菅原先輩は気に掛ける


今日も今日とてあっさりと体育館から出て行った月島の背中を見送って、若干複雑な思いを感じる。
練習中も、坂道ダッシュでへばってること、一番多いんだよなぁ。
このままいったら、月島の奴。烏野一の長身選手でありながらレギュラー落ちしそうな気がして・・・心配というか、不安というか。


「なあ大地。・・・月島、ほっといていいのか?」

「・・・強制的にやらせたら、自主練じゃないだろ」

「そうだけどさぁ〜」


特に気にしていなさそうな大地に声をかけても、何かするつもりはないらしい返事。
どうすんだよ、と不満を声に乗せれば、大地は少し考えてからポン、とボトルの蓋を閉じた。


「・・・最初の3対3やったときから、俺はそこまで心配してないよ」


その表情は、確かに特に何か気負っている様子はない。
普段から主将として色々と考えている大地のそんな様子が少し意外で、何かそう言う理由があるのか?と首をかしげた。


「月島がどう考えてるかわかんないけどさ。俺達はまだ発展途上もいいとこだし、“才能の限界”なんてわかんないだろー。もしそれを感じることがあったとしたって、それでも、上を目指さずにはいられない。・・・理屈も理由も分かんないけどさ」


全然上手く説明されているわけじゃないのに、感覚で伝わるその感じ。
それはきっと、月島も同じで。
そして大地はそれを、その3対3のときに月島から感じ取ったんだろう。


「・・・確かに」

「そっスね!」


ならきっと、大地の言うとおり月島はそんなに心配しなくていい。
“負けたくない”んなら、やることはわかりきってるしな!


「あ、でも万が一月島が辞めるとか言い出したら焦って止めるから、そんときは手伝ってね」

「「・・・・・・」」


・・・頼りになる感じだったのに・・・
大地って、そういうところは素直なんだよな・・・。


何となく話を終わらせて、ちょうど切れていた水を補給しに給水所へ向かう。
電気の消えた暗い校舎の中を歩きながら、思い出すのはさっきまでの会話の内容だ。
才能の限界、か。
俺も才能に溢れたタイプってわけじゃないから、限界を感じることはままある。
それでも、そこで立ち止まってちゃどうにもならないから、何か“上”へ行く方法を探るんだけど。
・・・限界という言葉で、ちょっと気になるのがもう一人。
大野のやつ、合宿に来てから自主練時間はほとんどがレシーブで、サーブを打っているところを全然見ない。
とはいえまぁまだ二日目だし、夜久君もなんか楽しそうに教えてたし、これからまだ何日もあるんだし・・・
暗がりの中に給水機を見つけて、ジョボボボボ・・・と水を入れながら物思いにふける。
考えすぎかな、とは思うんだけど。
もしかして大野のやつも、自分のサーブに限界を感じて・・・とかだったりするんかな。
だとしたら・・・とぼんやり対策を考えていると、ふと。向こうから足音が近づいてきていることに気づいた。
誰だろ?とそちらを見て、水音で向こうも気付いていたんだろう、目があったのは生川の主将だった。


「お疲れッス」

「・・・どうも」


お互い大して相手のことを知らないから、おのずと挨拶はよそよそしい感じになる。
水もまだ半分くらいしか溜まっていないし、何か話題ないかな〜・・・。
生川の主将はあんまり自分からコミュニケーション!っていうタイプじゃなさそうだし。


「・・・その、烏野の13番のことなんだが」


そんな風に思っていたから、生川の主将のほうから話を振ってきたことに少し驚いてしまった。
振り返ると、難しい顔をした生川主将が軽く俯いた状態でじっとしていて、真面目な話の気配に水を止めて振り返った。
13番・・・って言ってたけど、大野のこと、だよな?
特に生川の選手と交流を持ってる様子はなかったけど・・・もしかして、また泣かされたとか?
ありえる予想に心構えをしながら続きの言葉を待てば、またもや予想外の展開が待ち受けていた。


「・・・サーブに力を入れているらしいことはわかるんだが・・・その・・・」

「・・・?」

「・・・あんなに凝視されると、さすがに少しやりづらい、と」

「・・・大野が、凝視?」

「サーブの度に、穴が空くほど見られると、ウチのチーム内で話題に上がるほどには」

「・・・・・・」


大野が、凝視。
あの、人と目を合わせることが1秒できない、大野が。
まるでイメージのわかなかったその状況が、生川のサーブのとき、という条件を加えたことでカチリとはまる。
大野もやっぱり、“上を目指さずにはいられない”、なんだな。
少しにやけそうになって、生川主将に背を向けると再びボトルに水を溜め始める。
ジョボボボボ・・・という音で、声にはらんだ喜色を誤魔化せればいいんだけど。


「・・・申し訳ないけど、大野がそうしてるのなら、俺は止められないな」

「?」

「チームメイトがせっかく強くなろうとしてるのに、止めるなんて野暮だべや?」


大野は今、バネを溜めてる状態なんだろう。
より高く飛ぶために。より大きく伸びるために。
だったらこの合宿は、大野にとって生川のサーブを盗む絶好の機会。
生川の選手には、是非とも大野の糧になってもらわないとな。
黙り込んでしまった生川の主将に、ちっと言い方に棘があったかな、とこっそり反省する。
水の溜まったボトルを持ち直して、蓋を閉めながらもう一度振り返った。


「一応、こっそり見るようには言っとくべ」

「・・・すまん。頼む」


軽く頭を下げる生川主将に笑い返して、急ぎ足で体育館に戻る。
生川主将の思いを伝えるつもりは、あんまりないけど。
大野に、ちょっと聞きたいことができたんだよな!










結局昨日は大野を見つけられなくて、ずるずると次の日の午後練時間。
午前練からそうだったけど、生川主将の言っていた通り、大野は暇さえあれば生川のサーブを食い入るように見ていた。
その集中した感じに、若干話しかけるのが戸惑われたけど・・・そういって午前中いっぱいタイミング逃してきたからなぁ。


「大野、生川のサーブは参考になりそうか?」

「えっ・・・!?あっ、は、はい・・・っ」


今だ!と妙に気合を入れて話しかければ、思ったより普段どおりの反応が返ってきて少しほっとする。


「で、でもやっぱり、僕力ないので・・・あれだけ強いサーブは打てそうにないな、と・・・」

「へぇ・・・なら、やっぱりコントロール重視?」

「う・・・で、でも、弱いとやっぱり正面入られたら取られちゃうし、そうなるとフローターしか使えないしと思うと・・・」


ぐしぐしとネガティブモードを発動させている大野に、まだ自分の中でも纏ってない感じなのかな、とあたりをつける。
だったら、百聞は一見にしかず、だ。


「・・・大野、今どんなサーブ練習してんのか、ちょっとサーブレシーブさせてもらってもいい?」

「え・・・っ!?」

「インハイ予選の最後に打ってたサーブも、普段と違ったべ?俺はセッターポジにいることが多くてあんまりサーブレシーブする機会ないから、大野のサーブ一回取ってみたいと思ってたんだよなー」

「う、あ、・・・は、はぃ・・・」


軽い調子で頼めば、大野が否を言うことはほとんどない。
今回も例に漏れず期待通りの反応を見せてくれた大野に、満面の笑みを加えて「じゃあ自主練で!」と腕を軽く叩いた。






「レシーブされても、思うように飛ばなくならないかな、と思って・・・」





「生川のサーブも、やっぱり正面で受けても、セッターに返りにくいように見えました」





「すごく、落ちないんですよね。伸びるというか・・・」





「顎の辺りを狙うと、正面でも返しにくいみたいだって、思えて・・・」





そう言って何本か打つのを、構えてみたけれど。
相変わらずの精密コントロールで、正面に飛んで来たサーブなのにも関わらず。
一本も、セッターポジションに返すことができなかった。
俺がレシーブ下手なだけ、では片付けられない、思い通りに飛ばないボール。
・・・どうやらウチのピンチサーバーは、メキメキと実力を伸ばしているらしいということが、よぉ〜くわかった。



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