影山君は待つのが苦手


何日か続けて、大野が俺や日向とは違う服で部活に顔を出した。
例の一件で完全に腰が引けてしまったらしい大野は、俺を避けて練習中も極力距離を置いてくる。
もう怒ってなんかない・・・なんては言えないが、それでもあからさまにそうまで避けられるとさらにイライラが募るというもの。
しかもチラチラと視線はこちらにやってくるから、意識するなと言うほうが無理な話だ。


「・・・もう一本いくぞ!」

「おぉ!」


今日も今日とて物いいたげな視線を背中に受けながら部活を終わらせ、青城との練習試合に向けて日向と速攻の練習をする。
今はサーブだけの大野なんかより、練習試合で確実に使うことになる日向のほうを相手にしないとな。


「今日も随分とご機嫌ナナメだね、王様?」


無心に日向の動きに合わせたトスを上げ続けていると、珍しく月島のほうから近づいて来た。
カンにさわるあだ名に、ピクリと青筋が立つのを感じる。
しかもそれを、こちらが不機嫌になるのをわかっていてあえて使ってくるのなんて、ここには一人しかいない。


「ていうか君、機嫌のいいときってあるの?」

「・・・何の用だよ」


相変わらず挨拶のように嫌味を言ってくる月島にさらに眉間の皺が寄るが、諸々を押し込めて用件を聞く。
頭の回転だけは無駄に早いらしいコイツに下手に言い返すと、ろくなことがないのはこの数日で理解した。
なら、用件をさっさと聞いて話しを切り上げたほうが早い。
そう思ってトスを上げるために向かってきていたボールを受け止めると、目を瞑ったままスイングした日向が不思議そうな顔で着地した。
あ、悪い。


「イヤ別に?王様の不機嫌が標準装備なら別にとやかく言うつもりないんだけどね」

「・・・だから、何が言いたいんだよ!」

「原因、アレなんでショ」

「・・・!」


煽る様な口ぶりにイライラがつのり、思わず語気を荒めればあっさりと返される。
くい、と親指で指された先には、帰り支度を済ませて帰ろうとしているらしい大野の後姿。
わかってて、わざわざ何を言いに来たんだ。
無言のまま月島を睨みつけると、わざとらしく肩を竦めて仕方ないとばかりに口を開く。


「僕も別に他人の人間関係にあれこれ口出しするつもりはないんだけど。視界に入るだけでうっとおしい人間が近くにいるのは御免被りたいんだよね」

「影山ー?何してんだよ?」


俺がトスを上げないことに痺れをきらしたらしい、日向がこちらへ向かってくる。
それを意識の端に引っ掛けながらも、月島から目をそらさず口を開いた。


「・・・お前は、適当に手を抜いて勝たされた相手が申し訳なさそうにビクビクしながらこっちの機嫌伺ってるの見て、何も感じねぇのかよ」


コイツも大野に対してあまりいい感情はもってないようだったから、こんなふうに言ってくるのは正直予想外だった。
聞きようによってはアイツの肩をもっているように聞こえなくもない言いぶりにもカチンとくるが、今回のことは俺が譲れるところじゃない。
元々プライドが高い自覚はあったが、ことバレーに関しては特に、妥協できるわけないのだ。
怒りを押し込めての声は低いもので、そこらへんの奴ならそれだけで一歩引かれるくらいのものだったが。
月島はあっさりと馬鹿にするかのように見下して、わざとらしく「はっ」とため息とも嘲笑ともつかない声を出した。


「ホントにそうだったら考えるカモだけど。でも今のアレは、君の態度にも問題あるってことじゃないの」

「・・・?」

「なんだよ、大野の話?オレも混ぜろって!」

「・・・日向」


月島の言い分が理解できなくて首を傾げると、近くでうろちょろしていた日向が好機とばかりに話に入ってきた。
でもそれは、他人の悪口に便乗するようなものではなく、単純に友達のことを話しているから俺もまざる!みたいなノリで。


「・・・お前は腹たたねぇのかよ。アイツにお情けで勝たされても、勝ちは勝ちなのか」


一緒に試合して、一緒に勝たされたはずなのに、こいつは悔しいとか思わないのか?
だったらゲンメツだな、と勝手に想像して嫌悪感が表情に乗るのを感じるが、日向は何も感じないかのように首を傾げる。


「・・・?それって、この前の一年での練習試合のことか?」


肯定の意味を込めて一つ頷いてやれば、今度は反対側に首を傾げたり、また元に戻したり、と首をこねくり回し始める。


「んー・・・そりゃ、試合が終わった後に月島みたいに腹立つこと言ってきたら、むかついてたかもしんねぇけど・・・」


月島の上に「・・・・・・」が見える。
良くも悪くも素直な奴だな。ある意味で感心していると、日向の中で結論が出たのかピタリと正面で首が止まった。


「大野、全然嬉しそうじゃなかったしなぁ」

「・・・・・・?」


嬉しそうじゃ、なかった?


「“自分の思い通りになった”って顔じゃなかったから、なんかあったのかなーって」

「・・・日向のほうが人を見る目はありそうだね。それもほとんど野生的な勘みたいだけど」

「何でお前そんなに一言よけいなの!?」


日向が月島に食って掛かるのを尻目に、今日向が言った言葉を脳内で繰り返す。
嬉しそうじゃなかった。負けてやったのに、嬉しそうじゃ、なかった。
負けたのが悔しいのか?なら手加減しなければいいんじゃないのか??
いや、そもそもさっきの月島の言葉もそうだ。
俺の態度が原因?俺大野に何かしたか?どっちかってとされてる方だと思うんだが。
それに、本当にそうだったらって、どういうことだ。その“そう”はどこに掛かってるんだ?
訳がわからず、いつの間にか首が痛くなるほど傾いていた頭の位置を元に戻す。
けれど考えていたらまたいつの間にか首が痛くなっていて、もうどうしたらいいかわからなくなってきた。


「・・・とりあえず、少しは“待て”を覚えたら?皆が皆、君らみたいに全力でぶつかれるような心もってるわけじゃないんだから」


仕方ないとばかりにため息ついでに吐かれた言葉のぞんざいさにまたイラッとくるものがあったが、話は終わりだといわんばかりにくるりと背を向けられ、反論するタイミングを逃す。
いつの間にか周りも随分帰り支度を済ませていて、結構な時間になっているのだとようやく気付いた。


「・・・チッ!日向、続きやるぞ!」

「!おぉ!」


トスを上げれば食いついてくる日向で少し気晴らしをしたら、今日はもう帰ろう。
帰り際に月島の向こうでちらりとこちらを振り返った大野の姿がちらついて、もうトスに集中できそうにない。


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