、縋るように顔を上げた大野に恐る恐る拾われた。
ちらりと視線を戻せば、“助けてください”と顔に書いてあるそれが、やっぱり神経に障るんだけど。


「僕に入れ知恵されたってこと。絶対に誰にも言わないなら、一つアドバイスをあげる」


別に、仲を取り持つわけじゃない。
チーム内がぎすぎすしてようが、たかが部活なんだし。
別に、どうでもいいんだけどね。
・・・泣いてる人間が視界に入るのは、うっとおしいんだよ。


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