田中先輩は耳聡い


8月11日、加持高等学校。
春高の宮城代表決定戦の一次予選が、今日これから―――始まる。

体育館ギャラリーの一角に荷物を纏めて、それぞれが好きなように時間を潰す。
俺ら烏野はシードで一回戦がないから、アップまで少し時間があるんだよな。
第一試合のあるチームがコートでアップをとり始めたのを暫く眺めてからうっし、と気合を入れて、集中!と今までのプレーの良かったところを思い出す。
ノヤっさん直伝の“反省会”は、こういうところでも実に役に立つんだよな!


「どうした、大野?何か落ち着かないみたいだけど・・・」

「あっ、いえ・・・っな、何でもないです・・・!」


ふと聞こえてきた会話にそちらに視線を向ければ、大野が主将にプルプルと手と頭を振ってるところだった。
会場入りしてからずっと周りを見渡している大野は、緊張しているというより何かを探しているように見える。
何かあったか?と首を傾げていると、そわそわと落ち着きなく手をもんでいた大野がじりじりと動き出した。


「ちょ、ちょっとトイレに・・・」

「君まで吐くとか言わないでよね?」

「だ、大丈夫・・・!」


月島に余計な一言をもらい、どこかコソコソと小走りで遠ざかる背中を少し目で追う。
なんだ、我慢せずにさっさと行けばよかったのによ!
どうやら集中しているらしい旭さんの隣の壁に背を預けて、自分も再び精神集中を始める。
けれどそれも、やっぱりすぐ終わっちまった。


「―――ら、烏野―――」


教室のざわつきの中でも自分の名前だけははっきり聞こえるのと同じように、ふと耳に届いた自分たちの学校名。
何だ?と目だけ動かして出所を探ると、少し離れた場所で他校生がこっちを横目に見ながら話している。
集中していたからこそ澄んでいた耳には、途切れ途切れではあったものの自分たちのことを指している単語が聞こえてきた。


「―――前の・・・選、青―――って・・・まで追い詰めたってトコ!」


・・・これは!
半分閉じかけていた目をかっと見開く。
俺らを警戒してんのか・・・!いいねぇ、燃えるじゃねえか!
ニヤリと上がりそうな口角をぐっと引き締めて、そいつらの会話にさらに耳を澄ませる。


「北―――王様”が―――、・・・中の西谷―――」


おーやっぱウチの有名どころっつったらこの二人だよなー。
“天才”っつーのは得なのか損なのかわかんねぇな。


「―――及川のサーブ―――、多分主・・・」


・・・これは大地さんのことか?くそっ、もっとはっきりしゃべれよ!
ウチの主将はすげぇんだぞ!!


「190cm近い・・・―――、予選時はあんま―――」


ア゛ァ!?何でここで月島の話なんだよ!
まだエースのこと話してねーじゃねーか!!


「レフト二人が・・・だよなー。パワースパイカーって感じで」


おっ、きたきた!我らがエースと俺!
顔をきりっとさせて、“強そう”な雰囲気をかもし出す。
っしゃあ!俺の実力試合でとくと見やがれってんだ!


「―――MBで、無茶苦茶な速攻・・・―――10番!」


そーそー。ウチの攻撃は日向の囮あってこそだからな!
タイミングよく振り返った日向の表情がゲッソリしてることに気付いたそいつらが、驚いた顔をする。
せっかくキメてたのに、かっこよく決まらねぇ日向の感じに思わず笑っちまった。


「何笑ってんだ?龍」

「聞いてくれるか、ノヤっさん」


一人で笑い出した俺を不思議そうに見上げてきたノヤっさんに、神妙な顔で話を切り出す。
雰囲気を察して真面目な顔をするノヤっさんに、声を潜めて言ってやった。


「実は日向の奴・・・バスでゲロったの、二回目なんだぜ」

「ブハッ!!マジか!!!」


案の定噴出したノヤっさんが日向に向かうのを追いかけて、壁から背を離す。
チラリと目を向ければ、そいつらはまだ俺らのほうを横目で見ていて、さりげなく誰かを探していて。
よしよし、と内心で頷いた。
今ここにはいねぇけど、もう一人すげえのいるって、ちゃんと知れ渡ってんな!


「あと一人、ピンチサーバーなんだけど、サーブの打ち分けがすごいのがいて・・・」

「よおガキ共。ちょっとその話、詳しく聞かせてくれねぇか?」

「翔陽バスでゲロるの二回目ってほんとか!!」

「他人の股間にリバースせず、バスが止まるまで我慢するなんて成長したな日向」


・・・ん?
今、ノヤっさんの言葉に被って、なんかおっさんの声しなかったか?
涙目になる日向を笑い飛ばしてからチラリと見てみると、やっぱり居る。
どう見たって学生には見えない、おっさんがさっきの二人に話しかけていた。
どっかのコーチか?ウチと対戦する前の情報収集ってか。
にしたら、情報集めるの遅すぎだと思うけど。
二人で日向の失敗談を笑っている間に、そのおっさんはどっかに行っちまったみたいだった。
なんだったんだ?


「スミマセン、戻りました・・・」

「オウ、おかえり」


大した間をおかずに戻ってきた大野は相変わらずキョロキョロしてて、試合前に大野がこんだけ落ち着きないのは珍しいな、と少し思う。
けど大野のことだから、試合になればいつもみてえに「いきます」ってやるだろ!
今は日向を弄り倒して、いつもの調子に戻すことの方が先決だな!










前の試合が終わって、駆け足でアップに入った俺達の一回戦目。
相手はヤンキーみたいなやつばっかの扇南高校。
チームは完成してて、一回戦目を勝ちあがってきたやつらなんだから油断はできない。


「ワンタッチ!」

「チャンボ!」

「ナイッサァー!!」


けど夏合宿、目一杯ハイレベルなやつらと対戦し続けた俺らの実力はもう“飛べない烏”だとか言えるレベルじゃねえ。
俺も含め、メンバーの調子もいい。
ピピーッとホイッスルが鳴り響いた1セット目、全員が割と余力を残した状態で獲ることができた。


「烏野を倒す!!一次予選突破!!打倒白鳥沢!!!」


けど、誰だって“勝ち”に来てんだ。
ナメてかかっと、痛い目みるのはこっちってこともある。


「受けて立ァーつ!!」


かかってこいやァ!と手を動かせば、扇南の主将は一瞬驚いたけどすぐニヤリと笑みを浮かべて。
第2セットが始まった。
ネコだってネズミを噛む・・・だっけか?ん?とはいえ、実力差は確実にある。
大野がピンチサーバーとして入ってからは、それはさらに浮き彫りになった。


「―――いきます」


この声を聞くのは、もう10回目。
上手いことフローターとドライブを使い分けて、時々ネットインで乱して。
さっきから返ってきてもチャンスボールだ。
下手したら、2セット目は大野の独壇場になるんじゃねえか?
夏合宿を経て前より強くなったドライブサーブは、お見合いで相手のコートに突き刺さった。


「―――いきます」


この前の、IH予選のときみたいに、サーブを打つ大野の表情が暗くなることもねぇ。
何かふっきれたのか?まぁ、暗くねえのはいいことだしな。
軌道の読めないフローターサーブに追いつけなかったレシーブは、明後日の方向にボールを飛ばす。


「―――いきます」


・・・ところでそろそろ俺も仕事してえんだが。
そんな風に思い始めた12本目。
何とか上がったボールは久しぶりの攻撃に繋がり、ブロックに跳んだ日向の腕で跳ね返ったボールが相手側に落ちた。
・・・バサッと音を立てて動いたラインズマンの旗は、上。
ブロックアウトか・・・!
「スッスミマセン!」と慌てる日向だが、正直ようやくブレイクが終わったか、って感じだ。


「大野に全部持ってかれっかと思ったぜ!」

「よくやった、大野!」

「はっ、はいっ・・・!」


大野に思い思いの言葉を掛けていると、コーチから副審にメンバーチェンジが伝えられる。
ずっと打ちっぱなしだったしな。まぁゆっくり休んでろよ!
サイドラインにプレートを持って立った月島に、駆け足で近寄っていく大野。
月島を迎えようと、そちらに一歩近づいた。


「何だ烏養、圭吾使わねえのかよ!」

「!?」


その瞬間突然頭上から降り注いだ大声に、思わず上を見上げる。
声の出所は、潔子さんの愛情が注がれた烏野の横断幕が張ってあるところ。
結構大勢の知らない人間がそこで応援しててくれたんだと気付いて少し驚いた。
何かガキが多い気もするが・・・烏養元監督も居るし、多分ちびっこバレークラブとかそんなんだろう。
けれどそこよりも、もっと気になるのが一人。
あれって・・・さっきのオッサン・・・?烏野の関係者だったのか?


「おい烏養!お前圭吾貸してやってんだからしっかり使えよ!!」


続いて聞こえてきた声がさっきと同じもので、さっきもあのオッサンが言ったんだとわかる。
けど、圭吾・・・って、大野のことだよな・・・!?
ばっと視線を下に戻せば、月島の向こう、こっちに背を向けたままの大野がコーチの前に佇んでいる。
その様子は、どっちかってーと声の持ち主が分かってるから、顔を上げられない感じに見えて。
もしかして・・・知り合い、ってことか?
うるさそうに顔をしかめて上を見ていたコーチがこっちに顔を戻して、「気にすんな、集中しろ!」と激を飛ばす。
それにピキリと青筋を立てたのは、当然そのおっさんだ。


「あんのクソガキャ・・・!」


明らかに激怒してる様子は少し気になったけど、こっちだって試合中。
これ以上ギャラリーに構ってる余裕はねえな、と「一本集中ーゥ!」と声を上げた。


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