山口君は仲間でライバル


明日はとうとう、春高一次予選。
告げられたスターティングオーダーに自分の名前が見当たらないことに、当然だと思う一方でほんの少し落胆する。
試合に出たい。ウォームアップゾーンから抜け出したい。
スタメンはもとより、他の先輩方を蹴散らしてまでコートに居る実力が俺にないのは重々承知だ。
けど、俺だって・・・!


『ジャンプフローターは威力勝負のジャンプサーブと違って、リスクの少ないサーブだ』


嶋田さんの言葉が耳に蘇る。


『サーブが入るのは当然として、狙いも重要だ。ピンポイントでどこかを狙うのは難しくても、まずは―――レシーブ職人のリベロの所は避けることだ』


「来いやァ!」


声を張り上げる西谷先輩を意識して、その位置を目に焼き付ける。
それから、それ以外の場所に向かうようにサーブトスを上げた。
リベロには打たない・・・リベロには打たない・・・
リベロには打たないっ!


「オッ!?」


・・・って思うと行っちゃうの、なんでだろ・・・

真っ直ぐ西谷先輩の真正面に向かって飛んで行ったボールを、やるせない思いで見送る。


「山口ナイッサーブ!ちゃんと取り辛かったぞ!」

「アッハイ」


綺麗に拾われたけども・・・と頭の中で突っ込みを入れて、ぐっと顎を上げる。

・・・・・・もう一本!

ボールを拾おうと体の向きを変えた瞬間、キュキュッ、とシューズのこすれる音が耳に届いた。
つられてそちらを見れば、直ぐそこで大野が助走をつけていて、横を通り過ぎざまにジャンプする。
大野の手から放たれ、俺のよりずっと勢いよく飛んでいったボールは・・・


「・・・あれ?」

「っしゃあ!取れたぜ大野!」

「っは、はいっ・・・!」


西谷先輩の、正面に飛んでいっていた。
フローターだったみたいで、ブレはしっかりあったけど、元々警戒していた西谷先輩にそれは通用しない。
綺麗にセッター正面に返ったボールを、思わず目で追ってしまった。
・・・レシーブ職人の、リベロの所は避けるんじゃなかったっけ?
今今思い返していたはずの嶋田さんの言葉が、急に信憑性のないものに感じられてしまう。
あれー・・・と複雑な気持ちになりながら気を取り直してボールを拾い、ついでに近くに転がっていたそれを大野の方に転がす。


「あ、ありがとう・・・!」

「うん、」


嬉しそうに礼を言う大野にボールを渡すのは、割と悪い気はしない。
自己満足みたいなもんだけどさ、ともう一度フローターサーブを打つために深呼吸して―――
隣を通り過ぎていったさっきと同じ風に、思わずボールから顔を上げた。
バシン!といい音を立てて飛んでいったボールは、さっきと同じジャンプフローター。
けど、ジャンプサーブだったのにも関わらず、ボールの下がネットにかすって軌道をさらにぶれさせる。


「!んにゃろっ!」


それでも勢いを殺しきれなかったそれはネットから1mくらいのところに落ちようとしていて、それはやっぱり構えていた西谷先輩によって妨げられた。
掌一枚分、厚さ約2cm。
たったそれだけ、されどそれだけ。
床に落ちることのなかったボールは、試合ならきっと影山辺りが攻撃に繋げているだろう。
特に気にした様子もなくボールを拾いに腰をかがめている大野の背中に、少し考えてから声を掛けた。


「・・・大野さ、その・・・」

「っ?は、・・・ぅ、ん・・・?」

「もしかして、あえて西谷先輩に向かって打ってる?」

「あっ・・・う、うん・・・」

「・・・俺さ、嶋田さんに“リベロには打つな”って教わってるんだけど・・・」


大野は何でリベロに打つの?と純粋な疑問をぶつければ、大野はかなり困ったように視線をキョロキョロと動かす。
こうやって誰かに助けを求める割に、誰かと目が合ったらぱっと俯くんだよなぁ。
大野ってよくわかんないな、と改めて思っていると、「えっと・・・」とやっぱりサーブのことになると返事の早い大野が恐る恐る声を上げた。


「リベロが拾えない球は・・・、何処に打っても、拾われないから・・・?」

「・・・何で疑問系?」

「ご、ごめん・・・!」

「いや、いいんだけど!」


ごめんの雨を降らせそうな大野の様子に、慌てて手を振って責めてるんじゃないと否定する。
放置すると勘違いしたままグルグルと悩み始めるから、ほかの事に気を向けさせないと・・・!


「最近なんか、フツーのサーブもよく打ってるよね?ネットに引っ掛けることは減ったみたいだけど・・・」


何か調子悪い?と言い掛けて、はっとなる。
今の言い方は、大野的にどうなんだろう。
言葉をネガティブに捕らえることがめっぽう上手い大野のことだ、もしかしたら、俺が大野の調子が悪いことを責めてるとか、下手したらそうなることを望んでるとか・・・
そんなんじゃない。そんなわけない。
・・・でも確かに、俺が公式戦に出たのはIH予選の青城戦一回きりで、そのときも大野の代打みたいなもの。
大野の調子が悪ければ・・・俺が、大野の代わりに試合に・・・?


「だ、大丈夫!」

「っ!」


大野の声に、はっとなる。
一瞬すくんだように思えた足が、地に着いているのを感じた。


「だ・・・、大、丈夫・・・」

「え・・・あんまり大丈夫そうじゃないんだけど・・・」


頼もしいはずの言葉が、自分に言い聞かせているようにしか聞こえない。
自分を守るようにボールを抱きしめた大野が、難しい顔で俯いた。


「・・・じ、実は・・・まだ、新しいサーブ、完璧じゃなくって・・・」

「新しいサーブ!?え、まだ種類増やすの!?」

「っ!?だ・・・っ、も、もう、サーブ、西谷先輩に拾われるようになってきてるしぃ・・・!」

「・・・そうだけど!え!?なんで号泣なの!?」


それは西谷先輩がさんざん大野のサーブを受けて、大野のサーブに慣れたからで!
唐突にボロボロと泣き始めた大野に、どうしたらいいのかわからずにオロオロと手を彷徨わせる。
俺も泣き虫なほうだったけど、大野ほどじゃなかった自信ある!絶対!
しゃくりあげ始めた大野に、ツッキーに助けを求めようと大野から顔を上げる。


「サーブ研究されちゃったら・・・っ僕っ、使われなくなっちゃう・・・!」

「・・・!」


その瞬間聞こえた言葉に、「ツ」の形に作られていた唇が固まった。
大野も、俺と同じなんだ。
出たいんだ、試合に。


「新しいサーブ、かっ、かんせぇ、させときたかった、のにぃ・・・!」

「・・・だっ!大丈夫だって!」

「っ・・・ぅえ・・・っ?」

「ネットには掛けなくなったよね!?なら、拾われても皆が助けてくれるよ!あーほら、IH予選のときみたいに!ね!?」

「・・・っひ・・・っく・・・め、迷惑・・・」

「じゃないから!」


ねっ!とごり押しのように言い聞かせれば、「ぅ、ん・・・」と押され気味の大野が何とか頷く。
けど俺が言った言葉を頭の中で反芻しているのか、数回小さく頷いて。
まだ少し気弱な表情のままだったけど、今度こそ「うん、」とはっきり頷いた。


「明日・・・一緒に頑張ろうね・・・!」

「え?」

「えっ」

「あ、あぁ、うん!そう!頑張ろうね!」


一気に置いていかれたような顔をする大野に、慌てて頷く。
ほっとした顔になって練習に戻った大野を見送って、自分もサーブを打とうとエンドラインから距離を取った。
・・・頑張ろうって、応援・・・のことじゃ、ないよなぁ・・・
ちょっと微妙、となんとも言えない気分でボールを数回つく。
ふぅ、と一つ息を吐いて呼吸を整えてから、サーブトスを上げる。
多分大野のことだから、他意はない。
いい感じに上がったボールを追いかけるように、キュキュッとシューズを鳴らして助走をつける。
ピンチサーバーだから出ない試合のほうが多いくらいだなんて、考えてもいない。
深く沈ませていた身体を思い切り上に飛ばして、落ちてくるボールにタイミングを合わせる。
ただ、試合に出たら点を稼ぐのを頑張ろうって、それぐらいの感覚だ。
バシンと音を立てて飛んでいったボールが、西谷先輩を避けてサイドラインに向かって飛んでいく。
―――でもそれって、俺が試合に出ること前提だよね。
ドン、と音を立てて落ちた先は、コートの外。
・・・こんな風に腐った気持ちで打てば、入らないのなんて当たり前だ。


「(くそっ・・・!大野の言葉に応えられるようになればいいだけだろ・・・!)」


こんなんじゃまた、チームの足を引っ張ってしまう。
IH予選の二の舞は、絶対に避けたい。
ツッキーにもあんなこと言っちゃったんだし、ちゃんとプライド、固めとかないと!
よし!ともう一度気合を入れて、飛んできたボールを受け止めた。










俺は知らないし、これからも気付かない。

役に立たなかったから引っ込められたんだと大野が落ち込むことを気にして、コーチが大野に俺も使うときがあると伝えていたことも。

一瞬で号泣してしまうほど、大野が自分のサーブに自信をなくしているということも。

誰にも気付かれないよう密かに、東峰先輩が日向に思うのと同じ感情を、俺に対して感じていたことも。



俺は、ずっと気付かない。


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