月島君はカッコイイよ


連戦連敗の中、ようやく一日目の試合が全部終わった。
見事な負け続けにいっそ何も感じなくなったけど、ようやく終わったとため息をつく。
さっさと風呂入って寝よう。
そう思ってたのに。


「あ!チョットそこの!烏野の!メガネの!」

「!?」


反応しないわけにはいかない特徴の羅列に振り返れば、そこには梟谷と音駒の主将たちがいて。
絡まれて無理やりアタック練に付き合わされた挙句かんに触ることを言われ、さらにサポーターを忘れて体育館に取りに帰る羽目になるなんて。
暗い渡り廊下を早足で歩きながら、厄日だ、と思う。
それ同時にこれと似たようなことが一週間続くかもしれないと気付いて、眉間に皺が寄った。
冗談じゃない。・・・たかが部活に、そんなにしんどい思いをするのはゴメンだ。
明日こそ逃げ切ってやる、と妙な決意を抱きながら第一体育館に足を踏み入れれば、昼間と同じかそれ以上の活気が溢れていて。
むっと襲い掛かってくる息苦しさに眉を寄せながらサポーターを拾えば、烏野のメンバーが揃いも揃って汗だくで練習する姿が嫌でも目に入る。
誰もこっちなんて気にしてない。
誰も、聞いてない。


「―――たかが、部活だろ」


なんでそんな風にやるんだ。
そんな風にやるから、


「・・・あとで苦しくなるんだろ」


体育館の中の全てに背を向けて、再び暗い廊下へと足を踏み出す。
ドン、という音が後ろで跳ね返って、ボールが外に飛び出してきたのはわかったけど、気付かなかったふりをして・・・


「わっ、」


ピタ、と足が動かなくなる。
体育館から飛び出してきたであろう人物は、廊下からさらに外へと飛び出していったボールを追って地面に足をつける。


「とっ、ぅわ、わわゎっとわぁ・・・っ!?」

「・・・・・・」


舗装されていないそこは、その人物の思わぬところに段差を作っていたようで。
ボールを掴んだはいいがそのまま転んでしまった姿に、呆れたとも冷めたともいえない目で一連の出来事を見守ってしまった。


「ったた・・・うぅ・・・」


軽く呻いて立ち上がった人物、大野はため息を付くとサポーターに付いた砂を払う。
それから戻ろうと顔を上げたところで、ようやくこちらの存在に気付いたようだった。


「ぅひぃ!?ぅえあっ、つ、月島君・・・!?」

「・・・君、馬鹿でしょ」

「え、えぇ・・・?」


なんとも気の抜ける登場に思わずそう言えば、大野は困ったようにきょろきょろと視線を動かす。
手慰みのようにボールに付いた砂を払った大野は、もう一度こっちをチラリと見上げると小首を傾げてみせた。


「つ、月島君はもう上がり・・・?」

「そのつもりだけど。何、君までガムシャラに練習しろって言うわけ?」

「えっ!?そ、そんなつもりは・・・」


募ったイライラをつつくような言葉につい棘のある言い方で返せば、大野は焦ったように細かく首を横に振る。
それから少し考えるように視線を下げると、今度はコクコクと縦に首を振った。


「た、確かに体休めることも大事だよね、ペナルティの分、他のチームよりしんどいし・・・」

「そのくせ僕以外全員自主練してるけどね」

「あ、ぅ・・・」


ホント、わけわかんない。
どんなに頑張ったところで一番になれるわけがないのに、どうしてそんなに必死になるんだ。
必死になんてなるから・・・あとで、苦しくなるのに。
脳裏を過ぎる姿に、また眉間に皺が寄る。
暗がりではこちらの表情までは見えないのか、大野は弁解の言葉を探して視線を彷徨わせた。


「ぼ、僕はヘタクソだから・・・皆より練習しないと、試合に出させてもらえないし・・・」


卑屈な言い方に、普段なら流せるそれが引っかかる。
その“ヘタクソ”とよく交代させられる僕は、じゃあなんだっていうのさ。
レギュラーにこそ選ばれてはいないとはいえ、少なくとも試合に出ている分、他のメンツよりも自信をもっていいはずなのに。
鼻にかけないどころか相変わらず身体を小さくする大野は、カンに触る存在といえばそれまでだった。


「・・・じゃあ、もののついでに聞くけど」


「練習しないと、」の言葉に最近の自主練風景がふっと脳裏に蘇って、舌打ちの代わりに言葉を乗せる。
小さくだけれど、ずっとどこかで引っかかっていることがあった。


「君は、何でレシーブの練習をするの?」


それが口から出た言葉に瞬間、「しまった」と今度こそ舌打ちをしそうになる。
感情に任せて、余計なことを言った感が否めない。
けど、言い出した手前、もう引き返すこともできなくて。
何を言われているのかわかっていない大野の目が、珍しく真っ直ぐ見上げてきた。


「・・・サーブ以外これといった取り柄のない君の上は知れてる。レシーブは一朝一夕で身につくものじゃないし。試合に出たいなら、確実にサービスエースの取れるサーブでも練習したほうがいいんじゃないの?」

「・・・・・・」


我ながら、なんて上からものを言っているんだと吐き気がした。
何様のつもりだ、なんて。


「・・・なんでもな「だって、」


不快な表情をしているわけでもない大野にどこか安心しながら、それでも自分の言葉を撤回しようとため息に言葉を乗せたとき。
戸惑った様子もない大野の声に、今度はこちらが逸らしていた視線を引き戻される番だった。
声がかぶったことに大野は少しの間口をつぐんで、僕が無言で先を促すと軽く視線を彷徨わせてから恐る恐る話し始めた。


「今練習しなかったら、来年の今、絶対後悔するから」


それは、どこか確信に満ちた言葉で。
もう既に、後悔したとでも言わんばかりの声色に、眉間の皺が深まるのを感じた。


「一朝一夕で身につかないからこそ、積み重ねないと・・・あの、サーブの練習も、しては、いるんだけど・・・」

「・・・勝手にすれば」


始まったフォローにこれ以上は話すこともない、と踵を返せば、背後から「あ・・・ご、ごめん・・・お、おやすみ・・・」と消え入りそうな声が追いかけてくる。
振り切るようにその場を離れれば、暫くこちらを見送っていた大野が体育館の中に入っていく気配を感じた。
振り返らず、割り当てられた部屋へと足早に向かいながら・・・さっき大野が言ったことを思い返す。


“今練習しなかったら、来年の今、絶対後悔するから”


強く言い返されるより、ずっと重いしっぺ返しを食らった気分だった。
・・・何を、やってるんだ、僕は。
レシーブ練習が必要なのは、僕だって同じじゃないか。
日向だって時々はレシーブの練習に付き合ってもらってるみたいなのに、僕だけ、逃げて。
・・・いや、積み上げが大事だって言うんなら練習中のレシーブ練で十分だし、そもそも後衛は西谷先輩っていうリベロがいるんだから、別に


“来年の今、絶対後悔するから”


・・・来年の今、西谷先輩は三年生。
そして、再来年の今、烏野の守護神は烏野にいない。
・・・大野が言ってるのは、このことか。
それとも。


「・・・くそっ・・・」


どうあがいたって言い返せない事実に、自分の浅はかさを感じて髪を握り締める。
なんでだよ。
どうやったって一番になれない事実は変わらないはずなのに。
どんなに強く“負けたくない”って思ったって、いつかは必ず負けるのに。
何でこんなに、僕が間違っている気がするんだよ。



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