美味しいものは、好きです


ピーッ

生川対森然、最後のセットが終わった。
そして一週間の合宿が、終わる。


一週間張りっぱなしだったネットを片付けて、掃除をして・・・と撤収作業をしながら、自分たちの最後の試合を思い返す。
合宿最後のセット直前、昼にバーベキューがあると知った烏野の面々の活躍は、これまでで一番のものだった。
梟谷グループの中でダントツに強い梟谷高校と対戦して、これまでで一番の点数を稼いだのがその証拠だろう。
それでもあと一歩及ばず負けてしまったけれど、合宿中の成長を実感するには十分で。
掌をじっと見つめて、梟谷との最終セットで獲ったサービスエースのことを思い出す。
梟谷の、しかもリベロから奪ったサービスエース。
ボールが思い通りの場所に当たった感覚を逃がしたくなくて、グッと手を握り締めてみた。


「肉だ!肉肉!!BBQ!!!」

「お肉肉肉お肉肉!」


テンションの高い声にはっとなって慌ててモップを片付けて、皆の背中を追いかけて外に出る。
僕たちが片付けている間にバーベキューの準備をしていてくれた人たちが、「お前らも肉乗せろー!」とトングを振り回しながら声を掛けてくれて。
その反対の手にあるお肉が食べられるのかと思うと、さすがに唾液が垂れそうだ。
網の上がお肉や野菜で埋め尽くされて、マネの人たちが配ってくれたお皿と箸を両手に装備する。


「―――存分に筋肉を修復しなさい」

「「「いただきます!!」」」


猫又先生のお言葉に、全員で一斉に飛び掛った。
空腹状態のときに“待て”をさせられるのは、けっこうしんどい。
話をとても短くしてくださった猫又先生に心から感謝しつつ、何とか手に入れたお肉を口に運んだ。

・・・うん、おいしい!

ぱくぱくと、おにぎりや野菜を間に挟みながら順調にお肉を消費していく。
そうやって腹の虫も落ち着いた頃、ふと顔を上げたときに見えたひとつの小さな影。


「・・・・・・、」


少し考えて、いい具合に焼けている肉と、彩りに少しの野菜を紙皿にこんもりと乗せる。
これぐらいでいいかな、と先ほど見た場所を振り返って・・・
その瞬間目の前にぬっと迫ってきた影に、はっと身体を固まらせた。


「よう大野。ちゃんと食って・・・るな」

「くっ・・・黒尾先輩・・・あっ、これは、その・・・」

「お前は遠慮して食わない性質だと思ったから、食わせようと思ってきたんだけどなー」

「あっ・・・ありがとうございます・・・!」


僕の皿より大量に乗っているお肉に、これを全部・・・?と少し自分の胃と相談する。
でも先輩からの差し入れ、食べないわけには・・・!と覚悟を決めていたら、僕の皿に乗っている肉を見て考えを改めたらしかった。
自分でそのお肉の山を切り崩しにかかった黒尾先輩に、わざわざ持ってきてくださったのに・・・と申し訳ない気持ちになる。
「スミマセン、」と小さく謝れば、「いや、」と特に気にした様子もない返事が返ってきてほっと息をついた。


「しっかり食ってパワー付けろよな。お前のサーブは強烈だけど、ドライブサーブはやっぱり3番とかに比べてイマイチ迫力に欠けてっから」

「は、はい・・・が、頑張ります・・・」

「まぁ、お前が頑張っても俺達はその上を行くレシーブでガンガン拾うけどな?」


ニヤリと挑発的な笑みと共にそう言われて、そうなんだよね、と心の中でため息を付く。
梟谷のリベロからサービスエースを獲れたのだって、まだマグレに近い。
もっともっと、確実なものにしていかなくちゃ。


「・・・クロ」

「!!」


決意を新たにしていたら、不意に後ろから孤爪先輩の声。
いつの間に、と少し驚いて振り向けば、目が合った先輩はニコリと小さく微笑んでくれた。
い・・・一瞬前に見えた顔は、・・・幻覚・・・?


「・・・圭吾、春高、楽しみにしてるから」

「あ・・・?は、はぃ・・・。・・・はい・・・っ!」


言われた言葉をしっかりとかみ締めて、コクコクと首を振る。
そう、春高で結果を出せるように、しっかり練習しないと。
頑張んなきゃ、と割り箸を握り締めている間に、孤爪先輩は黒尾先輩の耳を引っ張ってどこかへ行ってしまった。
黒尾先輩、抵抗しないんだ・・・とお二人の仲の良さに少し感動する。
けど見送ったのもつかの間。開けた視界の中に谷地さんの姿が見えて、最初の目的を思い出して足を進めた。
他のマネの子たちが上手に自分たちの食べる分を確保する中、一年生ということもあってか肉を取ることができなかったらしい谷地さん。
身体の小ささも相俟ってどうやらバーベキュー台までたどり着くこともできないみたいで、さっきからオロオロと挙動不審になっているのが皆の間からちらちらと見える。
余計なお世話かも、しれないけど・・・とドキドキしながら声を掛けてみた。


「谷地さん、」

「ヒャイッ!?あっ、大野君・・・!?」

「ごっ、ごめん、驚かせて・・・!」

「い、イエ!私が勝手に驚いただけで・・・!」

「せ、せめて前から声かければよかったよね・・・!ごめん、気が利かなくて・・・っ」

「そっ!?そん・・・っ!そんっ・・・!」

「お前ら肉冷めるぞー」

「「・・・!」」


菅原先輩が呆れたように遠くから声を掛けてくださって、二人ではっと口を噤む。
た、確かに・・・このまま押し問答を繰り広げていても、多分何も生まれない。
申し訳ないという言葉が出そうになる口をぐっと引き結んで、何のためにここにきたのかを思い浮かべた。


「あ、あの・・・食べれて、ないのかなって思って・・・その、もしよかったらなんだけど・・・」


これ、と差し出した皿に乗った肉は菅原先輩が言うように少し冷めてしまっているように感じる。
人に出す料理(?)なのに、美味しくないって駄目だろ、僕・・・。


「ごめん、冷めちゃったから・・・しっかり熱いほうがいい、よね?」

「エッ!?イエ、いただけるだけで!」

「でも・・・」


僕がとろとろ来たからせっかくの肉が冷めちゃったんだし、せっかくなら焼きたてで美味しい肉を食べてほしい。
あ、でもまたここまで来るのに時間が掛かったら、同じかぁ・・・
どうしよう、と少し考えて、ふと当たり前のことに気づいた。


「・・・あの、もしよかったら、もう一回ちょっと温めにいかない?」


そのほうが、焼きたてで美味しいし、谷地さんも自分の食べたい量を食べることができる。
そのほうがいいかな、と自分でうんうんと納得して「どうする?」と首を傾げた。
僕が良くても、行くのは谷地さんだしなぁ。
後を付いてこれば、少しは行きやすいだろうか?
谷地さんは何故か他のマネさんたちがそろって食べているところを振り返ると、マネさんたちとなにやらアイコンタクトを取って。
少しすると、「お供させていただきます・・・」と少し顔を赤らめて言ってくれた。
よかった、恥ずかしいと思いながらも正直に言ってくれて。
「食べたい!」って言うのって、中々恥ずかしいものだし・・・でも、遠慮して食べられないのは後悔するからなぁ。
ちゃっかりしっかり十分に食べた身としては、後は食べてない人に食べてもらうのがいいと思うし。
「じゃあ、行こうか」と、谷地さんを先導するように先にたって歩いた。









「(大野君って、意外と背中大きいんだなぁ・・・)」


さっきまで全然通り抜けることができなかった巨人の密林が、まるで左右に分かれるように攻略されていく。
大野君だって180cm近いんだから、その目線は30cmほど上にあるんだけど。


「(・・・あれ?)」


自分で考えて、少し違和感を感じる。
そんなに、高いかなぁ・・・?
なんだか、他の皆より視線が近いような気が・・・
日向君ほど近いわけでもないんだけど・・・うーん?
首を捻っているうちに大野君のお陰でバーベキューセットまでたどり着いていて、振り向いた大野君に首を傾げられる。
慌ててお礼を言って、大野君が山と持ってきてくれたお肉を網の上に戻した。
遠火で少し温めれば、お肉はその美味しさを思い出す。


「〜〜〜っおいしい・・・!」

「よかったぁ、沢山食べてね・・・って僕が言うのもおかしいか」


照れたように頭を掻く大野君に、こちらもつられて笑ってしまう。
大野君、部活では教室と違った表情見せてくれるんだよね。
教室では物静かな優等生ってイメージの強い大野君は、部活だと割りと表情豊かになる。
それでも最初は怯えてばっかだったんだって日向君が教えてくれたけど、それってつまり、それだけ皆と仲良くなったってことだよね。


「お、大野はしっかり食ってるな。感心感心」


いいことだなぁ・・・とじーんとなりながらお肉を食べていると、大きなおにぎりをもった澤村主将が大野君に話しかけてきた。


「!主将・・・!はい、いただいてますっ」

「俺が払ったわけじゃないから!」


深々とお辞儀をする大野君に先輩が慌てて手を振って、その頭を上げさせる。
おずおずと顔を上げた大野君の頭の位置が、元に戻って。
それが、さっきまでの位置より少し高くなったことに、気付いた。


「・・・あっ」

「えっ?」

「あっ!イイエ!!」


思わず出してしまった声に声に振り向いた二人に、慌ててなんでもないですと手を振る。
誤魔化すようにお肉を口に運んで、モグモグと一生懸命咀嚼した。
二人は不思議そうな顔をしたけど、気にせず二人の会話に戻ってくれて。
そっか、そうだったんだ。
さっきまでのように味を感じる余裕もなく、ゴクンとお肉を飲み込む。
私に合わせて、少し腰を屈めてくれていたんだ。
謎がひとつ解けて、トクン、と心臓が自己主張を始める。
覚えのある胸の高鳴りに、この一週間夜の間中マネの先輩たちから教わった話を思い出した。
こ、これは・・・もしや!
パッと振り返れば、ニヤニヤとした笑顔でこっちを観察するマネの先輩たちと目が合う。
GOGO!と小さく振り上げられた拳に、炭火に当てられたせいじゃない、頬の火照りを感じた。


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