マネージャーのお仕事


拝啓、お母さん様。
烏野高校排球部は、春高一次予選の第一試合に、見事勝利することができました・・・!
相手が関わっちゃいけない雰囲気の人たちだったこともあって、かなり(いろんな意味で)緊張しましたが、最終的には大差で勝利です!
・・・でも、浮かれてばかりもいられません。
日向君たちと一緒に第二試合の相手を覗き見したのですが・・・私の倍くらいあるんじゃないかと思うような人が、次の対戦相手なのです。
一番大きい人は身長が日向君にフジクジラを足したくらいの大きさです。
清水先輩は「“そんなの関係ない”って顔になるんじゃないかな」と笑っていましたけれど・・・
イエ!皆の実力を疑っているわけでは決して!決して!!

ピーッ


「じゃあ谷地ちゃん、応援よろしくね」

「アッハイッ!清水先輩もマネ業務宜しくお願いシャス!」


公式ウォームアップの終わりを告げるホイッスルが鳴り響いて、慌てて体育館を後にする。
ベンチに居られるマネージャーは一人なので、私はギャラリーに行かなければならないのである。
清水先輩を手伝えないのは申し訳ないけど・・・応援なら、私も頑張る!
よし!と気合を入れてパタパタと横断幕のところにたどり着けば、そこにはさっきまでと変わらず応援に来てくださった烏養元監督と、監督の下でバレーを練習している男の子たち。
それから、町内会の方々と・・・


「・・・っち・・・やっぱスタメンじゃねーじゃねえか」


や、やっぱりまだいらっしゃった・・・
さっき、烏養コーチに向かって突然怒鳴られたおじさん。
や、やっぱり大野君のお知り合い・・・なのかな?
さっきの言いぶりからしても、大野君のことを大事にしてるみたいだし。
「烏養のやろう・・・」とまだブツブツいい続けるおじさんにビクビクしながらこっそりと観察してみる。
歳は・・・30代くらい、かな?
ちょっと髪型・・・とか、えっと、その・・・もう少し年上にも、見えなくもないけど・・・
がっしりとした身体にはすごく綺麗に筋肉がついていて、きっと今でもスポーツをやっている人なんだろうなぁと予想できた。
どういう関係の人なんだろう・・・?ハッ!ま、まさか・・・お父さん・・・!?
ご、ご挨拶をば・・・!う、ううん、まだそうと決まったわけじゃないし・・・!
こ、ここはマネージャーとしてまずは確認しないと!


「ああああ・・・あのっ!」

「あん?」

「ヒィッ!?」

「・・・何だ、小学生か?母ちゃんは知らねぇぞ?」

「しょっ・・・!?」


中学生ですらない!?
始まった試合を観戦している男の子たちと同じ年に見えていることに、ガンッ!とショックを受ける。
けれど、なんだか「聞かなければ!」という使命感に駆り立てられて、一時停止した思考を慌てて動かした。


「じっ、自分は烏野のマネージャーでアリマス!・・・オッ、大野君のお知り合い・・・ですか!?」


おじさんは「は?」と信じられないものを見る目で一度こっちを見て(酷い!)、けれど烏野の特徴である黒ジャージを目に入れると少し驚いたような顔になった。
「ほお、」と納得したのか感心してるのか、よくわからない声を出して軽く笑ったその人に、あ、怖い人ではないのかな・・・と自分の肩の力が少し抜けたのが分かった。


「そりゃあ悪かったな。おお、俺は圭吾の叔父だ」

「おっ叔父さん!?」

「オジサン言うな!赤井沢さんって呼べ!」

「ごごごごめんなさいぃいアカイザワサンですね!!」


そのおじさんじゃないのに!と抗議することもできずに赤井沢さんの名前を復唱して、とりあえずほっとする。
よかった・・・お父さんじゃなくて・・・。
あの大野君のお父さんがこんな・・・ううううん!何でもアリマセン!
自分の思考に慌てて首を振って、誤魔化すように気になっていたことを聞いてみた。


「あの・・・IH予選のときはいらっしゃいませんでしたよね・・・?」

「IHは仙台市体育館だったろ?あそこはウチから遠いからな」


ここなら会社からそう遠くもないしな、と独り言のように言う赤井沢さんの視線は、コートから逸らされない。
つられて下を見れば、丁度大野君がピンチサーバーで入っていて、2mの人からサービスエースを獲ったところだった。
あんな端っこにいるのに・・・!と感激しながら「おおおお・・・!」とこっそり手をパチパチ叩く。
赤井沢さんも当然だ、みたいな感じで自慢げに鼻を鳴らしていて、なんだか大野君が大好きなんだなぁとほのぼのしてしまった。
けれど何本か後、攻撃に繋がった相手のボールを後衛で受けようとしている大野君を見て、その眉間に皺が寄る。


「・・・何で後ろのままなんだよ」

「う、後ろですか?」

「アイツはネット際でなら使えるんだ。そういう風に育てたんだからな」


使わねぇんなら返せ、とやっぱりブツブツと呟く赤井沢さんから、聞き流せない言葉が聞こえて慌てる。
「あっあのーっ!」と思わず挙手しながら大声を出せば、そのタレ目が少し丸くなったのが分かった。


「おお?何だ嬢ちゃん」

「そ、育てたってどういうことですか!?」


勢い込んでそう聞けば、オウ!と少し嬉しそうな返事。
ちょい、と下を指した先が、大野君を示しているなんて見なくてもわかる。
ワッとまた湧いたのは、またサービスエースが決まったからだろうか。


「アイツにサーブを仕込んだのは俺らだからな!高校生になってようやく身体もできてきたってのに、高校は部活入るっつーんだからよぉ」

「えええぇっ!?」


あのキョーレツなサーブをこの人が!?
続いた不満はほとんど耳に入らなくて、“アイツにサーブを仕込んだのは俺らだから”の部分が頭の中で何度もリフレインする。
スポーツやってるんだろうとは思ったけど、やっぱりバレーなんだ!?
ということは、この人は大野君以上にすごいサーブを・・・!?

・・・あれ?でも今俺“ら”って・・・


「圭吾はよく俺らのチームに混ざって試合に出てたんだよ」

「えっ・・・で、でも成年って・・・大野君、成年に混じって試合に出てたんですか!?」

「まぁ、形式重視した公式試合じゃなけりゃあ、年齢確認なんかされねえしな」


湧いた疑問を払拭するように付け加えられた言葉に、今度は疑問よりも驚きが先に立つ。
ニヤリとあくどい顔をしてみせる赤井沢さんに、年齢査証という言葉がぽんと思い浮かんだ。
中学生を成年扱いって・・・結構無理あると思うけどなぁ・・・


「けどま、サーブだけじゃ成年に混じると後衛に置いとくのはキツイ。だから後衛のときも、前衛で立ち回れるように躾けた」


そうやりゃ使えるって散々見てきただろうに。
またそうやってコーチに対する不満を漏らす赤井沢さんに・・・、次の言葉を掛けられなかった。
・・・ちょっと、やだな。
きっと本当はそんなことないんだろうけど、大野君をまるで都合のいい手足みたいに言ってるような気がして。


「・・・繋心はわかっててそのクセを直してんじゃねえのかね」

「・・・ん?誰だじいさん」


不意に声が聞こえて驚いて振り返ると、試合を見ていたはずの烏養元監督が赤井沢さんに視線を向けていた。
まっすぐに赤井沢さんを見る目は睨んでいるようにも見えて、自分が睨まれているわけでもないのにびくっと身体が跳ねてしまう。
赤井沢さんも不審に思ったんだろう。さっきまでよりも少し低い声で返した言葉は喧嘩腰に聞こえたけど、烏養元監督はそんなこと気にも留めていないみたいだった。
「誰だっていいだろ」と素気無く返す感じに、赤井沢さんの片眉が跳ね上がる。
な、なにこの一触即発な雰囲気・・・!コワイ!


「・・・アイツはまだ指導者としてまるでなっちゃいねえが、それでも基本ぐらいは押さえてる」


そう言って下に視線を落とす先を辿れば、コート内に激を飛ばす烏養コーチの姿。
大野君のサーブは続いているけど、角川学園も徐々に対応できるようになってきている。
「気ィ緩めるな!」と声を張る様子は、十分立派な指導者に見える・・・んだけどなぁ。


「長く一つのチームにいると、そのチーム独特の“呼吸”に飲まれる。その呼吸のままで別のチームに入ったって、他との呼吸が合わずにチームが崩れるだけだ」


たとえどんなに個人技が優れていたって、所詮バレーは団体競技。
仲間と上手くかみ合わなければ、そのチームは簡単に脆くなる。


「アイツは“お前の下に居たガキ”から、“烏野の13番”に変えようとしてんだろうよ」


わっ、とコートが盛り上がって、ぱっとそちらに目を落とす。
大野君に笑顔で駆け寄る皆と、恐縮したようにぺこぺこと頭を下げる大野君。
向かいのコートでは、色違いのユニフォームを着た選手が差し出された手を悔しそうに取っていて。


「・・・リベロからサービスエース獲ったんだ・・・!」


すごいすごい、と地味にはしゃいでいたけれど、隣から聞こえてきた舌打ちにヒクリと喉が引きつった。


「リベロに打つのは練習だけだっつっただろ・・・」


サービスエース獲ったのに駄目なの!?と内心驚いていれば、今度は反対側から低い笑い声。
チラリと横目で様子を伺えば、腕を組んで楽しそうに下を見つめていて。


「・・・いつまでも言われるがままに動いてるだけじゃねえぞ、子どもってのはな」


それが自分に対してなのか、赤井沢さんに対してなのか。それはわからなかったけど。
こっちのほうがいいなぁ、とちょこっとだけ立ち位置を変えてみることにした。


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